FC2ブログ
ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
鹿沼市の”東高野山 醫王寺” その4:地蔵堂と弘法大師堂 編
2012-08-27-Mon  CATEGORY: 寺社仏閣(その他)
24/07/03 【この日も暑かったが...あれから1ヶ月半、まだ暑さは続きます】


      醫王寺訪問(旅)もいよいよ今回で最終回です
   (判ってないケン坊の報告は過ちだらけだったかも? お疲れ様です!)


     さて、今回は客殿・講堂の大きな建物の後なので

       地蔵堂や大師堂がとっても小さく感じます...


【醫王寺地蔵堂の概要】 ネットから

   寄棟、銅板葺き、桁行き3間、梁間2間

P1090423.jpg

      地蔵堂の扁額がいかにも歴史を表現してる

P1090424.jpg

        地蔵菩薩像や閻魔さまを見ることが...

     そしてどういう訳か”ビクターのわんちゃん?”も

P1090425.jpg


       ”弘法大師堂”は地蔵堂の左側にあります

【醫王寺大師堂の概要】 ネットから

醫王寺大師堂は貞享3年(1686)に建てられた建物で三間四面、入母屋、茅葺、
妻入りで正面に一間の向拝が設えられています。

壁は内外ともに朱色で塗られ欄間や蟇股などには繊細な彫刻が、入母屋の妻
には木連格子の妻飾りが施され、向拝の柱には地紋彫が見られます。

内部には須弥壇がありその上部には厨子(明暦3年作)が安置され弘法大師が
祀られています。

醫王寺大師堂は当時の建築を伝えるものとして栃木県指定重要文化財に指定
されています。


P1090427.jpg

           ポイントを変えて撮ってみました

           P1090444.jpg

              正面からの醫王寺大師堂

P1090428.jpg

       右に御宝号”南無大師遍照金剛”の文字

  ”いつも同行二人である弘法大師様 どうかよく見守りお導きください”の意


             それに対して左側には

    ”あなうれし ゆくもあえるもとどまるも

         われはだいしと ふたりずれ なり”とある

P1090430.jpg

          南北朝時代作の弘法大師像です

             醫王寺が東高野山を号し

     密教の根本道場の時代をよく伝えていると...

P1090431.jpg

               この彫刻はどこかで?

         唐門や金堂にあったのと同じかな?

         架空の象(左)と龍に見えますが...

P1090432.jpg



           素晴らしいお寺訪問も終わりへと...

P1090434.jpg

P1090435.jpg

       そして金堂のほうへ引き上げようとしたら

      銘木”枝垂赤四手”一人の老婆!

【老婆と魔女・ケン坊の会話から抜粋】

お話をさせていただくと何と御年96歳だという。先代住職の奥さんで...
このお寺を見守って60年になるそうです。

一汁一菜と倹約がモットーで長寿の秘訣とか。人と話すのが好きなようで、
何だかんだで1時間も立ち話をしちゃいました(老婆は座って)。

(着ている着物は嫁に来た頃の着物を糊貼りしてリサイクルしたとか)

が、ケン坊は記憶が途切れていて、家に帰ってからも想いだせませんので
書いた内容に自信なし(以下、こんな内容の話だったとメモる程度に)。

毎日、境内を午前午後に見て回るのが日課で、草取りもしているという。
最近ようやく除草剤を使うことで楽になったが...(驚きです)

いろいろと醫王寺について教えてくれた。その話し方なんかは96歳とは
思えないくらい理路整然として、かつ、内容もシッカリしています。

茨城から粟野のお寺に嫁いだが、醫王寺の跡継ぎがいなくなってしまった
ことから、老婆たち(60年前)に白羽の矢が立ったとか...。

雨漏りやコウモリの巣と化した講堂や客殿に、子供は粟野へ帰ろうと言い
出す始末で建物はかなり荒れていたが、ドコに住んでも同じという信念
から子供をなだめながら醫王寺を守り通したとのこと。

当初、3万坪の敷地を持つお寺のお守はできないと断っていたが、諸事情で
止む無く移り住み60年が経過してしまった話。

更には、○○寺の住職はドコの高校を出てドコの大学に入ったとか、○年に
どういうことがあったとか、国の政策(神仏分離)についても苦労したが、
向後に役立つと思うものは廃棄せずに(住職と一緒に)保管した話。

もともと檀家は多くなかったが、最近は更に減ってきて今般の金堂の大修理
にも相当の金はかかったが、県や市の文化財指定ということで、関係省庁と
交渉しながら何とかここまで無事に終わった...

今秋には金堂の大修理が終了したのを祝し、貴重な資料(一部修復中)も
含め公開する予定なので興味があったらお出でくださいとも...



                最後に老婆曰く

       この”枝垂赤四手”の花が綺麗だそうです

    花が咲く頃にもう一度お出でくださいとのお誘いを

           P1090437.jpg

  名残惜しくも老婆との再会を念じつつ唐門を後にし...

P1090448.jpg

              金堂を振り返りながら...

P1090374.jpg

  ”おんな坂(車道)”から金堂を見上げると違う景観が

P1090452.jpg



       【醫王寺のまとめと文化財のアレコレ】 
          (千三百年の歴史と三万坪の清浄界)

  東高野山醫王寺は広大三万坪もの広大な境内には

 仁王門・金堂・唐門・大師堂・講堂・客殿 他


また27件にも及ぶ県指定重要文化財が収蔵されている

特に唐門は見事な彫刻で飾られていてケン坊もお薦め!

【県指定重要文化財】 ネットから

・医王寺金堂 - 元禄年間:栃木県指定重要文化財
・医王寺本堂内春日厨子 - 康応2年:栃木県指定重要文化財
・医王寺唐門 - 宝暦3年:栃木県指定重要文化財
・医王寺大師堂 - 貞享3年:栃木県指定重要文化財
・医王寺客殿 - 貞享5年:栃木県指定重要文化財
・医王寺講堂 - 正保2年~元禄5年:栃木県指定重要文化財
・木造薬師如来坐像 - 平安時代後期:栃木県指定重要文化財
・銅造地蔵菩薩半跏像 - 平安時代:栃木県指定重要文化財
・木造聖徳太子立像 - 江戸時代:栃木県指定重要文化財
・金銅誕生仏像 - 寛文5年:栃木県指定重要文化財
・木造弘法大師坐像 - 南北朝時代:栃木県指定重要文化財
・木造狛犬 - 南北朝時代:栃木県指定重要文化財
・木造金剛力士立像 - 鎌倉時代:栃木県指定重要文化財
・木造不動明王、二童子像 - 平安・鎌倉時代:県指定重要文化財
・木造吉祥天立像 - 鎌倉時代:栃木県指定重要文化財
・木造毘沙門天立像 - 鎌倉時代:栃木県指定重要文化財
・木造薬師如来、両脇侍像 - 鎌倉時代中期:県指定重要文化財
・木造 十一面観音菩薩立像 - 鎌倉時代:栃木県指定重要文化財
・木造弥勒菩薩坐像 - 鎌倉末期~南北朝:栃木県指定重要文化財
・木造十二神将立像 - 江戸時代:鹿沼市指定有形文化財
・銅製鰐口 - 正長2年:栃木県指定重要文化財
・金銅透彫華籠(12枚) - 寛文11年:栃木県指定重要文化財
・金銅透彫華鬘(12枚) - 慶安4年:栃木県指定重要文化財
・金銅製五鈷杵 - 南北朝時代:栃木県指定重要文化財
・法要仏具 - 寛文11年:栃木県指定重要文化財
・理趣経版木(3枚) - 室町時代初期:栃木県指定重要文化財
・般若心経版木 - 室町時代初期:栃木県指定重要文化財
・医王寺宝篋印塔(2基) - 鎌倉時代末期:栃木県指定重要文化財
・医王寺五輪塔(2基) - 鎌倉時代末期の前後:県指定重要文化財
・算額 - 文化9年:鹿沼市指定有形文化財
・附法状 - 天正17年:鹿沼市指定有形文化財
・絹本著色封侯図 - 江戸時代:栃木県指定重要文化財
・黒塗椽杉板襖絵 - 江戸時代:栃木県指定重要文化財



             講堂の前で買ったお守り...

     ”学問上達ランドセル・身体健康・交通安全”

     もちろん孫のためです ご利益は気持ち次第!

P1090524.jpg

             そしてこちらのお守りは...

         癒しの音色”水琴鈴お守り”です
              (魔女のために...なんちゃって)

           P1090528.jpg



【振り返りコーナー】

その1:醫王寺の仁王門と金堂

その2:醫王寺の唐門

その3:醫王寺の大師堂と地蔵堂
スポンサーサイト



ページトップへ  トラックバック0 コメント2
<< 2012/08 >>
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


余白 Copyright © 2005 ケン坊の日記. all rights reserved.