ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
足利の大坊山歩きでお世話になった”長林寺”
2013-06-02-Sun  CATEGORY: 寺社仏閣(その他)
25/01/05撮影 【自分が理解しないままの掲載は違反? ですよね~ でも...】


  あれから5ヶ月弱...随分と月日が流れてしまいました

      写真に撮ったもののケン坊のネタには無理?

 ブログの多くをネットから引用し今回の報告とします>謝<


                      さて

   長林寺...足利には同名のお寺が2ヶ所ありますが

          今回は”山川の長林寺”です

    先日の七福神巡りでも同じ名前のお寺があったが

  今回は、大坊山の山歩きで駐車場をお借りたお寺さん!


【山川の長林寺のあらまし】ネットから

寺の名前はもとは金剛山香華院東林寺といい、今から500年ほど前、明応8年
(1499年)に常陸国河内庄小茎郷(いまの稲敷郡茎崎町あたり)に創られました。
寺を開いたお坊さんは天助高順という方です。
天正時代、7代目の源室永高さまのころ、戦乱のために寺を焼かれ、現在地に
引っ越してきました。
寺の再建に全面的に協力してくれたのは、戦国武将として有名な上杉謙信輝虎
公です。(天正19年(1591年)に今のお寺の名前になりました)
謙信公が派遣した川田豊前守・石川主水・安藤帯刀らの家臣はこの地に住みつき、
以来子孫の方々が他のお檀家とともに寺を守ってきました。

小田原の大雄山最乗寺との古くからのご縁で、東大平山の山腹に道了尊が祀られ
ており、毎年5月には盛大な祭りが開かれています。 
建物は宝暦3年(1753年)と文化11年(1814年)、2度の大火に見舞われて焼失
しましたが、弘化4年(1847年)から再造営され、さらに31代目の宗嶽昭文さまの
代に全体の再整備がおこなわれました。
現在の住職は32代目で、古い灌漑用溜池の改修や庭園の整備などの環境保全
事業に取り組んでいます。
寺域の全体(境内地1万坪・山林10ha)が山川長林寺公園として開放され、市民の
憩いの場となっています。


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すくいの井戸(おたすけの井戸) HPからの抜粋

長林寺の山門前に”おたすけの井戸”があります。かつてはこんこんと清らかな
水を湛え、涸れることがなかったと申します。
不思議にもこの井戸は寺の本堂裏の瓢箪池と水脈が通じていたそうで、瓢箪池に
水のある限りこの井戸も涸れることはなかったのだそうです。

なにゆえにおたすけの井戸と呼ばれたかというと、この井戸の水で身体を清めて
から山内に入りますと、なんぴとでも命の保証が与えられたからです。

犯罪を許すべきでないことはもちろんですが、むかしは濡れ衣を着せられるものも
多かったようですし、

それでも情け容赦のなく厳しい代官の追及の手は伸び、圧政の封建の世にあっては、
寺は弱き庶民たちにとって、いのちのきわの救いの場所でした。

この井戸の水で身を清めて山内に一歩入ると、その方は安全と安心を得ることが
できたといわれます。

というのも、寺は当時は寺社奉行の管轄で、一般奉行所の権限は及ばないところ
だったからです。



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        歴史ある山門...雰囲気が良いですね

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                山門を潜ってビックリ! 

        左手に大き目の石(岩)がゴロゴロしてる?

          ナニナニ? 石には”庚申”の文字が

   山や寺社周辺を歩くと”庚申の塔”を良く見かけますが

        こんなに纏まった庚申の塔は初めてです

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    多くの庚申塔の一番上(真ん中)に青面金剛が...

          知識がないので多くを語れませんが

   たくさんの庚申塔、交通の要所にもなっていたようです

【庚申塔(庚申塚)とは】 ネットから

庚申塔は庚申塚ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて
建てられた石塔のこと。
庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。塚の上に石塔を建てること
から庚申塚、塔の建立に際して供養を伴ったことから庚申供養塔とも呼ばれる。

庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が、寝ている間に
天帝にその人間の悪事を報告しに行くのを防ぐため、庚申の日に夜通し眠らないで
天帝や猿田彦や青面金剛を祀り、勤行をしたり宴会をしたりする風習である。

庚申塔の石形や彫られる仏像、神像、文字などはさまざまであるが、申は干支で
猿に例えられるから、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫り、村の名前や
庚申講員の氏名を記したものが多い。

仏教では、庚申の本尊は青面金剛とされるため、青面金剛が彫られることもある。
神道では猿田彦神とされ、猿田彦神が彫られることもある。
また、庚申塔には街道沿いに置かれ、塔に道標を彫り付けられたものも多い。
さらに、塞神として建立されることもあり、村の境目に建立されることもあった。


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      正面を見ると立派な本堂がデェ~ンと鎮座!

         福聚山・長林寺、曹洞宗の本堂です

          広い境内も整備が行き届いてます

  手前右の大きな石碑には”南無釈迦牟尼仏”の文字が

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                     鐘  楼
   (残念ながら鐘楼のそばに立つお坊さんを確認するのを忘れました)

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                 道元禅師救道の像

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              仏陀のことば(慈しみ)です

    碑には”一切の生きとし生けるものは幸せであれ
                      
                      
                      
    この世ではこの状態を崇高な境地と呼ぶ”と...

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    本堂の直ぐ近くに”天狗の投げ岩”と書かれた碑?

               何かと思って見てみると

   後に大きな岩がありました...天狗が投げた岩か?


【ここでいう天狗とは】 ネットから抜粋

もちろん寺の鎮守である道了大権現(道了さま)のことです。道了さまの神通力は
まことに偉大なもので、昔から不可思議な出来事がございますと、なんでも道了
さまのお力によるものと、この寺では信じられてきました。

本堂の前に、山石が一つぽつんと据え置かれてますが、これが、かの天狗の投げ
岩で道了さまのお力をしめす動かぬ証拠の品だと言われます。

なんの変哲もない山石ではないか? よく眼を凝らして見ると岩の表面になんとなく
指のあとのような窪みが見えるらしい。

風雪に耐え、幾星霜を経た岩です。それとなく何となく痕が残っている。
そこになんともいえぬ奥ゆかしさが漂っているとも...

 
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      長林寺本堂から大坊山ハイクコースを歩いて

           10分もすると朱塗りのお堂が...

              そう”道了大権現”です

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【道了大権現とは】 ネットから抜粋

天正の時代、第7世の中興源室永高様がこの地に長林寺を移創された頃は、
関東地方ではまだ血なまぐさい戦乱が続いておりました。

その上に干ばつと飢餓、洪水に疫病と繰り返す天災人災の世に、住民たちは
それこそ塗炭の苦しみにあえいでいたという。

その時分、この地域もちょうど日照りが続いていて山内の水は涸れ、門前の
農家の方々も飢餓に瀕していたという。

何故か、おどろおどろと鳴動を続ける東大平山、修行を行っていた衆僧たち
のなかにも病人が相次ぎ、禅師さまのお心は大変お痛みであった。

ところが、ある夜のことそうした禅師さまの夢枕に道了さまが現われ...

「われは道了大菩薩なり。汝、源室よ 最乗輪番の身をもって我を忘るること
なかれ。汝、速やかに東大平山・岩富士のもと、寺を臨みて我を祀るべし。
しからば鳴動治まりて山下千古の水を湧出せしめん。箱根の水なり」と申さ
れたそうでございます。

またさらに、山内の疫病のために、

 「爾今毎朝、梅干三個を食すべし」と申されて、姿を消されたそうです。

道了さまのお姿は、白髪・白髭・白衣であったとのことですが、これは山川
の地域の鎮守で白髭神社にも通い、また箱根権現にも通う言い伝えです。

箱根権現と申すのは、最乗寺の権現水をくださった神で、恵明禅師の夢枕に
立たれたといわれております。

さて、源室禅師さまは夢より覚め給うや、はたと膝をたたかれまして、早速に
最乗寺に拝登されまして、道了さまを拝請なされたという。

東大平山岩富士のもとに一宇を建立され道了様をお祀りいたしましたところ、
たちまちに鳴動はやみ、山麓より泉が湧き出し約一畝に及ぶ猿ヶ池湿地帯
が現出したのでございます。

以来400年間、どのような日照りにも涸れることなく、また権現池より西の
水が白濁し、鉄分が多く洗濯にも向かない悪水だったが、この水だけは清く
澄みきった水であったとのこと。

この水脈は東大平山沿いに、国道(現在の県道)近くまで清冽な水を流して
いたといわれてますが、寺でも戦前までは、この水を筧で引いて使っており
ましたし、徳川末期にはこの水を本堂裏の瓢箪池に落としていたという。


           P1160646.jpg


        やっぱり長林寺のブログは重たかった~

               ケン坊には無理だった!  

       ネット検索もどれが的を得てるのかも判らず

                ごめんで~す!


【参考】

  長林寺のホームページ

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