ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
芭蕉の里を訪ねて気持ち?の洗濯
2011-06-30-Thu  CATEGORY: 矢板・大田原・烏山・黒羽
23/06/23【黒羽からの第三弾! 芭蕉の”奥の細道”に向っての旅は更に続きます...】

黒羽城址公園に隣接する

芭蕉の館~広場~公園~句碑をぐるりと散策

  芭蕉の館~芭蕉の広場~芭蕉公園~芭蕉句碑まで、紫陽花を眺めながらの散策


        たまには芭蕉の世界を覗いてみませんか?


”田や麦や 中にも夏の ほととぎす”芭蕉

画像 011



那須の黒羽という所に知る人あれば、

          これより野越えにかかりて~」
で始まる奥の細道


それでは徐に芭蕉の世界に入って見ましょうか。(と言ってもケン坊は全く知りません)

先ずは雰囲気のある門を潜ってみます。ここ以外のルートもあるので”お好み”で選択。

画像 020

おっとっと、その前に説明を良く読まないと...巻末に掲載しましたので宜しかったら。

ふむふむ...成るほど~ 読んでる時は判ったのに、三歩も歩いたら頭から飛んじゃった?
まぁ~良いか。固いこと言わずにぶらぶら散歩気分で歩くことにした。

画像 019

芭蕉の広場の片隅に庵のような建物が...

画像 022

そして階段を上がると、広場から4~5㍍ほど小高くなっている芭蕉の公園に出ました。
公園の片隅で見たものは? おぉ~ ”投句”じゃないですか~
一応、その積りで用紙を一枚取り出して...果たして投句したのかって? ヒ・ミ・ツ

画像 023

芭蕉の公園には”館”がありますが、その館の前に”芭蕉と曾良”の旅姿したブロンズ像が
置かれています。 やはり先生は芭蕉なんですね(馬に乗ってますから)。

画像 025

その奥には”黒羽芭蕉の館”があります。
芭蕉に関する資料と、廊下を渡ると黒羽藩主”大関家”の資料が展示されています。

画像 029

奥の細道で一番長く滞在したのがこの黒羽と言われ14日間だそうです。
滞在場所の一つ、浄法寺桃雪邸跡。
最近、市が4000万円かけて再築したとのこと。元の材料を使っての再築なので、当時の
雰囲気は残しているらしい。

画像 016

その由緒ある”浄法寺邸”あったらもん展?をやっていたので、少し覗いて
みました。先客(人生後半の女性)が4人程座って、お茶を飲みながら説明を聞いてた。
主催者側のスタッフも負けず劣らず年配者ですが>笑<

ケン坊のお相手をしてくれた男性は縦横同じサイズでした...”あったらもん”とは、
茨城や新潟を初めとしてアチコチで使われている方言だという。

”もったいない”の意味があるそうで...布の端切れ等が次々に息を吹き込まれ奥の
部屋に並んでいます。小物から大きなものまで飾られ女性には人気があるという。

画像 014

ケン坊もお茶を一服所望し、ひとしきり芭蕉談義をした後、部屋を見させてもらったが、
その男性が撮ったという四切ワイドサイズの写真が数十枚も飾られていた。

デジカメで撮ったという写真ですが、ケン坊よりもチョッピリ腕前が上かな~?>悔<

画像 013


”山も庭も動き入るるや夏座敷”芭蕉 

画像 018

”かさねとは八重撫子の名成べし”曾良(芭蕉の弟子)

画像 027

元禄2年(1689)、松尾芭蕉はその弟子曽良を伴い「奥の細道」へと旅立ちました。

旧暦4月3日に黒羽に到着した芭蕉は、16日までの14日間、黒羽で過ごし、多くの
足跡を残し次なる場所へと旅立ちました。

黒羽を旅立つ際に詠んだのが↓この詩だという。

”夏山に足駄を拝む首途哉”芭蕉

画像 058

後から見ると旅立つ姿に見えますね...いってらっしゃ~い

画像 028

3枚目の写真【句碑の説明板には】

松尾芭蕉と曾良は、元禄2年4月4日(陽暦5月22日、1689年)に浄法寺図書(俳号桃雪)に
招かれた。

「おくのほそ道」によれば、「黒羽の館代浄法寺何がしの方に音信る、思いがけぬあるじの
悦び、日夜語つづけて伝々」とある。

一族をあげて歓待したのでずい分居心地がよかったのだろうか、黒羽で十三泊、あしかけ
十四日の長逗留であった。わけても桃雪亭に八泊した。

芭蕉は、桃雪のため次のような挨拶の句を詠んだ。
曾良の「俳諧書留」に

 「秋鴉主人の桂景に対す 山も庭にうごきいるるや夏ざしき」

浄法寺何がしは、那須の郡黒羽のみたちをものし預り侍りて、其私の住ける方もつきづきしう
いやしからず。

地は山の頂にささへて亭は東南のむかひて立り。奇峰乱山かたちをあらそひ、一髪寸碧絵に
かきたるようになん。水の音、鳥の声、松杉のみどりも こまやかに、美景たくみを尽す。
造化の功のおほひなる事、またたのしからずや」とある。

桃雪主人の開け放した夏座敷に坐して遠くの山や前庭の佳景に対していると、山も庭も青々
としてそよぎ、さながらこの座敷に入り込んでくるような躍動した生気が感じられるとの
意であろう。
                                芭蕉の里     くろばね

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情報! そろそろ大中寺の紫陽花が見頃に(in大平町)
2011-06-29-Wed  CATEGORY: 花紀行(あじさいの名所)
23/06/26【大中寺は大平山と晃石山の中間の麓に位置し、七不思議のお寺としても有名】

 紫陽花の名所を問えば”大平山”と答えるほど有名です

          ここ大中寺は、大平山を山歩きする際に何度も寄ったお寺です

      紫陽花の季節に大中寺を初めて訪問

           なぜか、お寺には紫陽花がお似合いです


大平山や晃石山、桜峠から馬不入山...この辺一帯を一般的には”大平山”と呼びます。
従って、大中寺も大平山にあるお寺と言って間違いでないと、ケン坊の勝手な解釈です!

参考に、大中寺が大平山のどの辺に位置するのか、案内板を掲載しましたので、拡大して
ご覧ください。(真ん中の右あたりが大中寺ですが...判り辛いかも)

画像 190

その大中寺の由来についても、知って写真を見るのも良いかもね? 関係ないか~ 

ここで発見...あの毘沙門天の化身とまで言われた”上杉謙信”が、この寺に縁故が

あったそうで、その影響で、当時焼失していた”七堂伽藍”を寄進したとあります。

更に驚きは、その上杉・北條の両氏が、この寺で和を結んだことも有名な史実だとある。

こんな嬉しい発見(ケン坊が知らないだけですが)があるから”ケン散歩”は、当分の間
辞められませんね~

画像 214


さぁ~ いよいよ大中寺へ進入です。

改めて見ると、もう少し、幅が狭い石段のほうが雰囲気が良いかな~ コレって贅沢?
あまり有名ではない割には、ソコソコ人が出ていましたが...。

画像 192

山門を潜り境内に出たが、更に階段の先を見上げると大きな本堂が聳えていました。
このアングルに、もう少し紫陽花があったらな~と思う...コレも贅沢でしょうか?

画像 206

さらに、階段を登った場所から撮ってみました。う~ん、こんなもんですかね。

紫陽花の株を本堂前に植えると、全体が見栄えがするのかも知れませんが、これが自然の
景観なんでしょうね。

画像 209

本堂をぐるりと回って、別ルートにでようとしたら...

コレって”八重のガクアジサイ”ですか?

画像 226

こちらのアジサイは丸い花弁? 完全に開いたときにも丸いままなのかな?

画像 228

そして、本堂脇から撮った”延命地蔵菩薩堂”です。

画像 224

慌てて階段を降りて...正面から撮ってみました。なかなか良い感じです...

画像 201

そして”地蔵菩薩像”に手を合わせて...おぉ~ 半跏像です。

どこかで見たのと同じです。そうだ、真岡の長蓮寺でした。真岡は弁財天だったが...

あっ! 長蓮寺って昨日ブログ掲載したんだ。 これは偶然です。

画像 203

こちらの地蔵菩薩半跏像は、大平町の指定文化財となってました。

画像 202

大平山は桜も有名ですが、神社へ向う階段の両脇を埋め尽くす紫陽花も大変に有名です。
ただ、紫陽花坂は約1000段の階段なので、年配者にとってはキツイので...

そういう意味では、大中寺の紫陽花は、株数は少ないが雰囲気があり充分に楽しめます。
少し、来るのが早かったかな~ 今週末あたりが良いかも。

大中寺を拠点に、大平山などの山歩きを兼ねて紫陽花を見る人も多かったですよ。
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長蓮寺には半跏像の弁財天が(撮り駅:真岡駅つながり)
2011-06-28-Tue  CATEGORY: 撮り駅(真岡線)
22/10/10、23/6/3【実際には”北真岡駅のほうが100㍍近いんですが...】


       櫓のある”長蓮寺”は歴史あるお寺です

今回は、震災の影響を受け一部建物などに被害(報道では像も倒れた)があり、お寺全体が
封印されてます。昨年のイベント(未掲載)時に撮った写真を交えて振り返ります。


真岡駅から1~2㌔の位置で、由緒ありそうな歴史のありそうなお寺に出会えます。
遠くから、櫓のような建物が見えたが、どうやら”長蓮寺”の中にありました。
(今回の震災で無くなってしまった”真岡物産資料館”の近くです)
                                        H22/10のイベント時に撮影
画像 661

”窪道場”

中門?に「窪道塲(くぼどうじょう)」の額が掲げられている。長蓮寺開創当寺、大際山の
窪地に、念仏修行の道場として堂宇が建立されたとのこと。

画像 798

中門を潜ると、正面に”櫓のある弁天堂”が...

画像 794

弁天堂・櫓・拝殿・と社務所...境内で琴を奏でる風情ある光景です。位置関係を。
                                        H22/10のイベント時に撮影
画像 676

”弁天堂”です。何をお参りしてるのか”魔女”が真剣にお祈りしています。
                                        H22/10のイベント時に撮影
画像 673

”日本一の半跏像 弁財天”[真岡市指定文化財]
                                        H22/10のイベント時に撮影
画像 670
                                        
画像 797

弁天堂の裏側に回ると墓地でした。その墓地から見上げた”櫓”。少し震災の影響を受け
ています。外見上は袴の部分の板が剥がれた程度ですが...中は判りません。

画像 795

”大鐘楼”

明治天皇の威徳を詠んだ漢詩が彫字されています。その為、戦時中、供出を免れています。
また、五七桐の紋が刻印されているのも特徴です。

                                        H22/10のイベント時に撮影
画像 693

”魔除の猿”

弁天堂と社務所の前にある木?の根本に、最初、コンクリートの塊かと思ったが、良く
見ると”お猿さん”が何頭もいます。石の塊に”魔除猿”と書かれてました。

木の根を猿に見立てたのか、人工的なモノなのか後で確認しようとしたが、”後とお化け”
は出ませんでした。失敗したな~

今回、確認しようと再び境内を訪れたが、残念ながら震災の影響もあってか、姿を消して
しまい、見ることが出来ませんでした。
                                        H22/10のイベント時に撮影
画像 668



【長蓮寺とは】:ネットから

今から700年前の鎌倉後期、時宗(じしゅう)の宗祖・一遍上人の入滅後、時宗教団の
大成者である二祖・真教上人は、一遍上人の教えを広める諸国行脚の中、永仁五年〔西暦
1297年〕下野国真岡の西郷大際山に留錫(りゅうしゃく)し、念仏修行の道場として、
阿弥陀如来を本尊とし長蓮寺を開創しました。

長蓮寺は、南北朝時代の貞和三年〔1347年〕に芳賀高貞公の命により、居城の鬼門方向
である現在の地へ移築されたと伝えられています。

また、後醍醐天皇の従兄弟である尊観法親王が南北朝期の荒れた世相を嘆き、遊行上人に
帰依し念仏で衆生済度したいと出家した後、真岡長蓮寺に住持したとの記録が残っています。

さらに江戸時代において、長蓮寺は真岡藩主稲葉正成公(三代将軍家光公の乳母『春日の局』
の夫)ゆかりの寺として、徳川家光公より朱印十二石を拝領しました。

戦後、農地解放により広大な寺領を失いましたが、開山以来七百年ものあいだ法灯を灯し続け、
伽藍と境内を残すだけでも高い格式を誇っています。

現在、長蓮寺には、本尊の阿弥陀如来のほか、真岡弁財天尊、日限(ひぎり)地蔵尊が奉安
されています。
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西田井駅と北山駅・真岡線”撮り駅”の旅
2011-06-27-Mon  CATEGORY: 撮り駅(真岡線)
23/05/27【西田井駅と北山駅のあわせ技。流石に真岡線だけあって、真岡市に駅が6個も】

          真岡線の17駅をぜ~んぶ見(魅)せます

今回は”西田井駅と北山駅”周辺を紹介します
       (ご無沙汰です。真岡線の撮り駅は、まだまだ続いていますよ...)


*6/5、SLをキャッチ。(№6:また少しだけ大きくなりました)
画像 392


先ずは駅の位置確認です...
【茨城県側】
①下館~~ ②下館二高前~~ ③折本~~ ひぐち
【栃木県側】
⑤久下田~~ ⑥寺内~~ ⑦真岡~~ 北真岡~~ 
西田井~~ ⑩北山~~ ⑪益子~~ ⑫七井~~ 
⑬多田羅~~ ⑭市塙~~ ⑮笹原田~~ ⑯天矢場~~ ⑰茂木


西田井駅と北山駅は、ともに耳新しく(看板は益子に行く際に見かけた?)ケン坊にとって
知名度は”ゼロ”に等しい駅。

これが”撮り駅”効果かな。お陰で駅舎も見ることが...だから何なの?と言われそう。



【西田井駅:にしだいえき】

西田井駅は極々普通の駅舎です。駅の周辺にも目立った場所は(地図上)見当たりません。
北真岡駅から3㌔程度。ローカル線だから駅間の距離は都電並みでも良いが...

開駅は大正2年というから歴史のある駅なんですね(駅舎はH10年に改築)。真岡と益子の
中間地ということなので、もともとあった駅だったんですね。ある意味、納得です。

あった~ 職業訓練校に市営団地(規模不明)が。

画像 891

長閑な田園風景。少し遠くを見れば益子の山並みも見える...
上下線の入れ替え駅になっているので、何となくホームに出ても開放感が感じられる。

画像 894


西田井駅はもう終わりですか? と言われてしまいそうですが...

【北山駅】

真岡市最後の駅です。西田井駅から僅かに1㌔程度で”北山駅”に到着。

開駅は平成元年と比較的新しい駅です。駅といっても駅舎はなく”バス停”タイプの駅です。
近くには”旭光学”という会社が以前はあったが...今は?

画像 897

ホームにあった看板を見ると、以前、ケン坊が何度も行ったことのある”根本山公園”から
一番近い駅らしいです。(電車できた場合は、北山駅から歩いて行くらしい)
山頂にアンテナのような塔が見える山が根本山です。

画像 924


昨年、根本山公園の紅葉を発見した。コチラ⇒根本山の紅葉

画像 850

そして、根本山公園の入口には”足利尊氏ゆかりの能仁寺”があります。
それでは、能仁寺にちょっと寄り道してみます。駐車場は数十㍍手前の公園駐車場へ...

(写真は、昨年ブログで紹介しようと準備していたもので、クリックしても拡大しません)
画像 797

大雄山能仁寺(臨済宗妙心寺派)
南北朝期、足利尊氏を開基とし、仏国国師(那須雲巌寺の開祖)の高弟、不識妙宥禅師の
開山で康永2年(1343年)に建立された。本尊は釈迦如来(県指定文化財)である。

尊氏公から永一千貫の地を寄付されて鎌倉円覚寺派十刹の一に列し下野国では那須の
雲巌寺と並んで最高位の寺院となっていた。

応永26年(1419年)には、称光天皇から蒙古使に命じて書かせたと伝えられる「関東名藍」の
扁額を賜った。戦国時代末期に二度の火災、その後江戸時代に山崩れ等の災害にあったが、
仏殿(釈迦堂)と扁額は難を免れたといわれる。

仏殿には、足利氏の家紋である「丸に二引両」が附され、尊氏の木造やお位牌が安置される
尊氏ゆかりの由緒ある寺院である。
なお、尊氏は暦応元年(1338年)本寺から約五百メートル東の境沢の地に観音堂を建立し、
その守護として本寺院を建立したといわれている。


画像 894


釈迦堂(しゃかどう)
構造は宝形造で、間口・奥行ともに12㍍。

南北朝期の康永2年(1343年)に足利尊氏を開祖に建立された。
釈迦堂は天正年間の火災の際も災禍を免れたとされる能仁寺最古の建物である。


”木造 釈迦三尊像(南北朝時代のもの)”が釈迦堂に置かれているとのことだが、目を
凝らして中を覗いたが、薄暗くて何も見えませんでした。むしろガランとしていました。

像高:釈迦如来102.5㌢、文殊菩薩58.5㌢、普賢菩薩58.0㌢
中尊釈迦如来は彫りが深く、量感豊かな像である。

脇侍は獅子に乗った文殊・白象に乗った普賢ともに装飾的で軽妙な作である。
(H2 県指定文化財)

画像 897

「関東名鑑」の偏額は、応永26年(1419年)に称光天皇が蒙古の使者に書かせたものを
受けたといわれる。

画像 898


銅鐘(どうしょう)
総高147.0㌢、口径77.0㌢

江戸時代の享保3年(1718年)に、武江神田住の木村将監藤原安成によってつくられた。
能仁寺の沿革を印刻してある。

その行間には二次銘として、明治6年、宇都宮中学校(現宇都宮高校)建設のため、この
鐘の供出を求められたが、檀徒一同が献金して、これを免れた旨が刻まれている。


画像 901



外池酒造の詳細は後日報告

画像 900


*クリックしても拡大しない写真が多いので...悪しからず。
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水車のある道の駅”伊王野の蕎麦”(in那須町)
2011-06-26-Sun  CATEGORY: ○○の駅
23/06/03【平成の森からの寄り道、過去ケン坊のブログに登場の道の駅”伊王野”】


     大きな水車のある”道の駅 伊王野”の風景

画像 171


随分と過去の話となってしまった”平成の森”散策と”北温泉”。もちろん素直に帰る筈の
ないケン坊の寄り道は、那須から、ず~~っと県の東へ突き抜けてR294へ...

実は、那須の旅(平成の森と八幡のつつじ)が予想よりも早く終わったので、どこかでお昼
と思っての寄り道するはずだったが...

魔女が伊王野の看板見て”蕎麦が食べたいね”の一言で決まり。ブログにも何回か登場。
彼岸花の季節に2度、冬の水車の季節、今度の梅雨の季節...

見慣れた道の駅。駐車場は平日の午後1時過ぎ...まずまずでしょうか?

ケン坊と魔女の目は”蕎麦の水車館”の建物に...自ずと足が速まってます。

画像 159

駐車して迷わず”蕎麦の水車館”へ。ガラス越しに蕎麦打ち姿が...
いつの日かケン坊もメン棒を持つ日が?
画像 160

水車に一番近い場所に座り、あぁ~ あまりにも近すぎて全体が入りません...

画像 163

見慣れた光景。蕎麦は固い...かなりの固麺。俗にいう腰があって美味しく戴きました。

画像 166

水車の回転を動力に”そばの実挽き”するんですが、多分、ここは水車の動力ではなく...
今回、挽いているのを初めて見ました。

直径2メートルの石臼の隙間から”そば粉”が零れ出てきました。

画像 169

昨年が、道の駅の開業10周年だったそうです。

道の駅 伊王野のシンボルは巨大な水車
日本有数の大きさ、直径は大きい水車が12m、小さい水車は5.6m

画像 175
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独眼竜・伊達政宗との縁ある中村八幡宮(撮り駅:寺内駅つながり)
2011-06-25-Sat  CATEGORY: 撮り駅(真岡線)
20/06/05【今回は、真岡線撮り駅・寺内駅つながりのブログで”中村八幡宮”です。】

    流鏑馬が復活した”中村八幡宮”とは


【中村八幡宮】:ネットから
主祭神は誉田別尊である。
社殿によれば、天武天皇の時代、白鳳四年勅命により諸国に八幡宮が建立されたが、
当社はその一社であるという。

また永承年間(1046-52)に源頼義・義家(父子)が前九年(1051-61)の役に際して、
常陸・下野・上野の地に八社、八幡宮を建立し石清水八幡宮(京都)を勧請したが、
その八幡の一社であるともいわれている。

文治五年(1189)七月、源頼朝が藤原泰衛を追討するため奥州へ向かう際に当社に戦勝
祈願、当地の領主中村宗村も祈願し活躍することができた。

その勲功により宗村は伊達の地が与えられ、奥州伊達氏の祖になったといわれる。
翌年、八幡宮に軍配が奉納されるなど伊達氏の守護神となった。

以後、建久四年(1193)には、源頼朝より三三町の神田の寄進を受けたり、伊達家代々の
当主が、本殿や拝殿等の造営や修復などを行っている。


画像 369


それでは”中村八幡宮”の歴史を知った上で、徐に中村八幡宮を覗いてみましょうか。
いや~ それにしても”伊達家の祖”中村城主だったとは!初耳です。


先ずは朱塗りの鳥居の登場ですが、宮に続く参道と両脇を覆う社叢が厳かさを感じます。
鳥居の傍らには大きな文字で”中村八幡宮”の石碑が。

画像 377

長い参道を歴史を感じながら歩いた。いまでは”流鏑馬”が行われている参道です。

二の鳥居も大きいです。しかし、境内の周囲の石柱は震災の影響を受けてました。
何処も同じですね。真岡地区の(震災の)影響はケン坊が思っている大きかったようです。

画像 381

拝殿です。

画像 364

本殿です。

画像 373

神楽殿です。

画像 367

樹齢800年の”御神木”です。
(説明板より)文治五年(1189)、源頼朝の奥州征伐から凱旋した当地中村の領主”中村
常陸介宗村”は、奥州伊達郡地頭に補された。

宗村は、中村八幡宮に軍配団扇を奉納し、ここに御神木けやきを植樹し、神恩に感謝したと
伝えられている。

画像 374

”中村八幡宮の社叢”の案内板。

画像 375

”参道を駆け抜ける流鏑馬”

伊達家ゆかりの社で、歴史装束に身をまとい250mの参道を駆け抜ける馬上から、見事に
矢を放つ「流鏑馬(やぶさめ)」は、古式豊かな伝統行事です。

画像 380


撮り駅の旅での新しい発見。 撮り駅バンザイ! 
繰り返しになるが
”東北の雄 伊達家”は、真岡中村の領主です。
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昔、ユリが咲くのは7~8月だったが? 
2011-06-24-Fri  CATEGORY: 花紀行(ユリの名所)
23/06/23【いつの間にか6月がユリのシーズンになって...】


  ”黒羽のゆり園” 一株500円で販売!


黒羽城址公園の”あじさい祭り”を見て、帰りがけに”雲巌寺”を散策(後日報告)し、

更に”寄り道”そう、黒羽から5連発の予定です

2発目は”ユリ”です。アチコチのブログで素晴らしい写真が掲載されているのに、
今さらですが... 遅ればせながら仲間入りさせてください。

品種は残念ながら確認するのを忘れてしまいました。写真だけでごめんなさいね。


大売出しの幟旗が遠くから立ってました...”黒羽ゆり園”力を入れている証拠です。

でも”ゆり園”と名を付けるほど、ゆり畑は大きくはありません。山あいの小さな畑でした。
画像 124

ピンクの花に大きなシベがハッキリと見えて...
ゆりのシベの先にブラブラしてる”あんよ”が、衣服に付くと苦い思い出がありますが。
画像 126

シベのうちの一本が”突然変異?”。シベと花弁が癒着しています(上の右側)...
画像 128

画像 144

変わった色の花です。一瞬、シベが散ったのかと思うくらい。見た目は汚い感じですが...
画像 130

深い真紅のゆり。シベの先にある”あんよ”が可愛いです。
画像 136
赤い花弁の中心寄りが赤黒い感じがします。↑の赤いゆりとは種類が異なるんでしょうね
画像 146

画像 147

純白のゆりの花。何となくホッとします。他のゆりが真夏を代表するような色なので...
画像 138

これも変わった花です。花弁が”ダラリ”と垂れ下がっているのは他のユリと違いますね。
画像 140

しっかりとしたオレンジ色のゆりの花。シベも同系色なので”あんよ”が浮いてるみたい。
画像 133
ゆりも大群だと圧倒されます。
画像 137
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情報! 黒羽城址公園の紫陽花の開花状況(in大田原市)
2011-06-24-Fri  CATEGORY: イベント(まつり)
23/06/23【まだ咲き始めです。今月末から7月上旬が見頃になるかも知れませんね。】

  黒羽城址公園で”くろばね紫陽花まつり”開催中


今年は、花が全般的に一週間から十日遅れていると言われているが、ここの紫陽花もご他聞
に洩れず開花が遅れています。


画像 057

祭りは今月18日から始まったが、見頃は今月末~来月上旬でしょうね。
更に残念なことに城址広場の周囲の土塁(広場より一段と高くなった散策コース)?が、
震災の影響で大木も7~8本倒れた関係もあって、立ち入り禁止となっていました。

画像 044

ところで”紫陽花”の咲き具合は? まだまだ3~4分咲きでしょうか?
色も白から青が多く、鮮やかさには欠けるかも知れませんが、もう少し日が経てば赤みを
帯びた紫陽花も登場するかと...
(黒羽城址公園の紫陽花は、数年前までの記憶では”青系統”はダントツに多い)

画像 035

黒羽城本丸跡の芝生広場の端に立つ物見櫓(?)も立ち入り禁止に...
これは期待をしていただけに残念でした。今回は周囲から写真を撮るだけです。

一応、この櫓を入れて撮るポジションが”ビューポイント”とパンフに表示されてます。

画像 032

画像 033

画像 046

そして、この橋を渡ると”芭蕉の館”に...

画像 049

橋の下が城を取り巻く”お堀”です。この周辺の紫陽花は2~3分咲きですね。

画像 050


そして、例年ですと城址公園広場でイベントが行われたが、今年は震災の影響もあって、
裏手の黒羽体育館で開催されています。ご注意を!
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年1回の食事会...違った”ケン康チェック”(in人間ドック)
2011-06-23-Thu  CATEGORY: 我が家のイベント
23/06/21【この歳になれば何も出ない筈がありません・・・出ないお化けに臆することなく】


国の財政健全化のために

   年に一回 人間ドックを受診しましょう

   そして 早期発見 早期治療 早期復帰を



今年も季節がきました。審判が下されます...正式な診断結果は2週間後くらいですが。

前回が昨年の6月24日。それから1年、本日「人間ドック」を受診。健保の被保険者なので
安価でできるのが大助かりです。


今回がサラリーマンとして最後の受診! 多分、次回からは補助なし? 高くなっちゃう!

そして胃の検査は、昨年経験した「経鼻内視鏡検査」という内視鏡を鼻から入れる方法を
選択してみた。多少、鼻腔が狭いらしく、内視鏡が壁に突き当たりますが...何とか

7時20分に受付、今回追加したオプションの脳ドックから検診開始です。

検査が10時半に終了。魔女は婦人扱い?なので時間がかかります。その間、待合所で休憩。
そこには、無料の飲み物・食べ物があって...お腹が空いているのでツイツイ口に。

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ところで、ここ数日、カロリー消費に精力を注いだ結果は?
体重はお陰さまで何とか目標を若干オーバーで納まりましたが、頑張ったため、別の項目に
異常値が出てしまいました>笑<

「仮結果報告」は昨年に比べて、5~6個の項目で”はみ出し”ちゃいましたが、特に問題
とはならない範囲との説明にほっとしました。

この歳になると、何が出てきても驚かないように言い聞かせてますが、イザ現実に悪い結果
がでると二次検査とか精密検査になって事後が大変です。


午後1時、ようやく食事にありつけました。ある程度つまんだり呑んだりしてたので、お腹は
空いていませんが、完食してしまいました>笑<



今年の和食。(胃カメラをした人は和食が優しいとのことで勧められ...)
あれ~ 何か去年と同じじゃない? 帰ってきてブログを見てみるとビックリ...
一品たりとも違っていません。違うとすれば写真の撮るアングルのズレだけです。

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コチラは、昨年出された和食です。
どうでしょう? 全く今年と同じ内容です。これにアイスコーヒーをプラス。
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”みずほの自然の森公園”で見た花の名は?(in宇都宮)
2011-06-23-Thu  CATEGORY: 公園・その他の公園
23/06/20【人間ドックに向け、スリムになろうとアチコチ歩いていたら、知らない花に...】


”みずほの自然の森公園”に見知らぬ花が?


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花ではなく、単にカロリーを消費するために公園にジョグしにきたが、暑さのためジョグも
出来ず、ひたすら歩き続けた

もちろん、これまでに何回か訪ねている場所(季節)だったのに、今回、初めて?見る花に
遭遇することができた。



ミヤコグサ...
いままでも何度か撮ったんですが、ボケたりしてアップできなかったが、ようやくに

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クサレダマ...
何の花だか、しばらく思い出せなかったんでしたが、先程ようやく判明(思い出した)。

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コウホネ...
そろそろコウホネの咲く時期だったんですね。意識して無かったので思わずオォー

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水面に写るコウホネも良いですね
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初めて見る花...どなたか教えて~。1枚目の写真と合わせて見てね。
花そのものは見たことがあるようなないような...葉はヨシ(アシ)のような

*6/23 判明です。ミズバホテイアオイ:長さんにお世話になりました。

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黄土色の小さな蕾(?)が徐々に上に咲いていくような感じです。
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これは花ではありません。あっ、昔は花だったかも知れませんが...

”みずほの自然の森”を裏方で支えてくれるシルバーでしょうか?
横一列になり、ゴミ袋を片手に芝に膝をつき這いつくばって何やら拾ってます。草? 石?

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戦場ヶ原・小田代ヶ原で出あった花たち(in日光)
2011-06-22-Wed  CATEGORY: 日光・今市・湿原
23/06/19【千手が浜のクリンソウを堪能した後は、折角なので戦場ヶ原の木道をハイキング】


   戦場ヶ原や小田代ヶ原は花の端境期?

湿原の花の時期に合わせるよりも梅雨の合間を見計らってなので、花と出会えたらラッキー。
ズミも終盤で、殆どが真っ白から、ややクスミが出てきた感じ。

でもコースに2本だけ遅れてきた”ズミ”に出会いました。まさにラッキーでした。
ズミは咲く直前というか、蕾と花が混在する時期が一番好きです。

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”ツマトリソウ”3態
*花弁6枚
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*花弁7枚
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*花弁8枚
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”ギンリョウソウ”2態
*通常はこんな感じで生えています
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*くっ付いたり、絡みあったり、圧し掛かるような姿は...決して珍しくはないか?
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”ズミ” 
やはり、この時期は戦場ヶ原の中心の花です。
*ピークを過ぎたズミが多いですが、まだまだ見られました。この後は保障できませんね。
手前の緑は”ホサキシモツケソウ”のようです。咲く頃は見事かも...
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*少しだけ花に近づいてみました。
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*花弁の散った後の光景でしょうか?
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”クワガタソウ”
*ピンクの花が可愛いです。高山周辺が一番の自生地のようで峠から中禅寺湖まで...。
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*どの角度からみても”昆虫のクワガタ”は想像できません。これってケン坊の勘違い?
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ハクサンフウロ? うん、仮にハクサンフウロに決定します。

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ウマノアシガタ? ミヤマダイコンソウ? 多分、違うでしょうね!

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”ワタスゲ”

やっぱり戦場ヶ原の代名詞”ワタスゲ”ですね。この時期の風物詩になります。

*やはり戦場ヶ原のワタスゲは、山があって映えるんですよね
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*男体山が隠れてしまって残念でした。
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親鸞聖人の御廟がある専修寺(撮り駅:久下田つながり)
2011-06-22-Wed  CATEGORY: 寺社仏閣(その他)
23/06/05、20【二宮神社から2~3㌔の場所に”専修寺”があることを知って緊急訪問】

専修寺(せんじゅじ)は、

親鸞聖人が自らお創りになられた唯一のお寺

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【概要】:ネットから

建保2年(1214)親鷲聖人は越後から関束に移られ、以後20年間にわたって関東にとどまり、
主に茨城・栃木方面に念佛を広めました。

教えが広まるにつれ、念佛によって結ばれた人達はリーダー格の人を中心に集団を作るように
なり、門徒集と呼ぱれるようになります。

その中でも真佛上人を中心とする高田門徒は最も有力な集団でした。嘉禄元年(1225)親鸞
聖人53歳の時、下野国(栃木県)高田に如来堂(専修寺)を建てられ、親鷲聖人の布教の
根拠地となります。

親鸞聖人は約7年間この寺で過ごし、この時期に「教行信証」を著述しました。昭和42年、
国の史跡に指定、昭和56年、如来堂・御影堂・楼門・総門の四棟の建造物が重要文化財に
指定されました。本尊は創建以来の一光三尊阿弥陀(あみだ)仏。



”参道”

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”一光三石尊佛の碑”

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”総門(国重要文化財)” 

親鸞聖人が創建当時の門
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”県指定天然記念物 高田山専修寺のケヤキ”

樹齢600年 幹周7.1㍍
総門に向って左手。根上り気味で根回りの大きな巨樹。

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”櫻門(重文)”

総門と如来堂の軸線上に立っている櫻門は元禄年間の建築です。
「高田山」の扁額は前天台座主一品公獣親王の筆である。

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”如来堂”(ご本尊「一光三尊仏」を安置する堂:建造は元禄14年(1701年))

間口10.03m 奥行10.04m 入母屋造 正百千鳥破風付 向拝一間付 銅板葺 。
そのころ親鸞聖人が信濃の善光寺からお迎えしたという一光三尊佛は、今も専修寺に安置
されており、17年に一度開帳される秘仏となっています。
次回のご開帳は2015年に予定されているそうです。 この一光三尊佛は、桜町天皇が宮中
に迎えて拝跪されて以来、33年ごとに天皇の親拝を得るのが慣例となっています。

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”御影堂”

間口23.71m 奥行20.07m 単層寄棟造 向拝三間付 銅板葺 
親鸞聖人等身御影(栃木県指定重文)を正面にし、両脇壇に真仏上人坐像と顕智上人坐像
(ともに国の重文)を教置するお堂です。寛保3年(1743年)の建造と伝えられています。

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”鼓楼”

物見を思わせるような袴腰をつけた建物です。
弘化3年(1846年)の建立で、太鼓は天保13年(1842年)、名古屋市来迎寺の門徒
平野小市朗の寄進である。

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宝蔵(涅槃堂:ねはんどう)

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”涅槃像”

釈迦如来涅槃像が奥に横たわっていますが...撮影禁止なので堂の外から腕を伸ばして。
釈迦如来はおよそ3000年前印度の国で80才にして成仏。頭を北にして西に向いて
お亡くなりになった。 その御影で元禄年間の名作である。

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”鐘楼(津市有形文化財)”

銅鐘は慶安5年(1652年)に鋳造されとされ、鐘楼は棟瓦の刻銘から正徳3年(1713年)
再建されたとされている。嘉永2年(1849年)、伊勢四日市 願誓寺の住職が3年間で建立。

梵鐘はそれよりも古く、延宝8年(1680年)、田中丹波守 藤原重正の作で、いずれも江戸の
門徒の寄進である。

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”太子堂”

お堂は、当地より300㍍南にあったのを、江戸時代に移築したお堂です。南無太子2才像
を安置していましたが、現在、木像は本寺の御殿に安置されています。

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”親鸞聖人の御廟”

親鸞は専修寺建立後、弘長二年(1262)、90歳をもって遷化された。
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”お墓”

葬儀は三代顕智によって営まれたが、その際、聖人の遺歯9粒を携行して専修寺に帰り、
ここに埋葬されたもので、鎌倉時代中期の面影を残す廟所です。

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(*青字は、ネットまたは案内板からのコピーです。)

こんな歴史のあるお寺を”久下田駅つながり”で紹介するなんてバチが当たりそうです。
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北真岡駅・真岡線”撮り駅”の旅
2011-06-21-Tue  CATEGORY: 撮り駅(真岡線)
23/05/27【真岡駅が真岡線の代表なら、北真岡駅東側はカメラマンにとって外せない場所が】

          真岡線の17駅をぜ~んぶ見(魅)せます

 今回は”北真岡駅”と周辺について紹介します

*6/5、SLをキャッチ。(№5:また少しだけ大きくなりました)
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先ずは駅の位置確認です...
【茨城県側】
①下館~~ ②下館二高前~~ ③折本~~ ひぐち
【栃木県側】
⑤久下田~~ ⑥寺内~~ ⑦真岡~~ ⑧北真岡~~ 
⑨西田井~~ ⑩北山~~ ⑪益子~~ ⑫七井~~ 
⑬多田羅~~ ⑭市塙~~ ⑮笹原田~~ ⑯天矢場~~ ⑰茂木


  SLが絵になる場所が”北真岡駅”の近くに

北真岡駅は、簡易の駅舎がある小さな駅ですが、周辺の光景は、これまでも何回かケン坊の
ブログに登場しています。

真岡駅とそんなに離れていないので、周辺の見所なんかは”真岡駅”とダブってしまいます。

駅舎は正直いって大した駅ではありませんが、周辺にはビュースポットを始め、多くの施設が
皆さんのお出でを待っています。


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北真岡駅のホームに立ち、東方右側の線路沿いに”桜”が数百㍍続いているのが見えます。

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ここでも、ワンマンバスのような気動車の入線に出会いました。

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駅から数百㍍のところに”真岡観光リス村”があります。
土日には子ども達で賑わってます。村内には”真岡もめん工房”もあり、無料で
見学ができます。もちろん近くに綿畑も...

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駅から東へ数㌔。車で5分 イヤ、3分くらいかな?

日本一大きいと言われる恵比寿様が...”大前神社”です。
化粧しなおしたので少し綺麗になったようです。
(長さんとは大前神社のブログが取り持つ縁でしたね)

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真岡もめん...綿つみ光景も見られます。もちろん、綿糸つむぎの工房見学もできます。

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真岡線の周辺には桜が植えられていて、春には菜の花とSLのコラボが見られる景観として、
多くのカメラマンが集結する場所でもあります。

(トップのSLの写真は、この反対側から撮っています。)

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*クリックしても拡大しない写真がありますので悪しからず。

*今夜は通夜のため訪問が遅れます。
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千手が浜のクリンソウが見頃です(in日光中禅寺湖)
2011-06-20-Mon  CATEGORY: 日光・今市・湿原
23/06/19【また千手が浜に来ちゃった。今年は去年に比べて花が旬だったので綺麗でした】


       千手が浜の”クリンソウ”今が

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井戸湿原に向うはずの車の中で、突然の行き先変更...貴重な梅雨の合間なので大切に!

急遽、宇都宮環状線から宇都宮日光有料道路を通り、いろは坂を順調に走行。やはり日光の
観光客は減っているんだな~と実感しながら中禅寺湖へ。

定番の”赤沼”...地元にとっては嬉しい満車です。
Uターンして竜頭の滝上に路駐。おまわりさん、折角の観光客なんだから捕まえないでね!
と勝手な言い訳して...(良い子は真似しないでくださいね)

11時20分駐車場を出発? 路駐場でした>苦<  こんな遅い出発は初めて?です。

久々の日光ハイクに新鮮な気分(るんるんるん)で新緑・深緑の中を...白樺林が綺麗!

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今日のルートは、小田代を抜け、高山を横切り、湖畔を歩いて千手が浜ゴールです。
千手が浜の遊覧船船着場には、観光客が行列しています...早い人達のお帰りです。

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湖畔の遊歩道?を10分ほど歩くと見えてきました”クリンソウ”

以下、クリンソウを並べてみましたので...感想はそれぞれの想いでご自由に>笑<

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クリンソウ群生地のそばにある橋...まだまだ新たな観光客が途絶えません。
数日前にTVで取り上げた”クリンソウ”の映像の影響でしょうか?

そればかりでは無さそう! だって団体さんは、その前から申し込んでいる筈なので...

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千手が浜を後にして、バスで小田代が原まで戻ろうと考えていたが、こちらも長~い行列。
足が痛い魔女が、往路を歩いて帰るという言葉に再び高山の峠に向けて登ります。

バスで戻るよりも、やはり自分の足で歩いたほうが気分は最高、空間を二人占め状態です。
こんな白樺林の中を歩けるんですよ。自分の足で...空気も雰囲気も最高!

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次回は、日光から何を報告しようかな?
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二宮神社と桜町陣屋跡と尊徳資料館(撮り駅:久下田駅つながり)
2011-06-20-Mon  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【今回は、真岡線撮り駅・久下田駅つながりのブログで”二宮神社”周辺です。】5/13、6/5


桜町二宮神社・桜町陣屋跡・二宮尊徳資料館


駅名は久下田でも町名は少し前までは二宮町でした(現在は合併して真岡市です)。こう
して年月とともに少しずつ歴史が変化して消え、新しい歴史が作られるんですね。

【二宮町の名前】
由来とは「二宮金次郎」の功績をたたえ、昭和29年に栃木県知事から町村の廃置分合で、
栃木県芳賀郡長沼村、久下田町及び物部村の3町村が統合されて二宮町となった。



”桜町二宮神社”:二宮尊徳をお祀りしている

鳥居の奥に見える社殿まで、参道が意外に長く7~80㍍はあるでしょうか?(目見当)

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駅から直線距離にて北東へ約6Kmほどの田園地帯の中にあります。

【二宮金次郎】:もちろんご存知だと思いますが
二宮金次郎(本名「二宮金治郎」、後の「二宮尊徳」)は知らない方はいないと思いますが、
郎と金郎の違いを知る人は...そう、途中でお役人が金治郎を金次郎と誤って
記載したのがキッカケで、その後も変更せず(面倒だった?)金次郎と名乗ったようです。

生誕地は神奈川県小田原市、若くして両親は亡くなり、兄弟は親戚へ預けられたそうです。
田畑は酒匂川の氾濫で耕作断念、苦労苦学して生家を再興、手腕を見込まれ、小田原藩の
飛地「下野国桜町領」
少し前の「栃木県芳賀郡二宮町」へ赴任させられました。

なぜ、小田原の飛地が栃木県にあるのかは調べてませんが...不思議です。

こんな二宮神社も先日の震災には勝てず、奥の狛犬の被害は少なかったようですが、左側の
狛犬は完全に倒壊してしまいました。

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境内の左側(陣屋跡入口付近)に、”報徳不忘”の石碑がある。読んで字の如しか?

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その左側には、尊徳が好んで詠ったとされる”道歌”が磨かれた石に刻まれていました。
(拡大しても読めないかも?)

声もなく 香もなく常に 天地は かかざる経を くりかえしつつ

めしと汁もめん着ものは 身をたすく 

その余は我を責むるのみなり

天津日の恵みつみおく 無尽蔵 鍬でほり出せ 鎌でかりとれ


天地自然は、あるきまり(法則)によって動いています。それは音や匂いをだしてわざわざ
人に気づかすこともなく、唯ひたすら教え(経)を繰り返しつづけているのです。


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”桜町陣屋跡”:復興するため仕事をしていた役所の跡

桜町陣屋跡は、二宮尊徳が付近の農村を復興するための仕事をしていた役所の跡であり、
正しくは、旗本の宇津氏が四千石の支配地を治めるために築いた陣屋。

敷地の中には、役所のほか、役人詰め所、木小屋、板倉などが建てられ、実用的で質素な
構造となっている。(写真なし)

二宮尊徳は文政5年(1822)から天保8年(1837)までの間、この陣屋にて寝起きし農民に
「勤・倹・譲」を教えとする報徳仕法を広めながら、荒れた農村を見事に復興させた。


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”二宮尊徳資料館”:直筆の書や愛用の陣笠等を展示

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等身大の二宮尊徳の像。180㌢?もあったというが、昔の人にしては巨人だったようです。

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館内に入ると展示物品室前にて館内の方が二宮金次郎の概略を説明してくれました。農民の
出身でありながら帯刀も許され、桜町の復興命令を受けたときは、名主役格で36歳でした。

40歳で組頭格、桜町主席。48歳で、徒士格(かちかく)に、56歳で幕府に登用され
(御普請役格)57歳で二宮尊徳と改名したそうです。

改名当時は訓読みで“たかのり”と読んでいたそうですが、後の方が音読みでそんとく
読んだため、現在ではソントクとなったそうです。

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館内の説明員の方の概略が終わったあとに、ビデオにて桜町に来てからの功労を分かり易く
解説していました。

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~~省略です~~

隣の尊徳資料館には、尊徳直筆の書や尊徳が愛用した陣笠・脚絆、脇指し、茶器、火鉢などを
展示しています。その他、興味ある資料が沢山ありましたが...

その一つ、家系図がありましたので掲載しておきます。

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そうそう、二宮尊徳が第二次世界大戦の終戦後に、1円紙幣に登場したとの説明に、慌てて
机の中を探したら...出てきました。確かに二宮尊徳でした。

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なお、二宮尊徳のお墓(頭髪を埋葬)は、資料館から数十㍍離れた”蓮城院”にありましたが、
今回はパスしました。(実際のお墓は没した地”今市”にあります。以前に掲載済み。)
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バックが届いた! あっ 父の日のプレゼント?
2011-06-19-Sun  CATEGORY: 我が家の光景
【休日の”ぶらぶら歩き”に古いバックを背負ってるのを見かね新調してくれた?】6/15~17

  ケン散歩に便利なグッツを貰ちゃった!
       (いくつになっても嬉しいもんですね。ありがたく頂戴しま~す)


今使っているバックも、魔女っ子たちからのプレゼントでした。あれから10数年が経過。

かなり使い込んで愛着もあるが、見た目にも古くなったかなと思っていた矢先のプレゼント。

ケン坊の欲しかったモノが見透かされているようで、何だか怖い気がするが嬉しいですね。

山以外の散歩(自転車を含め)に最適かも...水もチャック開けずに取れるしね。

今週から早速使わせていただきます。ありがとさんです...


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久し振りに”オリオン通り”に出かけた。前回は何時だったろう? 完全に忘れてます...

車を東武デパートに駐車したので、駐車料金の代わりに”スイーツ”を購入。

ブログは薬にもなりますが、使い方を間違うと”毒”にも...。身体にも財布にも>笑<

Patisserie KIHACHI ”キハチ トライフル ロールケーキ”...
(ハンターさん、早速買ってきましたよ。魔女と魔女っ子のためにね。)

女性が群がるのは止むを得ませんね。
ケン坊?...いや、ぜ~んぶ我が家の女性陣のお腹に納まりました
ケン坊は”お金を払う人”です。アハハハ

”フルーツ”をたっぷり包み込んだ”フルーツトライフルロール”
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季節のフルーツ”マンゴウ”をあしらった”季節トライフルロール”を裏側から
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そして真岡まで足を延ばしてみました。そう、井頭公園の花菖蒲の咲き具合を偵察です。

残念ながら、今年は手入れが全く行き届いていません。震災の影響でしょうか、人手不足
だったのかも知れません。それでも健気に咲いていてくれた花を掲載します。

多くのブログで花菖蒲が花盛りですが、気持ちだけ参加させていただきます。

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被災地でのボランティア活動の代わりにできること...
2011-06-18-Sat  CATEGORY: 東日本大震災
【せめて、被災地の役にたつような行動を...自己満足かも知れませんが。】6/17

ちゃりんこTシャツ...(自転車とTシャツ)

  それは チャリティーTシャツ(ちゃりT)


”ちゃりT被災地支援を”の合言葉で

宇都宮ブリッツェン県デザイン教会合体


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そうなんです。今日はオリオンスクエアで”ちゃりT”で被災地支援のためのイベントが...

宇都宮ブリッツェンとは、県内の4つ目のプロチーム”自転車のプロレーシングチーム”です。
そのブリッツェンとDATが共同で被災地支援Tシャツ”ちゃりT”を作り販売を開始。
(DAT:Design Association in Tochigi)

1枚2000円。半分の1000円が被災地への支援に...

インターネットのオンラインショップ”楽天市場”で発売されることになりました。

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今回、ブリッツェンの広瀬主将が、異業種の連携で被災者支援が出来ないかと、持ちかけた
のがキッカケとなり、DATと連携してTシャツ販売の企画が...

DATのメンバーが、Tシャツの胸の部分に、自転車や環境、自然などをモチーフにした
イラストや写真をデザイン。全部で30種類のTシャツが出来上がりました。

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そして、ケン坊も協力です。”ちゃりTシャツ”を2枚購入...2千円の支援金に!
ケン坊と魔女でペアルックではありませんが、気持ちだけペアルック...>笑<

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震災が発生した直後3月17日に発足したという”震災支援隊とちぎ”は、
既に何回も被災地に物資や飲食料の提供、そして炊き出しなどの支援をしています。

↓ 写真は、被災地支援の一部ですが、3月から月3回位のペースで被災地で救援活動して
  いるようです。本当に頭が下がります。(今回は活動の報告も兼ねているようです)

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今日は、その炊き出しのメニューをそのままイベントで再現。義援金を募金した方に提供
してました。

ケン坊も協力です。少しだけですが募金箱に入れさせていただきました。
まだ12時前なのと、小雨で平日という悪条件で人出は少ないですが(午後には混む?)。

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↓ コレが、被災地で炊き出ししているメニュー”マグロのステーキ丼”です。
  特大マグロステーキとから揚げ、炒めた野菜。ライスはボリューム満点で...。

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最後にもうひとつの協力。それは茨城産のアンデスメロンを購入すること。旭村は隣町の
鉾田と並んでメロンの産地として有名です。
(これまでも毎年鉾田のメロンを購入していたが、今回は初めて旭村産にしました)

被災地の野菜・果物を買うことで少しは協力した気分に...。
ボランティア活動への参加が難しいので、それに代わる協力には今後も参加したいです。

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真岡駅・真岡線”撮り駅”の旅
2011-06-17-Fri  CATEGORY: 撮り駅(真岡線)
【栃木県内3番目の駅は”真岡駅”です。県内の真岡線では一番の街です】5/27、6/5


          真岡線の17駅をぜ~んぶ見(魅)せます

 今回は”真岡駅”と周辺について紹介します

*6/5、SLをキャッチ。(№4:また大きくなりました)
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先ずは駅の位置確認です...
【茨城県側】
①下館~~ ②下館二高前~~ ③折本~~ ひぐち
【栃木県側】
⑤久下田~~ ⑥寺内~~ ⑦真岡~~ ⑧北真岡~~ 
⑨西田井~~ ⑩北山~~ ⑪益子~~ ⑫七井~~ 
⑬多田羅~~ ⑭市塙~~ ⑮笹原田~~ ⑯天矢場~~ ⑰茂木


     真岡線の中心となる駅が”真岡駅”です。

真岡駅や周辺の光景は、これまでも何回かケン坊のブログに登場しているので、いま改まって
多くを語る必要はないが...。 SLをモチーフにした駅舎がポイントですね。
撮り駅としては”絵”になる駅舎の代表です。

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さて、周辺の紹介ですが、駅から少し離れているが”真岡井頭公園”は外せません。

公園は四季折々に姿を変えて来園者の目を楽しませてくれます。梅や桃の花、もちろん桜も、
その後もバラ園、牡丹園、あやめ園...と次々と見せ場を作ってくれます。

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公園の一角にある”一万人プール”も周知の施設です。
残念ながら震災の影響で、今年の営業は中止と決まったようですが...

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井頭公園に隣接する”真岡井頭温泉”も、温泉人気にあやかって常に満車状態です。
公園に駐車する姿も多く見かける。隣接して、宿泊施設”チャット”もあります。

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駅近くの繁華街を流れる行屋川を中心とした”城山公園&水辺公園”も目玉。
春の一万本桜祭りや、夏の灯篭流しなどは多くの見物人が押し寄せます。

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そして、歴史あるお寺も(ケン坊の知らないだけで)数多くありますが、昨年のイベントで
たまたま訪れたお寺に”長蓮寺”があります。
(長蓮寺については、後日の報告を予定したいと思ってますが...)

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歴史ある建物で景観も素晴らしい【岡部記念館金鈴荘】少しだけ紹介します。

【金鈴荘概要】ネットから
江戸時代末期から真岡もめん問屋として栄えた、岡部呉服店の2代目岡部久四郎氏が、江戸
時代初期に10年の歳月を費やした建物です。

土蔵2階建て、寄棟、瓦葺きで外壁は海鼠壁が建物全体を覆い、当時は高価で格式が高いと
された黒漆喰で仕上げられています。

外観は重厚な印象を受けますが、内部は派手さもなく落ち着いた繊細な空間で、紫檀、黒檀、
鉄刀木の唐木など当時はなかなか手に入りにくい高級な材料を適材に使用し廊下の梁などは
長い1本ものを使用しています。

回遊式の日本庭園1,600㎡を備え、池を中心に周囲を地元産の磯山石(現在は生産終了)
使用した石塀をめぐらしています。

銀杏の大木と松、梅、紅葉などが植栽され、小鳥の囀りが聞こえる静かな所で、岡部呉服店
の迎賓館としての格式をもっています。

真岡市近世百年の歴史・文化遺産として後世に引き継ぐため、岡部記念館「金鈴荘」として
保存しています。栃木県指定重要文化財に指定されています。


画像 700

門の外から見える”庭園の紅葉”もなかなか良いですよ。

画像 793

真岡市物産会館の東側(裏側)に新築されたのが”真岡木綿会館”ですが、写真では
左手の白い建物です。
糸紡ぎや生産工程が見学できるほか、機織り、染色体験ができるようです(見学は無料ですが
体験は有料)。

画像 792

何かイベントをやっているようでしたが...受付を無視して中に入ってみました。

画像 698

中を覗くと”お茶会”が行われていました。(知ってて入ったんですが>笑<)
ケン坊の山行きスタイルでは、ちょっと違和感が和室に漂いそうな雰囲気なので、早々に
退散してしまいました。

画像 705

”真岡市物産会館”は金鈴荘(岡部記念館)と隣接して、地元真岡の特産品を販売
しています。

伝統工芸品として復活した「真岡木綿」の製品の展示販売も行っています。また観光案内も
行っています。

震災で崩れてしまったのだろうか? 車窓からなので良くは見えなかったが、見るも無残な
姿になって...間違いないと思います。ケン坊にとって今となっては貴重な写真です。

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*写真には、一部、拡大しないものもあります。ご容赦の程を。
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飛び込みの”赤坂の森”でランチ...(in旧茂木町)
2011-06-16-Thu  CATEGORY: グルメ(定食&丼物)
【ローカル線・撮り駅のお陰でいろんな場所を発見しますが...】5/27


飛び込みの”キッチン&ティー 赤坂の森”


連日、茂木方面の”撮り駅”に絡んだネタで申し訳ないですが...

狭い踏切を渡って、ローカル線の名にピッタリの駅を撮って...さて、同じ道を戻るのも
脳が無いので、違うルートでR123に戻ろうとしたら”赤坂の森”の看板が目に入る

画像 965

”赤坂の森”? どこかで聞いたことの有るネーミング...そうだ! ハンターさんだ。
時計を見たら12時ジャスト。今日のお昼はここで決まり~

でも花屋の幟が立っているが? あぁ~ やっと飲み込めた、レストランと花屋が合体だ?

画像 964

店内は田舎にしては(失礼!)意外に小奇麗になっています。客も2~3組くらいです...
一番奥の窓側にひとり佇んでみる。

画像 952

えぇ~と、ハンターさんはココで何を食べたんだろう? 突然のことで思い出せない。
何が美味しかったかが、どうしても思い出せない...えぇ~い何でも良いや。

メニューをさぁ~と見ながら、冒険を避けて”カツ重定食”に決めた。
茶碗蒸し・汁・漬物・ドリンクが付いて1000円は手頃かな? 後は味がどうかが問題だが。

画像 950

しばし店内や窓外の景色に見惚れていたら...2~3組入ってきて、何となくランチタイム
らしくなってきた。

ケン坊に近づく足音...やっぱりケン坊の番だ。いよいよカツ重定食がテーブルに並んだ。
見た目のカツ重がとっても美味しそう!

画像 958

先ずはお重の隅から箸を入れて、卵や玉葱にカツを包んだ衣を絡めて挟んでパクリ...
なかなか良い味してるじゃん。ご飯にも汁が適当に沁みていて味は美味しい!

続いてカツをパクリ...カツの厚みも満足です。う? 少し”カツにコシ”がある感じ。
分厚いせいかな? 少し噛み応えがあるもののケン坊好みの味付けがカバーしてくれる?

でもやっぱり固いかな? もう少し軟らかいカツの方が美味しいんじゃないのか~  
(今回は、味付けが”まあまあ”だから許しちゃうが)

画像 959

食べ終わって思い出した。そうだ、ハンターさんは生姜焼きか何かが固くて失敗した店だ~
そうか、それでカツも固かったんだ。

ここに寄ると判っていたら、事前にブログを見とけば良かったのに~ 後の祭りですが。
アイスコーヒー飲んで”ひとり反省会”です。

でも、2~3歩で忘れちゃうんです。もう痛い目に何度もあっているのに...

画像 963
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”菓子処 いい村”の「羽二重苺と鯉もなか」(in茂木)
2011-06-15-Wed  CATEGORY: グルメ(その他何でも)
【茂木からの帰り道に寄ったのは、ハンターさんがお薦めのスイーツ”いい村”です】5/27

  菓子処 ”いい村” の

      羽二重苺
(茂木産)と鯉もなか(茂木名物)


撮り駅で茂木に行った帰り、今度は道を間違わないようにと交差転を確認して益子方面へ。
(以前、一本手前で曲がったため寄り道できず、ハンターさんに先越されちゃった>笑<)

看板見っけ  ココだ ↓ 車の中からフロント越しに撮ったので...
画像 994

看板にしたがって道を進むと、まさかの林道の中に幟が賑やかに...白夜の城が出現です。
驚き・モモの木・サンシュの木です。

こんな山中に店があるとは到底思えないような場所に”菓子処いい村”があるんです。
県内はもちろんのこと、他県からも愛されているお菓子屋さんだという。

茂木名物の”鯉もなか”? あまり聞いたことがないな~
多分、魔女達には喜ばれないだろうな~と思い、それでも3個ゲットする予定。

画像 1007

おぉ~ 羽二重苺はネーミングからして美味しそうな軟らかそうな響き...
コチラは、最近、メタボ対策中の魔女も”別腹”もんでしょうね。同じく3個ゲットしよう。

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でぇ~ お店はどんなんかな~
おぉ~ 山の中のお店とは思えないくらい良い感じじゃん。

画像 1003

ドタドタ...一気に、店内を見たくなりドアを開けて入りました。ゴメン! 自動扉でした。
いや~店内も明るく、ショーケース内には美味しそうなスィーツがズラリ並んでます。
でも”羽二重苺”は売れてしまって、いまはケン坊が狙った3個だけでした。

とても山の中のお店とは思えない。改めて店の外を覗いてみちゃいました。やはり山の中!

他県からのお客も多いとか...この日も、午後3時ちかかったので、ケースの中は少し
少なめって感じ。でも店の奥ではご主人が一生懸命に作ってます。

画像 1005



【羽二重苺】

大福のような白い皮の中には、苺が丸ごと一個と餡子に生クリームが入っています。
見た目、これは普通の大福じゃ無いかも。

茂木産とちおとめ・生クリーム・自家製粒あんを包み込んだ羽二重餅。普通の大福の皮は、
もちもちっとした食感があって、いわゆる”もち肌”が売りですが...

羽二重は皮であって皮ではない。苺、餡子、生クリームをしっかりと包みながらも、すごく
繊細で手で持っただけで”とろ~り”...指先に纏わる感じがします。

もちろん口に入れたときの食感。あぁ~一度食べてみてください。
くどいようですが、苺は地元産の「とちおとめ」を使用していて期間限定販売です。

そぉ~っと切ったつもりですが、皮が柔らかすぎて崩れてしまいました...残念です!

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【鯉もなか】

正直言って、他の観光地にある”もなか”とどこが違うかな~って感じです。
茂木名産の柚子を使った”柚子あん”と”つぶあん”の2種。

でも鯉の形した最中ですが、いまにも泳ぎだそうとする雰囲気を持った最中の皮ですよ。
結構リアルな鯉を模したもなかです。

ケン坊は写真とは違う”柚子あん”が好きですね。柚子あんが隅々まで詰め込まれている。
もちろん一口囓れば柚子の風味が口の中いっぱいに広がり、ちょっとだけ柚子の苦みが
残ったような感じのする餡子が美味い。

画像 001

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寺内駅・真岡線”撮り駅”の旅
2011-06-14-Tue  CATEGORY: 撮り駅(真岡線)
【真岡線の撮り駅 5回目は”寺内駅”です。変な駅舎... こんなのアリ?】5/15、6/5

          真岡線の17駅をぜ~んぶ見(魅)せます

 今回は”寺内駅”と周辺について紹介します

*6/5、SLをキャッチ。遠方から見るSL(№3:少し大きくなりました)
画像 389


先ずは駅の位置確認です...
【茨城県側】
①下館~~ ②下館二高前~~ ③折本~~ ひぐち
【栃木県側】
⑤久下田~~ ⑥寺内~~ ⑦真岡~~ ⑧北真岡~~ 
⑨西田井~~ ⑩北山~~ ⑪益子~~ ⑫七井~~ 
⑬多田羅~~ ⑭市塙~~ ⑮笹原田~~ ⑯天矢場~~ ⑰茂木


と言っても、何があるかな~と思い考えながら久下田駅から北上。途中でR294に別れを
告げて左折し、やや狭い駅前通りを走ると駅舎がお出迎えしてくれました。

ローカル線では一般的な駅舎ですね。

画像 649

あれ~ 駅舎の半分が黄色いテントが...何だろう???
テントに文字が... ”中華そば 太” 何という光景なんだろう...

同じ建物なのに駅舎なのに? 中華そば屋が駅舎で営業するるなんて聞いたことがない。
いっくらローカル線と言っても、これはいささかやり過ぎではないのか?

画像 657

ちょっと調べたら...
旧・日本国有鉄道(国鉄)時代から、駅舎の南側半分に乗車券の委託販売を兼ねた焼き鳥店が
入居していたが閉店したらしいとあった。

その後(間も含めて)については不明だが、いまの”中華そば 太”に引き継がれたのかも?

営業維持間が”夜9:00~12:00”だったかな? さっきまで覚えていたのに...
ダメだ。思い出せない! 変な時間帯での営業だと思いませんか? まさに珍百景です。

画像 652

無人駅ですから、ホームへの出入りも自由自在です。カンカンカン!!!
思わずホームに入るとワンマンバス?が滑り込んできました。

ここで親子2人下車。子どもを電車を載せるために2~3駅手前から乗ってきた様子です。
このあと、奥さんが車で駅に到着し、子どもに”楽しかった~”と聞いてましたから...

何とも和やかな光景を見させていただきました。
まだ乗客も数人乗ってます。運転席の隣には子どもが2人くらい立ってます。(左側の窓)

画像 359

そしてホームの内外には花壇が作られ、花も綺麗に咲いていました。
ゼニアオイもたくさん植えられていました。

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この季節になりました。 ビヨウヤナギです。繊細なシベが見事な花ですね...

画像 645


周辺の紹介ですが...何か隠れた場所があるかな~と地図を見ると、以前から気になってた
”中村八幡宮”の文字を見つけました。駅から2~3㌔でしょうか。

”中村八幡宮”、20数年前に社員の仲人をした時の、奥さんの実家が八幡宮の近く
だったが、その時に親御さんから「由緒ある所なんですよ」と聞いたことがあった。

画像 381

画像 376

今では”流鏑馬”も行われるという中村八幡宮。詳細は後日掲載します。
思いがけない発見がありました。八幡宮にきて良かった~
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八方ヶ原のシロヤシオ(ゴヨウツツジ)は最高(in剣が峰~大入道)
2011-06-13-Mon  CATEGORY: 花紀行(ツツジ・ヤシオの名所)
【シロヤシオは派手さがないので、写真でその素晴らしさを伝えるのが難しいです】6/10


この青空の下での素晴らしい眺め!  

   高原山とシロヤシオのコラボを堪能!

       栃木ケン民の自慢できる場所のひとつ



ルート確認!
小間々駐車場~大間々駐車場~八海山~剣が峰~大入道~小間々駐車場


街中の喧騒した状況から一変して、静かな山歩きをしながら”シロヤシオ”を観賞しようと
高原山にきた”筈”だったが...

しかし待っていたのは、せわしい鳴き声とやかましいくらいの大合唱をする”ハルゼミ”の
お出迎えでした。姿そのものは”ひぐらしセミ”に似ています...

大間々駐車場から10分もしないで、いよいよ”見晴らしコース”に分け入ります。

画像 437

見晴らしコースに入り、少し登りになってきました。湿度が高く汗が早くも噴出してきた。
魔女が珍しく、水を飲み始め休憩を求めるような仕草を見せる...キツイね~と。

でも、何とか尾根にでたらこの景色...疲れが吹き飛んじゃう。釈迦ガ岳(総称:高原山)
この後、何回も見られる光景だが、最初のこの感激は印象に残るんですよね。

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こちらのシロヤシオは、葉のまわりの茶の縁取りの関係か、何となく葉が茶っぽく見える。
ここもいいですね~。青空に感謝しなくちゃね。

駐車場の混み具合からすると入山者は少ない。多分、レンゲツツジ撮影班が多いのかも。
立派なカメラを抱えた多くの年配者とすれ違いましたから...

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そしてトウゴクミツバツツジも顔を見せてくれました。”ありがとう” 良い眺めに感謝。

画像 453

素晴らしい眺めを写真に撮ったり...大間々駐車場から約1時間で”八海山神社”到着です。
八海山は標高1590㍍。ここ八海神社は山頂手前にあり1539㍍の位置。

八海神社の小さな祠とケルンの積まれたココは、見晴らしコースだけあって最高です!
ここで”見晴らしコース”は”林間コース”にバトンタッチして駐車場へ...
(勿論、往路を戻っても良いんです)

画像 456

オレンジなどで鋭気を養い再びシロヤシオを求めて出発。しばし雑木林に入るものの、花は
絶え間なく続きます。

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八海山頂付近で魅せてくれるコラボ。でも、そろそろトウゴクミツバもピーク越えです。

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相変わらず、随所で魅せてくれる釈迦ガ岳とシロヤシオのコラボ
何となくホッとする時間。暑さに喘ぎながら歩いてきた甲斐があります。心も和みます。
ストレスも綺麗サッパリと飛んで行ってしまいます。ストレスって何?

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2~3回のアップダウンを繰り返し、意外に早く(20分弱)”剣が峰”山頂に到着です。
一応チェックポイント。山頂は少し平らな部分がありますが、眺めは良くありません。

シロヤシオもこれからが本番。剣が峰から少し下ってなだらかになった辺りから大入道まで

約2㌔?に展開される”シロヤシオ・ロード”

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どこで撮ったら良いのか迷っているうちに通り過ぎてしまいます。相当枚数を撮った...
この後もかなりの枚数を撮ることになることは想像できるが。
戻る勇気が無い分、撮り損ねたポイントは大きい(逃げられた魚は大きい)。

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やはり、シロヤシオのアップは明るいところがベターですね。
そう! 山と一緒に撮ってあげるのが一番かな~

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あっ! あれは”鶏頂山”じゃないのかな? 本日、初めて見ます...
左から ”西平岳 鶏頂山 中岳 釈迦ケ岳”(と思うが)。高原山全山が見えるポイントです。

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どこまでも延々とシロヤシオの山道は続きます。時にはトンネルを潜るような場所もあり、
そして、時には谷底に吸い込まれるようなな所も...

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ふと見ると、ヤシオの根本に”縄文ヤシオ”のプレートが...
やおら上を向いて花を見たが、素人のケン坊には全く区別がつきません。少し小振りか?

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この辺りはピークを越えたのか、下にも白い花びらが落ちてますがソレがまた綺麗です。

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ようやく大入道山頂です。三角点もありました。記念にタッチしました。
ここからは、時にグングンと傾斜のある下りを降りていきます。小間々駐車場に向けて...

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シロヤシオも大入道以降はピッタリと見られなくなってしまいました。

その代わり、目前に現れた”ヤマツツジ”。オレンジ色が新緑に鮮やかです。映えます...

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とっても素敵な雰囲気。たった今、シロヤシオを満喫していたのに、浮気心でしょうか?

もうヤマツツジに心が動かされています。”浮気”これって男の性でしょうか? 

いいえ! 女の性でもありました。魔女も完全に動揺している様子。同罪です>笑<

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こんなに登ったかな~と思うくらい下ります。大入道からの下りで5人の団体さんに水場で
追いつきました。今日に限って持参した水が1㍑と少なかったので早速補給です。

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今日の”シロヤシオ”の旅は終了です。最後にもう一度、あの景色を反芻...堪能!

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今日一日、青空をありがとう!  また来年ね~
(リンゴさん、ゴメンネ! 同じような写真が随所に...情報ありがとうございました)
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週末イブは八方ヶ原のツツジ三昧に満喫! (in矢板市)
2011-06-12-Sun  CATEGORY: 花紀行(ツツジ・ヤシオの名所)
【去年は大間々駐車場から一周したが...今回は小間々をスタート地点にしました】6/10


八方ヶ原のレンゲツツジとヤマツツジが見頃に


八方ヶ原のツツジは有名。特に大間々駐車場周辺のレンゲツツジは圧巻です。

ということで、リンゴさんの情報を参考に、今日のルートは
  小間々駐車場~大間々駐車場~八海山神社~剣が峰~大入道~小間々駐車場です。

去年は、大間々からスタートしたために、最後に小間々から大間々まで1.2㌔の登りを歩く
ことになっちゃったので、反省してスタート地点を変更した。

家を出る頃(7時)は雲ってました。途中、通り雨にも合いましたが...駐車場に着く頃には
青空に。まさかの展開にケン坊も感激!  ↓ コレ、青空の証明写真です>笑<

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小間々駐車場から大間々駐車場は1.2㌔。これから木立の中をなだらかな登りを歩きます。
この辺一帯はヤマツツジが圧巻です。

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そして15分も歩くと中間地点に着きました。この辺からヤマツツジとレンゲツツジのコラボが
展開されます。ワンマンショーならぬツーマンショーの始まりです。

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大きなヤマツツジとレンゲツツジのコラボです。同系色なので目立ちませんが...

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これは見事なレンゲツツジです。まさに今が旬です。

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レンゲツツジは蕾も多いです。コレからが旬を迎えます...オレンジ系が多いですね。
状態から判断すると、1週間から10日は充分に見られるのではないでしょうか。

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大間々駐車場近くでみた光景。これから登ろうとする大入道と登れない前黒山らしいです。

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そして、再び小間々に戻ってきました。4時間の歩きも無事に終了です。
最後の最後まで、青空が付き合ってくれました。綺麗なヤマツツジでツツジとお別れです。

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【仲間入りさせてください】

矢板塩原線の山道で見かけた”ヤマフジ”です。アチコチで見かけますが規模が違う!
あと駐車場まで15分。この段階では雲が上空を覆ってました。

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小間々駐車場で見かけた”セイヨウジュウニヒトエ”かと...

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駐車場から帰る山道でみた”オオバアサガラ”。遠くから白藤のように見えたが...

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そして、最後は花ではありませんが...

今日のコース全般(標高1400以下)で見られた”ハルゼミ”の抜け殻。

いま、ハルゼミの脱皮シーズンで、ケン坊はこの神秘的なシーンを見たかったが、残念ながら
脱皮は早朝(6時くらいまで)に終わるようです。

脱皮に2時間。時間を間違えたハルゼミが居るのではと、目を皿のようにして木の肌をみたが、
やはり出会いはありませんでした。せめて抜け殻だけでもブログに載せてみます。

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シロヤシオは次回までお待ちくださいね。
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六月に七五三の前撮り? ちょっと早過ぎないか
2011-06-11-Sat  CATEGORY: 孫たちとの日々
【早くも七五三です...】6/4

     【被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます】


  少し早いですが”七五三の前撮り”を見に行ってきた


孫の成長は早いですね~ それだけケン坊たちも歳を重ねているんですが...。歳は減る
ことはありません。増える一方です。あぁ~もう第四コーナーあたり?>笑<

11月の時点では、二男坊が5歳で孫娘が4歳となるが...。
昔流(数え年)で言えば七五三は去年ですが、今年、七五三をすることにしたらしい。

画像 253

場所柄、室内は撮影禁止なので...隠し撮りです。
隠し撮りって難しいですね~ 周囲の目を意識しながら撮る訳だから、被写体の状態を
無視して、やたらとシャッターを押したがる...なかなか上手く行きません。

二男坊も、小さな体で、何態ものポーズを取らされて、見ていて可哀そうなくらいです。
画像 236

さらに小さな孫娘も...見ていてハラハラドキドキです。
画像 242

何とか無事に撮り終えて良かった。でも、今日は写真を撮った後、撮った写真を選ぶので、
それなりに時間がかかります。

ケン坊と魔女は、親達が写真を選んでいる間、孫達を遊ばせるために呼ばれたようなもの。
お店と交渉(多分、1~2時間はかかるだろう)している間、孫3人をどこへ行こうか?

知らない埼玉の地で遊ばせる場所を探すのは厳しい! 
車を走らせていたら”久喜菖蒲公園”の看板が...一石二鳥? 案内板に従って直行。
すると大きな公園というか、池じゃない、沼でもない ”湖”?が広がってました。

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この日は、俄か天気で暑かったんです。
ジィ~っとしてても汗ばむし...木陰を探しながら遊ばせるしかありません。

でも子どもは”そんなの 関係ね~”状態で遊びまくり...全身から汗が流れてます。

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見るに見かねて、売店で”かき氷”を購入。しばし(孫達だけ)涼しさを味わせた。

画像 323

そしてケン坊は、孫達が遊んでいる近くに”タイサンボク”の花を見つけ、しっかりと1枚!

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画像 316

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2時間近く遊んだろうか...写真選びが終わった頃を見計らって自宅へ引き上げた。

そして、二男坊の誕生日が今月下旬だったので、少し早いが、前倒しで誕生祝をあげたら
喜んでくれて...包みを取るのももどかしげに、ビリビリと破いちゃった>笑<

中身は”ベイブレード・ビックバン・ペガシスDX”? 良く判らんが欲しかったらしい。

画像 329

この後、ベイブレイドに付き合わされたのは言うまでもありません。
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速報! 高原山のレンゲツツジ・シロヤシオ・ヤマツツジの開花状況
2011-06-11-Sat  CATEGORY: 花紀行(ツツジ・ヤシオの名所)
【高原山周辺のツツジたちは、いまが”我が世の春”とばかりに咲き誇っています】6/10

     【被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます】



  大間々のレンゲツツジ

        大入道のシロヤシオ

              小間々のヤマツツジ



大間々のレンゲツツジは暫く楽しめます。蕾も多いです...
画像 417

大入道のシロヤシオは週末が見頃です。散り始まっている場所も...
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小間々のヤマザクラは満開で今が旬。小間々から大間々が綺麗です~
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高原山での花三昧...詳細は後日報告します
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久下田駅・真岡線”撮り駅”の旅
2011-06-10-Fri  CATEGORY: 撮り駅(真岡線)
【真岡線の撮り駅 4回目からいよいよ栃木県入りです。先ずは”久下田駅”から】5/15

     【被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます】


   真岡線の17駅をぜ~んぶ見(魅)せます

*6/5、SLをキャッチ。遠方から見るSL(№2)
画像 388


先ずは駅の位置確認です...
【茨城県側】
①下館~~ ②下館二高前~~ ③折本~~ ④ひぐち
【栃木県側】
久下田~~ ⑥寺内~~ ⑦真岡~~ ⑧北真岡~~ 
⑨西田井~~ ⑩北山~~ ⑪益子~~ ⑫七井~~ 
⑬多田羅~~ ⑭市塙~~ ⑮笹原田~~ ⑯天矢場~~ ⑰茂木


今回から栃木県。最初の駅は”久下田駅”。そして周辺には?

”ひぐち駅”から北上し、旧R294(旧二宮市街地)を右折すると、突き当たりが駅です。
おっおぉ~ これが”久下田駅”か~。(市街地は何度も来ているが)駅は初めて見ます。

この駅は”相対式ホーム”となっていて、2面2線を有する”有人駅”です。

変わった駅舎だなと思ったら「二宮町の多目的ホール」を兼ねているとのこと。

地方の駅は、町のシンボル的な位置づけですから、駅舎が多目的ホールを兼ねるのも有り。

画像 480

そして、久下田駅前広場の片隅に”ニ宮尊徳”の像が...威風堂々と立っています。
旧二宮町(現真岡市)にとっての二宮尊徳は、まさに村の窮地を救ってくれた恩人で、地名
の由来でもあります。

画像 481

そして、市街地の店先には(街路灯だったかな)軒並み昔のイメージの金次郎が飾られて、
いかにも”金次郎の街”であることを町挙げてPRしているようです。

画像 482


【久下田駅周辺には何があるのかな?】

久下田駅の周辺には、南へ1㌔くらいの所に”道の駅 にのみや”があり、連日、
賑わっています。

画像 601

もちろん”いちご”を初め野菜が人気の中心ですが、お土産コーナーやレストランもあります。

画像 602

駅から東へ6㌔と少し離れますが、二宮神社や桜町陣屋跡”桜町史跡公園”
あり、少ない観光資源のなかの一つとして整備されています。

つい先日、陣屋跡隣の尊徳ゆかりの”報徳田”で”田植え”が行われてました。シャッター
チャンスを逃してしまいました。事前に知っていればね~...

↓ 神社に隣接する二宮尊徳資料館です。(二宮神社と桜町陣屋跡は後日掲載します)
画像 488

二宮神社に向う途中に、ぽつんと門だけ目立つ光景が...思わず車を停めてみれば?

長栄寺というお寺の”桜門”だけが残っていました。
歴史的な建造物です。案内板がありましたので、ソックリ ↓ 転記してみました。

長栄寺は、嘉承(かしょう)3年(850年)慈覚大師により創建されたと伝えられています。
武将名門の信仰篤く、藤原秀郷も平将門征討の折りに武運先勝を祈ったとされ、以来、
祈願所として伝わります。

その後、久下田城主水谷(みずのや)蟠龍粛正村(ばんりゅうさいまさむら)が、当寺の
観音を信仰し、孫の水谷伊勢守勝隆(みずのやいせのかみかつたか)寛永9年(1632年)に
観音堂、大日堂、本堂、庫裏を再建しました。現在では楼門のみが残っています。


焼失しちゃったのかな? その辺の説明がないのが残念です
画像 483

もうひとつ、二宮神社の南東2~3㌔先に専修寺があるというので”車”を伸ばしました。
今回は入口と拝殿だけ掲載し、詳細は後日の報告とします(文章が難しそうだなぁ~)

画像 623

画像 644

どうしても、地図を頼りに行動すると、寺社仏閣や遺跡などが中心になってしまいます。
以外にも、たくさんの見所があるとは思いますが...そう、久下田城址もありましたが、
パスしちゃいました。

旧二宮町は、どこへ行っても”二宮尊徳”におんぶに抱っこといったイメージでした。
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道の駅 しもつけの”なだれイクラ丼”(in下野市)
2011-06-09-Thu  CATEGORY: グルメ(定食&丼物)
【期待し過ぎ分だけ残念さは残りましたが、冷静に考えればこんなもんでしょうね】5/20

     【被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます】


      山盛りイクラ(通称:なだれイクラ丼?)


3月のオープン時に見た道の駅の中にあるレストラン「源天」の看板...”山もり”とか
”こぼれる”とかの表現が気になって、4回目となるこの日は思い切って入ってみた。

相変わらず、”○○食限定”とか”地域限定”という「限定」の表現に弱いケン坊ですが、

画像 658

注文するのは決まってます。名前書いて6番目...20分待ちました。案内された場所は
カウンター席。食べられればどこでも文句は言いません。

カウンター席といっても向かい合い形式のカウンターですが、和紙で仕切られています...
天井が高く、広々とした感じです。天井から円筒が下がってるのは、和紙で作られた電燈。

画像 662

ケン坊が注文の”山盛りイクラ(なだれイクラ丼)”は...予想とは全く違った
姿で登場しました。あっ気に取られ、写真が思うように撮れませんでした。

ご飯の入った桶が出てきました。 ん? いくらが載ってないじゃん! と思ったら...

画像 664

”イクラ”は別の器に入ってました。見た目だけですが量が少ないんじゃないの?

しかも使い古したアルミのような容器...写真を見てビックリ! 何なんだろう...
(量に目がいってて気付かなかった? 写真の悪戯? 光と影の関係? 単なる模様?)

え~ イクラはたったコレだけ? こぼれるイクラを期待していただけに...ガッカリ~。
これって、どこから”こぼれる”の? どこが”山盛り”なの? 看板に偽りありか?

画像 665

気を取り直して、イクラをご飯にかけました。おぉ~何とか様になってきました...。
わさびを醤油で溶いて箸伝いにかけ...雰囲気が良くなってきました。

未だ”こぼれ”ません...が、多分にケン坊の”過剰の思い込み”だったようです。
桶なので、零れる筈がありません。完全にケン坊の負け!

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木のへらで食べ始めました。すると、おぉ~「木のスプーン」からイクラが零れます... 
イクラこぼれ丼とは”スプーンから零れる丼”のことだった? 思わず笑っちゃいました。

最初は量的にやや不満はあったものの、美味しさは思った以上のものでした。
すごくプチプチしていて口の中ではじけます。まぁ~ こんなもんでしょうね。満足です!

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因みに、魔女が注文したのは”天然まぐろ漬け丼”です。こちらは量的にも満足です。
見た目も実際の味も美味しかった~。

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まぁ~ 過剰なケン坊の思い込みを修正し、味だけで公平に評価をするならば”良”です。
ランチなので値段が1480円というのは少し高い。1200円だったら満足!
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那須の秘湯! 昭和天皇も行かれた”北温泉”とは
2011-06-08-Wed  CATEGORY: 那須塩原・鬼怒川・川俣
【”駒止の滝”を見たついでに、数分だけ足を延ばしたら”北温泉”に着いちゃった】6/3

     【被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます】



     那須の秘湯 ”北の湯(北温泉)”を覗いてみた


観漠台の駐車場から山道へ入るところに、こんな ↓ 変わったボックスが...。見ると
”北温泉旅館に御用ある方は電話をしてください”的なことが書いてある。

内緒でボックスの扉を開けると”受話器”がありました。ホットラインのようです。

画像 146

「平成の森」を散策、観漠台の駐車場から山道を下ること数分で、”秘湯”と呼ぶに相応
しい北温泉旅館
の建物が見えてきました。

【北温泉旅館】:名物「天狗の湯」とプールのような「大露天風呂」が有名?
1200年ほど前に天狗が発見したという云われる北温泉。その他にもさまざまな歴史や
伝説の残る温泉である。


画像 127

辺りの様子を覗いながら、そろりそろりと旅館に近づいてみました。山道から見えた建物の
入口部分のようです。イヤ~良い雰囲気ですね~。

北温泉の案内板も良いですが、樹林に覆われた場所にヒッソリと佇む旅館がケン坊の興味を
そそります。

画像 129

ふと、横を見るとプールがありました。うむ! 露店風呂か? 手を入れてみると温泉!

天狗の湯と並んで北温泉のシンボルで、通称「温泉プール」と呼ばれる大露天風呂でした
(大きさは15mX10mだそうで、北温泉の名物のひとつだそうです)

こちらは混浴可だそうですが、残念ながら「水着可」なので現実には期待外れかも>笑<

この脇を通り抜けると”中の大倉尾根”を経由して”三本槍岳”への登山ルートなので、
ここで前泊する人や下山後に入浴する人もいるらしい。

画像 131

そろりと旅館の引き戸を開けて足を踏み入れると...床、壁、箪笥などの黒びかりした
調度品が目につくが、節電のため? 目が慣れないため? うす暗く感じる。

良く見ると先客がソファに座っていたが日帰り入浴の客らしい。目が慣れて徐々に中が
見えてきた。何となく雑然としているが、それがひとつの売りなのかも?

画像 137

壁には昭和天皇の写真が飾られていた。御用邸を散策ついでに”北温泉旅館”に来たのかも
知れない。入浴したかどうかは不明ですが。

画像 140

これ、大露天風呂のそばに咲いていた白い花。”オオアマナ”で良いのかな~

画像 135

そして、どこかで見かけた”斑のある植物”。名前が思い出せません。

6/8:判明です  ”ミズヒキ”です(長さんありがとうございます)

画像 143

風情のある温泉宿のようで、一度は入ってみたいような気もするが...

宅急便のお兄さんが、大きな荷物を持って...坂ですれ違いましたが、山奥に配達とは
商売とはいえ大変ですね。

次回、温泉に入るようなことがあったら、詳細な報告が出来るように写真を撮ってきますね。
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ひぐち駅・真岡線”撮り駅”の旅シリーズ
2011-06-07-Tue  CATEGORY: 撮り駅(真岡線)
【真岡線の撮り駅 3回目は~筑西市の”ひぐち駅”です...】5/15

     【被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます】


  真岡線の17駅をぜ~んぶ見(魅)せます

*6/5、SLをキャッチ。先ずは遠方から見るSL(№1)
画像 387


先ずは駅の位置確認です...
【茨城県側】
①下館~~ ②下館二高前~~ ③折本~~ ④ひぐち
【栃木県側】
⑤久下田~~ ⑥寺内~~ ⑦真岡~~ ⑧北真岡~~ 
⑨西田井~~ ⑩北山~~ ⑪益子~~ ⑫七井~~ 
⑬多田羅~~ ⑭市塙~~ ⑮笹原田~~ ⑯天矢場~~ ⑰茂木


     今回は”ひぐち駅”と”樋口雷神社”を紹介します。

折本駅前のR294を北上。途中にY字路がありますが右の旧道294へ入ります。
3㌔も走ると”ひぐち駅”に到着。この駅だけが”ひらがな”表示です。

ひぐち駅も駅舎はありません。逆L型(雨宿り的な)施設と椅子が10個あるホーム...
普通の雨ならしのげますが...(下館二高前駅と同じです)

画像 477

この駅は前の2駅と違って、結構広い駐輪場があります。周囲見ても人家は然程多くはあり
ませんが、近くに大きな会社があるのかな?

画像 478

そして、駅を後にして旧R294を北上すること数百㍍のところに、大きな鳥居がありました。
走りながら見ると”樋口雷神社”と彫ってあり「参道」とも書いてありました。

もちろんUターンです。でも道幅が狭く1台がやっと...対向車が来ないことを祈って?
真岡線を横切るとY字路です。瞬間的に道幅が若干広い右手にハンドルを切ったが...

これが失敗! 行けど行けど神社は出てきません。もちろんUターンできる場所も無しです。
結局、ひぐち駅よりも数百㍍も戻ってしまった...(今日は神社を諦めました)

画像 479


そして6月5日、仕切り直して(ネットで事前確認をして)挑戦してみました。ひぐち駅と
いうよりも、栃木県の久下田駅のほうが近いです。

判り辛いものの何とか到着です。見た感じ、歴史ある神社のようです。誰も居ませんが...

画像 350

しかし、歴史ある”樋口雷神社”でしたが震災の餌食となっていました。二の鳥居が壊され
てました。横たわる石が見当たりません...鳥居じゃなくなっています。

画像 352

社殿・本殿のある場所は一段と高くなっていますが、その境内も石もろとも総崩れ状態です。
拝殿や本殿の中も完全にやられてます。

画像 358

そして左手に”坂東神(と読める)”が...神楽殿とは違うようですが?

画像 355

本殿の左手奥に、事前情報にあった”芭蕉の句碑”らしきものがありました。
残念ながら句(文字)は読めません...

八乙女盤田耳唄婦奈梨夏神楽(八乙女は田に唄ふなり夏神楽)

そう書かれているらしい。しかし、この句は芭蕉の句として伝わっていないとのこと。

画像 356


【雷神社とは】ネットから

樋口雷神社として知られる。1087(寛治元)年、源義家が後3年の役で勝利し、帰陣の途中、
この地で休憩し、一宇を建立し、戦勝の報賽を行ったのがはじめりという。

本殿は1776(安永5)年の再建。拝殿は1779(安永8)年の建立。幣殿は1689(元禄2)年、
拝殿として建立され、新しい拝殿の建立とともに、幣殿に改築された。

旧暦3月16日に行われる湯立祭は、1691(元禄4)年から続いており、湯立てにより、
その年の吉凶を占う神事。



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新名所! 那須平成の森がオープン(in那須町)
2011-06-06-Mon  CATEGORY: 公園・その他の公園
【”八幡のツツジ”を寄り道にした理由は...那須平成の森がオープンしたんです】6/3

     【被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます】


旧那須御用邸用地”那須平成の森”がオープンしました
                     (平成23年5月22日)

ヤマツツジの群生地として有名な”八幡ツツジ”を、前座または露払い(ケン坊は寄り道)に
追いやった場所とは?  そうなんです。那須平成の森だったんです。

画像 117


【概要】地元紙から抜粋

那須御用邸用地約1200㌶の半分が宮内庁から環境省に移管され、那須平成の森が誕生。

「豊な自然を維持しつつ、国民が自然と直接触れ合える場を設けては?」という、天皇陛下
のお考えに基づいて実現した。

「ふれあいの森」と「学びの森」の2ゾーンに分かれ、ふれあいの森は一般に開放されるが、
学びの森は制限的に利用(予約制ガイドウォークのためのエリア)する。

この2つのゾーンのほぼ中間に「フィールドセンター」が設けてあり、ここを起点に利用
することになる。


駐車場から少し入ると”フィールドセンター”が見えてきました。
もちろん、ケン坊たちは”ふれあいの森”を散策です。

画像 119

フィールドセンター周辺は、ウォーキングコースを新たに作ったようで、コース脇には藁で
編んだムシロが敷いてあります。数種類のツツジも植え込んであるようです。

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いかにもオープン間もないというイメージが...少し興ざめですが、この時期に来た自分を
責めるしかありません。2~3年後は良いかも知れませんね。

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フィールドセンターから200㍍も歩くと分岐点。コレまで”幻”と言われた「駒止の滝」
向います。センターから滝までは標高差110㍍で片道3~40分で行くことが出来ます

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新緑が素晴らしいです。多分、紅葉も期待できそうですね。
(車で観漠台までいけるようになっているそうです)

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途中、あずまやが2ヶ所あります。自然の森の中でお弁当を食べるのも良いかも...

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オープン後間もないことと天気に恵まれたこと、そして八幡ツツジを見た観光客が、コチラに
流れて込んでいるようで、コース上はアチコチで挨拶が交わされています。

花は端境期? ヤマツツジやチゴユリが時おり目を楽しませてくれますが、もう少し期待して
いただけにチョッピリ残念です。

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そして、35分も歩くと、観漠台に設けられた駐車場に到着です。こちらも満車です。

コレまで”幻の滝”と言われていた”駒止の滝”が見えてきた。

画像 147

(今までは、水が滝壺に落ちる音は聞こえたものの姿は見せなかった)
おぉ~ 素晴らしい滝です。少し離れていますが...
まさに、エメラルドグリーンの滝壺が見えます。写真では判り辛いかも知れませんが...

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駒止の滝の観漠台から少し下りになっているが、このまま数百㍍進むと北温泉に着きます。

この”北温泉”は後日のブログで報告します。

北温泉...秘境ですか? 遠目で見る温泉風景は「湯治場」のような感じがしますが。

画像 127
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