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ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
岩船山・高勝寺へお参り
2010-03-23-Tue  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【標高は172㍍の低山ですが三角点があるそうな】3/20(土)

町の名前は「岩舟」ですが、山の名前は「岩船山」です。舟と船・・・間違って覚えそうです。

これまでも何度か「岩船山・高勝寺」に行ったことはあります。岩船山高勝寺は日本三大地蔵の一つとも言われていて、関東だけに留まらない全国的な信仰があり、お彼岸の時期には多くの参拝客で賑わう場所です。

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↑ 表参道付近から見た岩船山。
   左端の岩肌が見える山頂に高勝寺があり、高勝寺が崩れ落ちてしまうのではと不安です。

岩船山という山ですからハイカーとして登ることは何ら問題もなく、いつでも登山は可能ですが、彼岸の時期を外すと殆ど人は入らないと思われる(ケン坊の勝手な推測)
霊験新たかな場所なので臆病のケン坊は、多くの人が出入りする彼岸の時期を選んだというのが本音>笑<

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↑ 坂中地蔵。表参道の中腹にあって縁結びの地蔵尊だとか。

従来、自分の親が亡くなった最初のお彼岸に子供達がお線香をあげ、卒塔婆をいただいて山頂近くに立てる場所と子供の頃から言われていたので、それ以外の時期に訪れたことはありませんでした。従ってケン坊はこれまでに4回登ったことになります。

高勝寺は岩船山の山頂にあり、厳しい階段を6百数段登ると仁王門や三重塔、本堂といった何処にでもあるような風景に出会う。(もちろん、中腹まで車でいけます。最悪は悪路(工事車両道)ですが山頂まで可)

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↑ 結構厳しい階段です。足腰の悪い方は山腹まで車で行くが、そこから更に400段はある。
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↑ やっと上り終えた場所にトイレやベンチがあって一休みできるようになっている。
   直下にJr両毛線岩舟駅。ちょうど電車が入線してきた。やや左上に見えるのが富士山。

そして仁王門を潜り、20段前後の最後の階段を登りきると境内です。そして正面に本堂が・・・右手前には社務所があって、卒塔婆の購入(戒名や年齢、死亡日などを書いて申し込むとその場で書いてくれる)をする場所。
相場は8千円、1万円、1万2千円だったかな?

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↑ 仁王門。規模の大きさでは県内随一で、昭和62年、県文化財に指定されました。

今回は岩船山登頂が目的だったので・・・本堂に向って手を合わせただけでした。左手を見ると「血の池」という標識が。いままでもあったのかも知れないが気がつかなかった。そして本堂の左手の斜面にはおびただしい卒塔婆が林立していて、まさに卒塔婆の壁が山頂まで何重にもできてます。

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↑ 本堂です。卒塔婆を購入した方は本堂に入り、お坊さんがお経を唱えてくれます。

自分の親の時は、その卒塔婆の壁の間をすり抜け、滑りそうな斜面を這いつくばって「いい場所」を見つけて立て掛けたのに、今日はその卒塔婆の光景に圧倒されてしまいました。ここでも臆病のケン坊は「血の池」や「卒塔婆」はカメラに納めるのは気が引けてカット。

そして本堂右手にある奥の院へ足を延ばし、さらに本堂裏手にある山頂に行って「三角点」を探したが見つかりませんでした。172㍍と思しき場所に立ちはしたものの残念な気持ちも・・・

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↑ ここが奥の院です。台座がなんとなく舟の形をしています。
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↑ 山頂と思われる部分に見晴台がありますが、絶壁なのであまり身を乗り出せず・・・
   最初の写真で岩肌が見えていた部分です。
 
奥の院の更に奥にある地蔵橋を渡ると「地蔵が顕現された場所」に出られるらしいのだが、今では尾根の両側が削られて絶壁となっており通行禁止となってしまったとのこと。

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↑ 今では封鎖されてしまった地蔵橋。

場所が場所ですから、長居をする気持ちもなく、県の指定になっている施設・建造物をカメラに納めて帰途に。

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↑ 三重の塔。寛延(1751年)に建立された高さ19㍍の宝塔。昭和48年、県文化財に指定。
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↑ 鐘桜堂。梵鐘は第二次世界大戦時に供出されたが平成15年再興。平成8年に県文化財。

帰りはルートを変えて、中腹にある駐車場からおりてきました・・・
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↑ 中腹の駐車場からみた岩船山の岩肌です。完全に絶壁です。

駐車場から少し歩いたところで、後ろで魔女の「ぎゃぁ~」という声が。何ぞやと思ったら、それはそれは長い長いニョロニョロが山に入っていくところでした。もうそんな季節か?
今日は彼岸だし、亡くなった人の化身となって現れたのかな~なんて思いながら下山しましたとさ。おしまい!

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↑ トウダイグサではないかと教えていただきました
   最初見たときは「ネコノメソウ」かなと思い、家で調べましたが図鑑に載ってなく
   諦めていましたが、またまた長さんに教えて戴きました。ありがとうございました。


【うんちく】ネットより
山の形が船のような形をしており、岩肌が各所に露出しているところから岩船山の名が付いたそうです。岩船山北尾根にある舟形の岩盤上に地蔵尊が出現したということから、江戸時代には関東中の民衆に人気があったようで、関東の高野山・善光寺とまでいわれていたらしいです。自称・日本三大地蔵。

山腹には高勝寺という地蔵尊を祀るお寺があります。
宝亀元年(770年)、岩船山上に顕現した地蔵尊に出会った仏僧が建立したとされ、地蔵尊を祀っていたからか、今は死者の供養、子供の安産・子育てで有名な寺院です。境内には水子供養のための「賽の河原」や、罪を犯した女性が堕ちるといわれる「血の池」など、なかなかホラーな場所がそろっています。

地蔵尊が顕現したといわれる舟形の岩(奥の院地蔵。典型的な憑依媒体型ですね)を見たくてこの山を訪れる方もいますが今は立ち入り禁止。というのも、舟形の岩に辿り着くまでの道は両側とも急峻な崖に挟まれた道で、崖崩壊の危険性があるからとのことです。

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コメント

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岩舟
コメント頭変僕 | URL | 2010-03-23-Tue 06:23 [EDIT]
良く耳にするのが岩舟でした。岩船山があるんですね。立派なお寺があり信仰の思いがつたわります。文化財が沢山あって是非とも行ってみたいところです。

まだ、卒塔婆には縁遠そうです
怖いもの見たさ
コメント長さん | URL | 2010-03-23-Tue 10:26 [EDIT]
低山とは言えこんなに立派な山門や本堂、三重塔などを建てるのは大変だったでしょうね。それだけ、信仰が厚く、篤志が集まったと言うことでしょうか。
崖崩れらしいですが、採石場だったわけではないのですね。
血の池や卒塔婆が並んだ風景、そっちの方が見たかったですね。怖いもの見たさですが…。
最後の花はトウダイグサのようですね。
コメントoyazi | URL | 2010-03-23-Tue 20:22 [EDIT]
こんばんは。
ミカモ山の隣ですかこの山は?
大平山はアジサイの咲く時季に車で行きました。
こんなにも歴史の山とはブログでもしてないと判りませんでしたね。
三重の塔と鐘桜堂は見事な造りです。
一度栃木にでもと思ってますが中々行けませんね。
拍手です^^
一般のお寺とは一線を画す雰囲気です
コメントケン坊 | URL | 2010-03-23-Tue 21:59 [EDIT]
【頭変僕さんへ】
こんばんは。
昔から岩船山はお寺の山と聞かされていたので、あまり近づく気も起きなかったですね。親が亡くなって初めて登ったときは階段がキツイという記憶だけ。他のお寺とは一線を画す雰囲気を持ってます。
何回目かの時に、やっと仁王門や三重塔が目に入ったという感じでした。
まだまだ卒塔婆の心配は早いでしょう・・・>笑<
ネットで知る写真の位置づけ
コメントケン坊 | URL | 2010-03-23-Tue 22:09 [EDIT]
【長さんへ】
こんばんは。
ここは岩船石という石の採掘場で、江戸時代から掘っているようです。今回、西側からの写真を撮り損なってしまいましたが、もう少し荒々しい雰囲気が伝えられたかもしれませんね。
多分、ケン坊一人だったら撮っていたかも知れません。でも今回は写真に霊が宿っちゃうからと思い止まった次第。
ネット見てたら凄い写真に出会いました。改めて写真の撮り方を勉強しちゃいましたが・・・単に見せる写真、何かを伝えたい写真、奥深さを魅せる写真 等々
三毳山と太平山と同じエリアですね
コメントケン坊 | URL | 2010-03-23-Tue 22:17 [EDIT]
【oyaziさんへ】
こんばんは。
拍手ありがとうございます。
ケン坊も同感です。ブログを通じて新たな発見の連続です。もちろん地元のことも・・・
場所的には三毳山の北駐車場とは2~3㌔ですかね。また大平山(馬不入山)からも3㌔程度ですかね。同じエリア内って感じです。
大平下駅で降りて大平山を登り晃石山・桜峠・馬不入山を経由して岩舟駅へというハイキングコースもあります。
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