ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
旧喜連川(現さくら市)の歴史探訪・喜連川神社?
2014-06-28-Sat  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
26/05/22撮影 【もう少し詳しく調べないと...自分でも消化不良の状態】


   ポピーから1か月超...ついでに見て来た場所とは?

        折角だから喜連川の街中を散策するかな

    と思って..支所の立派な大手門を潜って駐車場へ

       大手門の二階は展示コーナーになってます

*手前が支所内駐車場(敷地内から撮影)
P1350255.jpg

    駐車場の奥には”お丸山公園”への入り口があるが

         東日本大震災で公園全体に被害があり

    今なお復旧が追いつかず、お丸山公園は閉鎖状態

            P1350254.jpg

   大手門に案内板がありました...ふむふむって感じ

           この大手門も平成3年に復活したとか

P1350258.jpg

 門に”丸に二つ引き”の家紋が...足利氏縁の城だった?

【ネットから】
喜連川町役場だった所で、入り口には大きな”喜連川城大手門”が建っている。
ここはかっての喜連川城址で、今は”お丸山公園”として整備されている。
”関東公方足利家”の流れを汲み、古河公方、喜連川公方と続いた名門だ。


P1350259.jpg

       さて、支所から一旦道路に出て...散策開始

          右手路地風のところに石の鳥居が...

            P1350304.jpg

    鳥居を潜った先には背の高い欅の木?が目に入る

         樹齢約300年、幹周り4.6㍍、高さ30㍍

  この欅の古木は伯耆禰神社(後述)の御神木なんだとか

            P1350305.jpg

         石段の上が”喜連川神社”の境内らしい

    これは寄り道しなくちゃならないと勝手に決めて...

         左右の”古木・欅の木”が雰囲気がある

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 境内右手奥に朱色の鳥居と社殿? これが喜連川神社か

                それとも境内社なのか? 

 後で判ったことだが、喜連川神社に東参道が出来たために
                     (今は東参道が表参道となってます)

        境内社のような配置となってしまったらしい

独立した”伯耆禰神社 (ほうきね)”が明治43年に合祀された
                  (祭神:天忍穂耳命)

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         喜連川神社は更に奥の石段を登るらしい

両側の樹木の関係で何だか鬱蒼としているが行って見よう!

            P1350268.jpg

   奥に”喜連川神社の拝殿・本殿”がありました

P1350269.jpg

【ネットから】
祭神は素盞鳴命(すさのおのみこと)・奇名田姫命(くしなだひめのみこと)の二柱で
永禄6年(1563年)に創建された。
時の城主塩谷惟広が命じて、尾張の国、津嶋神社の分霊を城山の南面山腹にお祀
りしたのが本社の始まりである。

素盞鳴命は天照大神(あまてらすおおかみ)の弟。
奇名田姫命は出雲国の脚摩乳(あしなずち)・手摩乳(てなずち)の娘で、八岐大蛇
(やまたのおろち)の生け贄になるところを素盞鳴命に救われ、その妻となる。


P1350270.jpg

【ネットから】
古くは「天王宮」であった。1800年ごろに「牛頭天王」で記録されている。
倉ケ崎城=喜連川城の南面斜面に鎮座。尾張国津島牛頭天王宮の分霊を勧請して
永祿六年1563に創建。明治維新に際し「喜連川神社」と改称した。
社殿は元は南面し荒川方向から北に向かう参道があったが、明治四十年1907に町
筋から入れるよう参道を開通し、拝殿を改築して社殿はそのまま90度東に向きを変
え、現在に至る。


P1350271.jpg

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        本殿と拝殿の間に聳える欅がご神木か?

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        本殿はそのまま歴史を感じる建築物ですが

 裏手は3年前の大震災で崩落した斜面の補強工事が...

       その震災に社殿はよくぞ耐えたと褒めたい?

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           手水舎のところにある神社の蔵? 

       中にはお神輿が入っているらしいが見えない

P1350273.jpg

            南参道の階段を降りようとしたら

      先ほどの蔵の横に”凱旋”と書かれた扁額?が
       (戦争に行った人が無事に帰ってくることを願ったものだとか?)

P1350279.jpg

                  喜連川神社南参道

       東参道より先に作られた参道だけにご立派!

            P1350280.jpg

        南参道の石段を降りると右側に社務所です

   社務所入り口に”背山と牧水の歌碑”が建立されてます

      牧水: 時をおき老樹の雫おつるごとしづけき酒は朝にこそあれ
      背山: かぜとよむ桜若葉のあひだよりのこれる花のちるはさびしき


P1350281.jpg

         全くの逆歩きとなってしまいましたが...

            南参道の石の”一の鳥居”もご立派
            (一の鳥居は平成に入ってから立て直したもの)

P1350282.jpg

      今回は”喜連川神社”だけで...続きは次回に


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コメント

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家紋
コメント亀三郎 | URL | 2014-06-28-Sat 08:33 [EDIT]
おはようございます^^
家紋を見ただけで
足利氏ゆかりと分かるケン坊さん、
やはりすごいですねぇ
わたしは
徳川の葵の御紋?と
武田菱くらいならわかりますが、、、
ほかは、、、ちょっと (^_^;)
コメント長さん | URL | 2014-06-28-Sat 10:57 [EDIT]
町筋から入れるよう参道を開通し、拝殿を改築して社殿はそのまま90度東に向きを変え、現在に至る。…というところに引っかかってしまった。開創の歴史などほったらかしで、住民の都合だけで社殿の向きを変えてしまっても良いものだろうかと。
コメントローリングウエスト | URL | 2014-06-28-Sat 16:57 [EDIT]
喜連川という地名はよく耳にするのですがかなり見所がありそうなのでしょうか?お薦めのSPOTを教えて頂けると嬉しいです。
自分の家の家紋が覚えられない
コメントケン坊 | URL | 2014-06-28-Sat 21:31 [EDIT]
【亀三郎さんへ】
こんばんは。
ケン坊も家紋はいくつも知りませんが、足利氏は県内の
武将なので...
あはは 葵の御紋とか六文銭とか名だたる武将の家紋は
大河ドラマで見かけて覚えてる程度です。
いつの世も同じ? 神事も日程は土日に!
コメントケン坊 | URL | 2014-06-28-Sat 21:39 [EDIT]
【長さんへ】
こんばんは。
確かにごもっともな話ですね。
明治40年のことらしいですが...
今の世でも、神社仏閣の行事を土日に開催する等
人間様の都合で変更しちゃうケースもありますね。
次元は少し違うでしょうが...
お役に立てず...
コメントケン坊 | URL | 2014-06-28-Sat 22:29 [EDIT]
【ローリングウエストさんへ】
こんばんは。
喜連川は、平成の大合併で隣の氏家町と合併して
”さくら市”となりました。
喜連川には多くの温泉やゴルフ場はありますが、
観光スポットという観点から見ると正直言って
ケン坊もあまり思い当りません。
ポピーやお丸山公園、道の駅は何度かリピートも
してますが...スルーすることが多いです。
折角、県外の方から照会があり、県内を売り込む
チャンスなんですが...嘘もつけませんので。
恥ずかしい限りです。
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