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ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
22日は二十四節気は”冬至”です。カボチャです。
2010-12-22-Wed  CATEGORY: イベント(習慣の風景)
【一年で一番日照時間が短いと言われてます。でも日没は着実に遅くなっています。】12/22


   冬至は日の出が一番遅く日の入りが一番早い日か?


冬至は、昼間の時間が一年で一番短い日と子供の頃に教わった。
その延長で考えると”日の出が遅く、日の入りが早い”と勘違いしている人が多いのでは?

実は、今年の日の出が一番遅いのは23年1月10日頃です。そして、一番早い日の入りは
22年12月6日頃
だ。

そう、今日の冬至は、日没はピークより1分程度遅くなっています。そして日の出の時刻は
まだまだ遅くなっています。


さて、冬至というと、”柚子湯”と”カボチャ”がヒーローの如く食卓にお風呂に出没する。

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◆ゆず湯


ゆず湯に入ると肌がスベスベになる美肌効果があったり、冷え性やリュウマチにも効くし、
体が温まってカゼをひかないとも言われています。

こういう尤もらしい優等生の話はさておいて、


何故、冬至に風呂なのでしょうか? 
この答えは「とうじ」という言葉にあるのです。

冬至の読みは「とうじ」。というわけで、湯につかって病を治す「湯治(とうじ)」にかけてます。
更に「柚(ゆず)」も、「融通(ゆうずう)が利(き)きますように」という、願いが込められている。

5月5日に「菖蒲(しょうぶ)湯」に入るのも、「(我が子が)勝負強くなりますように!」という、
ゆず湯と同じ「願かけ」なのです。

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◆かぼちゃ
(ネットから)

現在は野菜が季節に関係なく供給されていますが、西洋野菜が日本に入るまで、この時期に
取れる野菜は少なく、保存できる野菜も少なかったのです。

かぼちゃは保存がきき、保存中の栄養素の損失が他の野菜に比べて少ない。そのため、冬至
の時期の貴重な栄養源でもありました。

日本かぼちゃは、16世紀中頃ポルトガル船によってカンボジアからもたらされ「かぼちゃ」
の名は、このときの伝来先に由来しています。

江戸時代に普及しましたが、江戸時代中期から風邪や中風の予防に、かぼちゃを冬至に食べ
る風習が根付いたといわれています。

これは、当時、冬場に野菜がとぎれてビタミン類が不足することからで、日本かぼちゃしか
ない時代に始められた風習です。

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”最後の忠臣蔵”と”武士の家計簿”の2本立て(inMOVIX宇都宮)
2010-12-22-Wed  CATEGORY: シネマ観賞
【ケン坊のお望みの展開となった”最後の忠臣蔵” 天気が良いのに映画三昧です】12/19

討ち入りとは違った”もう一つの忠臣蔵”に感動

時代劇の好きなケン坊。忠臣蔵もこれまで数十回(テレビや映画)も見てきたが、普通は
討ち入りの原因となった背景から討ち入りまでの映画が大半。

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そのうち3~4本はその後の切腹のシーンまでを描いている。更に1~2本はストーリーの
部分を極力薄め、裏方で画策する人たちの葛藤を前面に取り上げていた。

今回のタイトルに”最後の忠臣蔵”とあり、何が最後なのかと気になっていたが...予告
などのキャッチコピーに「誰も知らない二人の生き残り」という文字が。

コレだ! ケン坊が見たい映画・ストーリーなっているかも知れない。つまり、討ち入り後
の「浪士」の生き様を映画化したものらしい。

これを見逃す訳には行かないぞと「封切」を待った。今は「封切」とは言わないんですかね。
”公開”と言うのかな? >アハハハ<

討ち入りから16年、それぞれの“使命”を背負った二人の赤穂浪士が再会する物語です。


【寺坂吉右衛門】佐藤浩市
 :寺坂吉右衛門が討ち入り後に、真実を後世に伝えるために表舞台から消えた話は有名
  で、遥泉院様への報告する場面は何度か見たことがある。
  だが、46士の遺族全てを訪ね歩くという事実を映像化したのは初めてか?

  討ち入りの真実を後世に伝えよと大石から命じられ、討ち入り直後に現場から離れ、
  浪士の遺族を訪ね歩き、討ち入りの様子を伝えると同時に、苦しい生活の足しにと
  金子を配る。16年かかって46士の遺族に合い、ようやく使命を果たした。


【瀬尾孫左衛門】役所広司
 :今回の主役と言って良いと思いますが、まさか大石の隠し子を匿っていたという話は
  初めて知ったし、史実かどうかもケン坊は知らないが、事実として信じて映画を観る
  と迫力のある映像に思えます。

  吉良邸討ち入り前夜に逃亡したとされる瀬尾孫左衛門。実は大石の隠し子の行く末を
  頼むと命ぜられ、山奥に隠れて育て商家に嫁がせたその夜に、主人からの使命を果た
  したと、46士の後を追って割腹自殺をするというサムライ魂を発揮。


    感動的な展開で大満足の映画でした


最後の忠臣蔵が終わって、つぎの武士の家計簿まで25分の休憩時間があり、気分一新する
意味もあり、インターパークの店内をブラブラ...

さすがにこの時期の店内は凄い人出だ。小腹が空いたのでマックか何かにしようと店舗前に
行くと、なが~い行列に即あきらめた。

ユニセフのチャリティコンサートをやってましたので、少し立ち止まり聞き入ってみました。
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算盤を武器に仕えた時代劇”武士の家計簿”は新鮮

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キャッチコピーは「刀でなく、そろばんで、家族を守った侍がいた。」である。
一般的に面子を重んじる武士社会。この映画の主人公の家では、代替わりした”猪山直之”
のバカがつくほどの律儀で正直者の自然の行動が破綻寸前の家計を助けるという...


          面白いが中満足の映画でした

【概要】ネットから
江戸時代末期、加賀藩の「御算用者」(ごさんようもの、現在の日本における地方公共団体
の会計管理者にあたる)を担っていた猪山家。

その8代目・猪山直之のもと、膨大に膨れ上がった猪山家の借金返済に一家を挙げて奔走する
姿と彼らの家族模様、そして藩内の政争や幕末維新の動乱に否応なく巻き込まれながらも、
それを乗り越えてゆく直之と息子・成之や家族の姿を描いた作品である。
(茨城大学准教授である磯田道史の同名のノンフィクションが原作となっている)

本書のタイトル「武士の家計簿」とは、6代綏之(やすゆき)から9代成之(しげゆき)まで
の4代にわたる出納帳のことである。

日常の収支から冠婚葬祭の費用までを詳細に記録したものだが、ただの家計の書ではない。
猪山家がそれと知らずに残したこの記録は、農工商の上に立つ武士の貧困と、能力が身分を
凌駕していった幕末の実相を鮮明に見せてくれる。220ページ足らずだが壮大な歴史書である。




前回ご紹介した日本代表サッカーの元監督”岡ちゃん”が「サムライニッポン」と引っ掛け
「ザ・サムライシネマ」として、9月から公開の5本のサムライ映画を応援している。

最初は、全部踏破しようと思っていたが、スタートダッシュでつまづき2本は見ず仕舞い。
でも、見た3本は見応えがありました。岡ちゃん ありがとう!

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桜田門外ノ変を見たときのブログで紹介したが、日本人を熱くする”ザ・サムライシネマ”。
9月から、次々と時代劇が封切り(公開)されました。(赤文字はケン坊が観た映画)
  9月:十三人の刺客
 10月:桜田門外ノ変   雷桜
 12月:武士の家計簿   最後の忠臣蔵

因みに、今回の最後の忠臣蔵はほぼ満席でしたが、大半が1000円組?
武士の家計簿は30%の入り...こちらは30代のペアも見かけましたが...
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