ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
インポッシブルな”5日間の参勤交代”を実現した湯長谷藩の7人の侍
2014-07-10-Thu  CATEGORY: シネマ観賞
26/07/05撮影 【たまには何も考えずに見られる映画鑑賞も良いかな?】


    映画館で抱腹絶倒する映画もたまには良いかなと

           梅雨時は指定席でもあるMovix

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          参勤が終えたばかりの弱小貧乏藩に

  江戸幕府が科したインポッシブルな5日間の参勤交代!

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        ある意味 コメディタッチなムービーだが

              江戸幕府に売られたケンカ

   知恵と勇気で立ち向かう展開に笑って泣いた2時間余

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    最近、ケン坊は映画を見る前にあらすじは見ない!

            その方が展開が新鮮だから...

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【あらすじ】 Wikipediaより

江戸時代、8代将軍・徳川吉宗の治世の享保20年(1735年)。磐城国の小藩・湯長谷
藩の藩主・内藤政醇は、1年間の江戸での勤めを終えて湯長谷に帰国した。

ところが、それから間もなく江戸屋敷に居るはずの江戸家老・瀬川が江戸幕府老中・
松平信祝の命令を携えて政醇の前に現れる。

その命令とは、帰国を果たしたばかりの政醇に対し、「5日のうちに再び参勤交代
せよ」というものであった。

信祝は湯長谷藩が所有する金山に目をつけ、金山を手に入れようと無理難題を
ふっかけて、湯長谷藩を取り潰そうと企んでいた。

石高1万5000石の湯長谷藩には、4年前の飢饉の影響もあって蓄えがなく、参勤
するための費用がない。

家臣たちからは「幕府に直訴する」「賄賂を贈って許しを乞う」など意見が二分して
話がまとまらない。これに対し、政醇は家臣と領民を守るために、あえて理不尽な
参勤を受け入れることに決め、家臣一の智恵者である家老・相馬兼嗣に意見を
求めた。

相馬は、少人数で山中を走り抜け、幕府の役人の監視のある宿場のみ日雇い
中間を揃えて大名行列を組むという案を挙げ、早速準備に取り掛かった。

その日の夜、政醇と相馬のもとに、一匹狼の忍び・雲隠段蔵が現れ、「自分を
山中の道案内人として雇ってくれ」と言い出した。

胡散臭い段蔵をいぶかしむ相馬に対し、政醇はあっさり快諾し、一行に加える
ことにした。翌日、政醇以下の湯長谷藩一行総勢7名は、段蔵の先導の元江戸
に向けて出発した。

一方、政醇が参勤することを知った信祝は湯長谷藩一行を亡き者にするため、
配下の忍び衆を刺客として差し向けた。


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