ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
初めて聞いた・見た”八百比丘尼(おびくに)公園・堂”とは?
2016-07-07-Thu  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
28/07/02撮影 【当初、計画に無かった”八百比丘尼堂”を求めて西方へ...】


ある日、栃木市(旧:西方町)の”おびくに公園”が話題に?

        あまり聞いたことの無い公園の名前だが

ゴルフ場近辺を探すと”八百比丘尼公園”という文字

  これが”おびくに”か?...ネットで確認したら正解!

   う~ん最初は消極的だったが、どうせ行くなら...と

       当初の目的地との二本立てに企画変更!

 大体の位置関係を頭に入れて途中までは知り尽くした道を
      (R293大柿十字路を右折し真名子小を左折、トミーヒルズGC近く)

    ほぼ一発で辿り着きましたが案の定、山間の里でした

P1580082.jpg

公園風になっていますが手前は小さなトイレかな?

そして奥にアジサイと水車...長閑の典型的な眺めです

P1580083.jpg

P1580085.jpg

公園というより”憩いの里”って感じで東屋も...

P1580086.jpg

池に木道がくの字に架けられ、紫陽花の花が鏤められ

良い雰囲気ですが正面の伐採が剥き出しで評価ダウンか?

P1580089.jpg

池を渡り終えて振り返ると...こんな感じです

P1580114.jpg

奥に観音堂のような薬師堂のようなお堂が見えました...

今回の目的でもある”八百比丘尼堂”のようですね

さて目的の”八百比丘尼(おびくに)”にはどんな伝説が?

P1580116.jpg

【八百比丘尼伝説】ネットより
 
昔々、子供のいない長者夫婦がいました。二人は庚申様に子供が授かるように祈った
ところ、女の子が生まれ八重姫と名付けました。
姫が7歳になったある日、白髪の老人が訪ねてきて、長者を家に招き庚申様を一緒に
信心したいと申し出ました。
長者は老人の家で不老不死の薬だといって煮た貝をすすめられましたが、肉食を絶っ
ていたので、食べたふりをしてたもとに入れました。
家に帰ってきた長者に、八重姫がすがりつくと、たもとから貝の肉がこぼれ落ち、姫は
それを父がくれたものと思い食べてしまいました。やがて八重姫は18歳になり、美しく
成長した姫のうわさを聞いた帝は都に召し出そうとしましたが、それを知った姫は家を
出てしまいます。
真名子の里を離れた姫は、山道で会った白髪の老人の家で暮らしていましたが、両親
が恋しくなり家へ帰りたいと告げました。
すると老人は、ここを出れば二度と戻れないこと、自分が庚申であることを告げ、屋敷
とともに忽然と姿を消してしまいました。
真名子に帰り着いた姫は、家を出てから800年も月日が経っていることを知ります。
途中、山のふもとの池で手を洗い姿を映してみましたが、18歳の娘のままなので信じ
られません。
やがて姫は尼になり名を妙栄とあらためて巡礼の旅に出ました。そして長く生きすぎた
妙栄は、ついに若狭の海に身を沈めて命を絶ちました。
以後、若狭では八百姫大明神、真名子で八百比丘尼様として祀られ、今に伝えられて
います。

八百比丘尼伝説は、実は日本各地に伝えられている伝説で、若狭(福井)の小浜や
佐渡の羽茂(はもち)が舞台となっていることも多いようです。
呼び方も、地方によって「はっぴゃくびくに」「やおびくに」や、彼女の肌が白かったこと
から「白比丘尼(しらびくに)」と呼ぶところもあるようです。
また、上記の伝説内で語られる「貝の肉」が、「人魚の肉」と伝えられていたりもします。
各地に存在する八百比丘尼伝説を重ねてみたり、比較したりしてみるのも面白いかも
しれません。

まるで浦島太郎の女性版のような感じですが

ところで...浦島太郎は何年後に故郷へ戻ったのかな?

※木造・八百比丘尼座像の案内板
P1580092.jpg

早速、その八百比丘尼堂へ行って見ましょう

先ずは手前を流れる赤津川を渡ろうとしたら橋にゲートが...

通行止め? そこは冷静に判断 猪対策のようですね

P1580113.jpg

なかなかの光景、左の堂が”八百比丘尼堂”ですね

その右手に鳥居が見えるが何だろう?  更に右の小屋は?

※鳥居の手前にも先述と同じ案内板がありましたが...
P1580094.jpg

お堂は階段を登った少し小高い所にありました

多くの石塔・石碑もありますがかなり時を経過し

そんな中で、十九夜様と庚申の塔だけは読めましたが

P1580096.jpg

お堂をアップで...

出来れば”木造・八百比丘尼”をこの目で見たかったが

堂内はぼんやり見えるが尼像は見えず残念でした

P1580097.jpg

諦めて隣の堂へ  関連があるお堂と思ったら...

一つ飛ばしてコチラからレポします

小屋の左には”姿見の池”という表示板がありますが

P1580104.jpg

右手の案内板には”男丸の池”となってます

男丸って何だろうと思ったら”地名”だって

恥ずかしながらケン坊が勝手に勘違いしてたみたい>笑<

P1580105.jpg

               ↓    ↓    ↓   

P1580106.jpg

こんな伝説があるとは~ 寄って正解でした 再び園内を戻り

西方町に伝わる伝説を感じながら...次へ向かいます

P1580111.jpg


あっそうだ 忘れるとこだった

八百比丘尼堂のお隣に建っていた建物がコチラ(↓)

P1580099.jpg

案内板を読んでたら...

五代尊神社&大山祇神社の創建の碑でした

八百比丘尼伝説とは関係なかったです

P1580100.jpg

さ~て飛び込みの歴史探訪の一つをクリアし 次は~~~

スポンサーサイト
ページトップへ  トラックバック0 コメント0
コメント

管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
TB*URL
<< 2017/08 >>
S M T W T F S
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -


余白 Copyright © 2005 ケン坊の日記. all rights reserved.