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ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
復元! ”平家の里”に寄り道取材(in湯西川)
2011-08-05-Fri  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
23/07/16【駒止湿原の帰りに立ち寄ったというより、寄り道したというほうが似合う?】

   湯西川は、

     ”平家の里”で


        再び活気を取り戻せるか?


【ネットから】
栄華を誇った平家は源平の戦いに敗れ、その落人達は源氏の厳しい追手から逃れて各地の
山奥に身を隠して自給自足の生活を始めました。

この秘境ともいうべき湯西川の地に落ちのびたのは「平忠実」の一族と言われ、湯西川の
川すじに湯が湧き出ているのを見つけて、そこで戦傷を癒やしそのまま住み着き、湯西川
平家の祖となったと言われています。
 



”冠木門(かぶきもん)”
平家の里の入り口です。見辛いですが平家の紋”揚羽蝶”。(因みに源氏は笹リンドウ)。

「冠木門」とは、2本の柱の上部に冠木(かぶき)を貫き渡した門のこと。

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「隠れ忍んで八百年 今日この里に甦る」 と刻まれた石碑  

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記念写真の撮影ポイント?
赤い唐傘と絨毯を見ると、何となく平安京の趣を感じませんか...(ケン坊だけか~)

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入口の冠木門を入って左手にあるのが一軒目の館”太敷館”です。
受付兼事務所ですね。  ここで入場料を500円支払って...。

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広い敷地内には、9棟の茅葺き屋根の民家が点在してます。

「平家の里」は、彼らがこの地で8百余年もの間、代々声を潜めて生活してきた古い家屋や
生活の道具を展示してますので、その一端を掲載します。

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「床しどころ」では、等身大の蝋人形が展示され、平家の物語を年表や系図を交えて案内。

【ネットから】
入道姿の清盛、武者姿の敦盛、十二単に包まれた平家女人などが煌びやかな衣裳に包まれ、
平安&合戦絵巻を展開している。

さて下野の平家落人伝説だが、塩原と湯西川の二つある。

塩原系は平家の都落ちのあった1183年なのに対し、湯西川では壇ノ浦に滅んだ1185年以降
となる。

湯西川の伝承では、途中に潜み隠れたのが「鶏頂山」。ここで起きた源氏からの追討事件は
「本家伴久」にもあった「落人伝説」で、いわゆる「平家落人伝説」らしい結びへと繋がる。

つまり、隠れ住んだ「鶏頂山」で一族の女性が出産したので、男児が生まれた喜びから幟を
掲げたところ、源氏の追手に隠れ家を発見され大敗して深手を負った。

ようやく命からがら湯西川へ逃げのび、以後は鯉のぼりを上げなくなり、鶏も飼わない風習
が続いた(鶏に関しては「時を告げるから」という事だった)。



入道姿の”平清盛”

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こちらは”平敦盛”
美少年ですよね...源平合戦にならねば、若くして命を絶つことも無かったのに

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”伝習館”
里内最大の建物で、平家大祭のようなイベント時は特設ステージに模様替えします。

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”赤間神宮” 
【ネットから】 
下関の本宮「赤間神宮」から、昭和60年(1985)に分祀を得た分社で、安徳天皇を祀る神社
である。
天皇でありながら、平家とともに壇ノ浦で水死を余儀なくされた安徳帝の冥福を祈り、霊魂を
鎮めるため、1191年、朝廷は長門の国に使いを出して御影堂を建立し、篤い崇拝を欠かさな
かった。
明治時代には、阿弥陀寺が廃され、かわって天皇社となり「赤間神宮」と定まっていたので、
湯西川でもそう呼称される。

拝殿の右側に小さな滝がありましたが...人工的な滝のような雰囲気も

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鹿が登場です。
あれ~ラッキーと思いきや、ここに数頭の鹿が飼育されていました。野生ではありません。

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”よろず贖いどころ”
生産物直売所で、栗山産の農産物・伝統工芸品を販売する賄いどころなどに分かれている。

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”餉(かれい)の館”お休み処です
郷土食の店では、落人が食べた”きびもちやおしるこ(各400円)”が味わえる。

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”平家塚”
鶏頂山から逃げて来た落人達は、湯西川を安住の地と定め、ようやく武装を解き、甲冑、
刀剣などをここに埋めたと伝えられている。

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平家塚の案内板です
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駐車場の片隅に立つ”清盛公ノ木”
案内板には「樹齢800年」と伝える御神木の栗の木で、「太政大臣 平清盛公ノ木」とし、
「壇ノ浦の源平合戦以来、平家落人が身を隠し守り伝えし平家の里」と書かれてます。

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本日、駒止湿原までの遠出運転とハイキングの後だったので、ここは”はしょって”...。

湯西川は、もう一度ゆっくり訪ねてみたいです。 行こう 湯西川へ !
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島崎酒造の”どうくつ酒蔵”を探検(in那須烏山市)
2011-08-04-Thu  CATEGORY: グルメ(その他何でも)
23/07/24【烏山線の滝駅に近い場所に”どうくつ酒蔵”はありました】

那須烏山市の近代化遺産!

       島崎酒造の”どうくつ酒蔵”を探検
          (縦抗:100㍍×3  横坑: 60㍍×5  延べ:600㍍)

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この日は烏山攻めです。最初はココ ”どうくつ酒蔵”です。
去年、烏山線撮り駅をした際に探検したかったが、時間の関係(将門の上演)もあって断念
した経緯がある。今日はリベンジです。

看板を見る限り、”どうくつ酒蔵”って歴史がありそうですが...

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洞窟は、太平洋戦争末期に計画された”戦車製造の地下工場跡地”
”低温貯蔵庫”として利用。
結局は直ぐに終戦となってしまい、一度も使うことはなかった”洞窟”ということです。

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高さ幅とも3.5㍍の3本の坑道と、それを結ぶ5本の横道で構成され総延長600mになる...
年間平均10度前後、日光がまったく差し込まないので熟成に適しているとのこと。
コレ ↓ ”坑道”です
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”横道”は、清酒の貯蔵庫になっています。

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映画のロケにも使われたらしい(読み方知らず...)

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”大吟醸オーナーズボトル”(別名:熟露枯オーナーズボトル)
 ・ 5年お預かり 10,500円
 ・10年お預かり 15.750円  
 ・20年お預かり 31,500円 お子さんの誕生祝いで預け、成人したら飲むということも?

【熟露枯とは】
 熟露枯とは、屋号”うろこ”に熟成酒イメージの漢字をあてた第二のブランドです。
 これまで築きあげた長期熟成の経験を基に、5年、10年、20年間のどうくつお預かり制度。
(お酒は大吟醸酒の1.5㍑のマグナムボトル入り。


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”ニューイヤーボトル” 冬季贈答用などにいかが?
お酒の種類に応じて、3千円、5千円、1万円...フゥ~手が届きません

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ここは”試飲スペース”です。
何種類かのお酒がいただけますが...運ちゃんなので困ったな~

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と、そこへ飲めない筈の魔女が、試飲カップで”ゴクリ”と喉を鳴らしてましたが?

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”吟醸アイス(1ケ200円)”
お子様・ドライバーの方もOK...お酒造りに使われる水を使ったアイスでしょうね?
ここでも魔女が登場です。今日は満足でしょう! 飲んだり食べたり...
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ケン坊が買い求めたのは”山あげ祭限定品”。入場料@500×2名と思えば
(ラベルを付け替えただけじゃん? って、夢をなくすようなこと言わないで...)

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洞窟の見学は無料ですが、山あげ祭期間以外は予約制ですのでご注意を!

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【どうくつ貯蔵酒のメリット】

①どうくつ貯蔵酒は直接瓶詰の1回の熱処理のため、酒質の変化を最小限に抑えるとともに、
 熟成したそのままをお届けできる

②太陽光線がまったく入らないので、日光による変化がありません

③年間を通じ、どうくつ内温度は平均10℃、季節によって±5℃で、清酒の熟成には最適
 温度であるとともに、その四季を通じた温度差により瓶内で対流が生じ常に品質が均一化
 された状態で熟成されます。
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手打ち蕎麦”満留賀(まるか)”(in小山市)
2011-08-03-Wed  CATEGORY: グルメ(その他何でも)
23/07/23【3カ所の野木町探訪を終え、お昼も野木でと思ったが...寄った店は?】


   手打ち蕎麦”満留賀”の店内に水琴窟が

            (蕎麦の専門店かと思ったら、丼物も...)


”ヒマワリ”の帰り道、以前から気になっていた”小山の満留賀”へ寄ることに。

既に12時を大幅にオーバーして午後2時。この時間帯でやっているかなと不安だったが
数台が駐車していた。(店先以外にも駐車場あり)
しかもタクシーが停まっているということは...美味い証拠? と期待が膨らむ。

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暖簾を潜って...おぉ~店内には10人程度が座っていましたが、食事は終盤になってて、
10分も経たないうちに大体が出て行ってしまった。

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蕎麦屋さんで良く見かける色紙です...

”世の中で蕎麦ほどめでたきものは無し 

       初め鶴つる 後は亀かめ”

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2時になると流石にお腹も空き過ぎです...蕎麦だけでは、夜まで持ちそうにもない
ということで...


魔女が注文したのは”野菜天婦羅と蕎麦セット(@780?)”です。(もちろんライス付き)

蕎麦に天婦羅+ライスはリーズナブルなお昼です。
魔女曰く...とっても美味しいので、また来てみたいとリピーターになる勢い!


そしてケン坊は”天重と蕎麦セット(@980?)”を注文です。

ぅお~! この天重、見た目に色が濃くてしょっぱそう。イメージが悪いな~ 外れか?

ところが世の中、見た目で判断してはいけませんね~ 意外に大当たりでしたよ。

セットの蕎麦も思っていた以上の出来(失礼!)で、量とともに腰のある蕎麦に満足です。
お腹が空いてたせい? 何でも良いです...美味しいお店という印象が残りましたからね。


魔女の注文”野菜天婦羅と蕎麦セット”
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ケン坊の注文”天重と蕎麦セット”
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そして、お店の先の方に目をやると、ガラス張りの奥に何やら中庭のような光景が...?

中央上につるべ井戸の滑車のようなものが見えるし、板に”水琴窟”と書かれているように
見えた。店員さんに聞くと”どうぞ 中に入って見て聞いてください”と...

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ドアを押し開けて中に入ると何とも雰囲気が良い空間です。やはり水琴窟です。

何処で水琴窟の音が聞こえるのかな? アチコチ耳を欹てても聞こえない???
もしかして...やはりそうでした。
石の中から出ている竹の先に耳を当てたら...あの澄んだ甲高い音色がケン坊の耳に

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空間の中央にある囲炉裏の縁に一枚の分厚い板が立ってました...。

その板には”千客万来のお客様におくるとともに夫に捧げる”と書いてありました。

”夫におくる”とは奥深い何かを感じます。夫とは先立った旦那様のことでしょうね。
(いまは倅さんに代替わりしているようですから...)

残された奥様の粋な計らい? わざわざ水琴窟研究家にお願いして作ったようです。
そこまでして...思わず目頭が熱くなるような気(だけ)がしました。>笑< 

画像 293
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関東の名城のひとつ”忍城(おしじょう)”は行田市にあった
2011-08-02-Tue  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
23/07/08【国道125号線を深谷に向うと”忍城”の看板が...気になって5年が経過】

秀吉が唯一落とせなかった

    ”忍城(浮城・亀城)”に”ケン坊”が登城!

               (ようやく念願の忍城へ登城できました)

御三階櫓の眺めが素晴らしい...こんなお城が行田市にあるとは知らなかった。

この日、家を出る時点では、埼玉の入口(おおとね道の駅)で戻ってくる予定だった。
なのになのに...何時の間にか行田まで足が延びちゃった>笑<

     これも埼玉の戦略か?  埼玉 恐るべし...


【忍城】ネットから
忍城は古くからこの地方を領有していた武蔵七党の一つ児玉氏を、文明年間(1469~86)に
成田親泰が滅ぼし、文明11年頃、成田顕泰により築城されたといわれており、以後約百年に
わたり成田氏がこの地方を支配しました。


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R125沿い”行田市郷土博物館”はありました。
この日は平日でしたが、駐車場は満車で第二駐車場への駐車を余儀なくされた...。

てな訳で、実際には裏側から入りこんでしまったため? お城への入口が判らずウロウロ。
たまたま恰幅の良い人生の先輩に聞いたら、博物館から入るんですよと...

200円の入館料を払って順路に従って...先程の先輩が”案内しますよ”と声かけて
くれた。無料(ボランティアらしい)で館内の案内役をしているとのこと。
いろんな裏話まで時間をかけ、ゆっくりと説明してくれたので、結構勉強になりました。

忍城は”しのぶじょう”と読むと思っていたのに”おしじょう”とは予想外。

語呂は絶対に”しのぶじょう”ですが、アイヌ語で湿地帯のことを ”おし”と言うらしく、
そこからきた地名らしい。

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”御三階櫓の模型”
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御三階櫓の鯱鉾の大きさは1.8mで、日本最大級の大きさです。(本物は資料館に保存)
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行田市と言えば”足袋”しか思い浮かばなかったが...これからは違うぞ!
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以下、博物館に入る前に敷地内をウロチョロしながら撮ったものを並べてみました。


”忍城御三階櫓”
いま考えると、もう少しお堀の水面が写るようにアングルを考えれば良かったな~...

忍城の実質的な天守閣として機能した建物で、明治6年に解体されましたが、昭和63年に
再建されました。
櫓は展望室や行田の今昔を写真や資料で紹介する展示室になっています。


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”忍城大手門” 
両脇のくぐり戸だけが開いてました。

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大手門を潜ったところに”忍城の由来”の案内板がありました。

【ネットより】
天正18年(1590)豊臣秀吉の小田原討伐のとき、忍城主成田氏長は北条氏に加勢したため、
石田三成らの大軍に包まれ水攻めに遇った。

三成は全長28キロにおよぶ堤を築き、利根川や荒川の水を引き入れ水攻めを敢行したが、
なかなか城は落ちなかった。

”浮城”とも呼ばれる理由は、城が浮くからだといわれ、それほど攻めるに難く守るに安い
堅城だったということだ。


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”本丸跡の鐘楼”
鐘楼に提げられた鐘は、殿様が伊勢桑名より忍へ移封となった際に、桑名より持ってきた
鐘を模したもので、本物の鐘は郷土博物館に展示されています。

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御三階櫓の上に立派な鯱鉾が...少し遠いので良く見えませんが。
鯱鉾は”火事除けのまじない”だったんですね。

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藩校伝進修館の門と案内板

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漆喰の塀と緑の木立が見事にマッチして良い雰囲気です。

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未公開の”のぼうの城”は、 約1年公開延期。 

”のぼう”とは”でくのぼう””のぼう”だそうです。

話しを聞くと、”昼行灯と言われた大石内蔵助”とダブって見える家老。

公開延期の理由:「この映画には、豊臣秀吉の命を受けた石田三成による戦略のひとつとして
水攻めが迫力ある映像で描かれております。

これは史実であり、水攻めは数ある戦略の中のひとつです。しかし、この水攻めの表現は、この
時節柄上映するには、相応しくない描写
ではないかという観点から延期を決定したもの。

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忘れそうなので、今日の行程をメモっておきました...振り返ると、こんなに歩いたの?
一日フル回転、家に着いたのは夕方の5時半(出発は8時半)

①つがの里       :ハスの花を愛でる(終盤ですね)
②栃木の川連     :ホテイアオイの咲き具合を車窓から確認(全く咲いてません)
③道の駅おおとね   :ホテイアオイを確認。コレからが本番!
④羽生水郷公園    :珍しい植物に出会う(暑い!)
⑤古代蓮の里(行田):古代蓮が真っ盛り。広大な公園がピンクに染まってる
⑥さきたま古墳公園 :古墳の団地のように多くの古墳が集合してます

⑦忍城         :別名”浮城・亀城”と呼ばれるようですが...
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いづるやの、名水と庚申塔と丁亥神木(in栃木市)
2011-08-01-Mon  CATEGORY: 栃木・大平・都賀・岩舟
23/06/12【新しい出会い・発見は思いがけないところで...】


   いづるやの駐車場で”名水”に遭遇しました


いづるやの駐車場地内に”名水”が湧き出ていました。こんなところに名水が?  

コレまで何十回も来ていたのに全く気付かなかった

早速、柄杓で水を受け、口に含んでみました。ひんやりしてとても美味しかったです。

      その名水は”観音妙智水”と命名されていました。


観音妙智水とは? 

意味を調べましたが、何やら難しい宗教の中に引き込まれそうに...結果、判りません

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次にいづるやの駐車場で見た光景は?

名水の傍に「庚申塔」と言われる石塔と、道祖神が何体か
...が、一緒に奉られていました。

庚申塔はアチコチで見かけますが、道祖神と一緒というのは初めてのような気がする?


画像 711

【庚申塔(こうしんとう)とは?】

庚申塔は”庚申塚”ともいい、中国より伝来した道教に由来する庚申信仰に基づいて建て
られた石塔のこと。庚申講を3年18回続けた記念に建立されることが多い。

塚の上に石塔を建てることから庚申塚と言われ、また、塔の建立に際して供養を伴ったこと
から庚申供養塔とも呼ばれる。

庚申講(庚申待ち)とは、人間の体内にいるという三尸虫という虫が、寝ている間に天帝に
その人間の悪事を報告しに行くのを防ぐ
ため、庚申の日に夜通し眠らないで天帝や猿田彦や
青面金剛を祀って宴会などをする風習である。

庚申塔の石形や彫られる神像、文字などはさまざまであるが、申は干支で猿に例えられる
から、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿を彫り、村の名前等を記したものが多い。

同様の理由で庚申の祭神が神道では猿田彦神とされ、猿田彦神が彫られることもある。また、
猿田彦神は道祖神とも信仰されるため、庚申信仰が道祖神信仰とも結びつくこととなった




ところで、この庚申塔(塚)の上段に更に不思議な光景が...

               ”丁亥神木”と書かれた立札

【丁亥って何?】

丁亥は”ひのとい”または”ていがい”と読み、 干支の一つなんだそうです。
干支の組み合わせの24番目で、前は丙戌次は戊子である。

陰陽五行では、十干の丁は陰の火十二支の亥は陰の水で、相剋(水剋火)。

画像 713

↑の珍しい二つの光景は、上段と下段に分かれて...↓こんな風になっています。

画像 715


今回も、意味不明なまま終わり消化不良気味です
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