ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
宇都宮城址まつり(in宇都宮)
2009-10-31-Sat  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【日光社参行列・日光から40㌔を歩く】
10月18日(日):

時計が再び、中旬へ遡って、みぶの蘭学祭り当日・・・みかどの蕎麦を食べ損なった原因の「宇都宮城址まつり」イベントへ・・・

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↑ 宇都宮城址の清明櫓。天守閣か城郭でもあると雰囲気が変わるんですがね~・・・

あの日光・百物揃千人行列の翌日に宇都宮城址まつりがあり、時代物つながりでぶらぶらとでかけたら、オリオン通りでいきなり「行列」?に遭遇しました。

何の行列か? 2日間かけて日光から歩いてきたという「日光社参行列」でした。凄いね40㌔ですよ。2週に渡っての行列・・・なかなかできませんよ。

城址公園広場でのイベントだけと思ってきたケン坊のとっては、この行列は思いがけないラッキーなイベントでした。
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↑ 行列の先頭。日光社参行列の看板を持っての行列は疲れるのでは・・・
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↑ 城主家紋隊。家紋の幟がズラリ・・・宇都宮家の三つ巴の家紋は身近に感じますね。
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↑ 年配者も若い人も公募もあったが、かなりの人が会社や業界の割り当てで無理矢理に?
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↑ お殿様の乗るお籠・・・


行列をひと通り見たケン坊は、行列が二荒神社の方を経由して城址公園に向うというので、お城に先回りして行列を待つことにした。
暫くして、櫓に登って下界を眺めると、遠くから行列がこちらに向ってくるのが見えました。上からの眺めは・・・城下が丸見えで昔の見張り番をしているような錯覚も感じました。
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↑ 日光からの行列に当日だけの行列が合体し、列は長く伸びてました・・・
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↑ 祭り広場の進行に合わせるためか時間調整していたが、疲れているのに可哀想・・・
   広場では、お偉いさんが何人も祝辞を述べてました。早く切り上げれば良いのに・・・
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↑ 櫓の瓦屋根の反りがギユーンと伸びて凄いアングルになりました。
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↑ ようやく祭り広場に到着。エイエイオーと大声で勝鬨を挙げた。ケン坊一緒になって!
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↑ 城址公園ひろば。いろんなテーマのテントが立ち並んでました・・・
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↑ 城址公園広場に設けられた「ステージ」。ここでいろんな催しが延々と続いた・・・
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十三夜(inケン坊家)
2009-10-30-Fri  CATEGORY: 我が家のイベント
【忘れてました~】
10月30日(金):

今日は十三夜。すっかり忘れてました。午後の休みを利用して例によってアチコチ車を運転してたら、十三夜との情報を耳に・・・。

幸いに天気は晴れで早々と月が顔を見せてますが、ケン坊のカメラでは最初から断念と言いつつ1枚カシャ・・・案の定というか今回は月がボワーとなって”満月”状態になっちゃいました。>笑<
あくまで今日は十三夜です。
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供え物は十五夜ほどはありません。軽く見ているわけではないが、家にあるものを飾ったら結果的にこうなっちゃった。

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蕎麦の会「みかど」(inみぶ蘭学祭り)
2009-10-30-Fri  CATEGORY: グルメ(麺類全般)
【蘭学祭りに出店した”みかど”蕎麦】
10月18日(日):

タイムリーな情報を優先したために時間軸が前後しちゃいますが・・・先日の「みぶ蘭学まつり」の続報です。
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↑ 誰もいない会場・・・わざと居ない方向に向けてパチリ。

「みかど」店主の弟子たちが、腕前を維持向上するため?アチコチのイベントに出張しているという。
益子焼フェア、日光蕎麦まつり、福祉まつり 等々。
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↑ 蕎麦の会「みかど」。ここの店主を師範に仰いだ弟子たちが協力して出店。

今回、地元の壬生の「蘭学祭り」に出店した。会社の仲間もその一人で、今回は仕事の関係で午後からの参加だという。
ネタ探しを兼ねてケン坊も開始前から出陣した。この日は、宇都宮城址祭りもあり、午前・午後に分けて奔走??? 誰に頼まれた訳でもないのに>笑<
とにかく忙しくアチコチを回る予定があるので・・・なかなかジックリと落ちついて見てられませんが。
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↑ ねって!
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↑ のして!
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↑ たって! この人、左利きで観ててハラハラです。が、ここの特徴の極細麺・・・シッカリと
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↑ 凄い包丁を使っているな~と思っていたら、包丁カバーも凄い・・・思わずカメラを
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↑ 小学生の掛け声に合わせ断つソバ麺。断麺にそば粉を着けるため? 揃えるため?
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↑ 麺を一時保管・・・うーん・・・どうかな~衛生面(麺)が?
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↑ 既に予約受付開始・・・でもケン坊は残念ながらこの後、会場を後に


もう少し裏方にも脚光を当てたかったが、イベント会場をくまなく覗きながら取材してたのでなかなかね~。UPできる写真もイマイチが多くて>笑<

残念ながら、ケン坊はここで次の目的があって戦線離脱・・・会社の仲間は午後に会場にきたらしく、女性人は午後に見に来てゴチになった様子。本当に残念でした。
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2009 ジャパンカップ・サイクル・ロードレース
2009-10-29-Thu  CATEGORY: 県内プロチーム
【自転車のまち宇都宮】
10月25日(日):

餃子のまち・ジャズのまちが言われて久しいが、今年、いつの間にか宇都宮が「自転車のまち」になってました。初めて耳にしました。
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理由は何となく想像できました・・・ケン坊の里山「古賀志山」を含む森林公園を周回するコースで、世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」の日本版、名称は『2009ジャパンカップサイクルロードレース』、今年で18回目を迎える。そんなになるかな~
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この大会はアジア最高峰の自転車レースとして、また世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」に出場するスター選手が来日する国内で唯一の大会として、日本中の自転車ファンの注目を浴びているらしい。世界から来る選手に、このコースは評判が良いとのこと。

森林公園の美しい紅葉の中(ちょっと早いが)、アジア最高峰レースのスリル、スピード、テクニックが楽しめるなんて・・・。
正直、自転車レースにはあまり興味はなかったが、高校の競輪競技は栃木は結構強い。特に作新学院は常に全国大会でも上位を占めている。

昨年10月に結成された日本初の地域密着プロ自転車ロードレースチーム「宇都宮ブリッツェン」の選手が今年は参戦するとあって、一段と盛り上がっているのかも知れない。そんなことからケン坊も覗いてみることに。

先ずは雰囲気だけでも味わってください。ケン坊も何がポイントなのかサッパリですが・・・取り敢えず写真を撮ってみた。

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↑ ケン坊が陣取った見学ポイントは「田野町交差点」。前方から走ってくるのだが・・・
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↑ 一周15㌔弱でタイムは20数分で一周してくる。既に交差点は観客でいっぱい・・・
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↑ テレビカメラも高い場所を確保。
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↑ 警備員のホイッスルで選手が近づいたことを知らせる。すると先導役の白バイが颯爽と・・・
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↑ 来ましたよ・・・先頭集団と言っても4人が抜け出たようで・・・スピード感がつかめない
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↑ トップを追いかける第二集団・・・殆どこの中にいる感じ。カーブを曲がったばかりなので、
   スピード感が感じられません。場所の選択を誤ったかな?
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↑ 選手が通過すると、必ず自転車を乗せた車が・・・自転車がトラブッた時の代車なのか?
   それにしても、意味が判らない・・・ルールを知らないとダメだね。
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↑ 90度のカーブを曲がり切れない時のため、防護用ウレタンを電柱や支柱に撒きつけて・・・
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↑ 交差点の脇にあるセブンイレブン。もちろん駐車場代わりに使っている観客も多くいるが・・・
   選手が通り過ぎると一斉に店内へ・・・無断駐車に気が引けて何か買い物でもと思ったら
   何となんと、今日は寒かったせいもあるが、トイレを拝借するために店内には行列が・・・
   セブンの店内に見える人は、みんなトイレ待ちの人で~す。買い物客はいません。>笑<
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↑ 自転車のまち宇都宮
   なるほど、今日だけではなく、こんな風景を古賀志にくると良く見かけるが、納得ですかね


【コース案内】ネットから
スタートから上りが続き、1km地点からはジャパンカップ名物の古賀志林道のつづら折り上り坂。必死に走る選手たちを最も間近に見られる絶好の観戦ポイント。坂を上り切ったコース最高地点の林道分岐点(標高347m)では、3周回ごとにトップ選手に山岳賞が与えられる。

分岐点を過ぎると、一変して5kmほど下りが続き、スピード感たっぷりで、選手たちの高度なテクニックも見どころ。但し、危険防止のため、当日、山頂の下りから県道に出る区間と鶴CC入り口からの下り部分及び萩の道の下り部分は観戦禁止となるので注意を。

レイクランドCC入り口、田野町交差点の鋭角なコーナーを左折する様子は迫力満点。その後は、萩の道入り口、多気山裏参道、そして射撃場入り口を過ぎると上りになり、古賀志林道よりきついといわれる最後の難関を迎え、発着地点に戻る。

スタートフィニッシュエリア内には大型ビジョン設置や各種ブース出店があり大会をさらに楽しむことができる。観戦無料。

10月24日(土)10:00=オープニングフリーラン(14.1km)、10:50=チャレンジレース(24.4km)、12:00=オープンレース(男子80.8km 女子42.3km) 
10月25日(日)10:00=2009ジャパンカップスタート予定(151.3km)、14:00頃=ゴール(予定)、14:30=表彰式(予定)

開催日:2009年10月24日(土)~10月25日(日)
開催場所:宇都宮市森林公園周辺コース
開催地住所:栃木県宇都宮市福岡町
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湖畔に佇む立木観音(in日光)
2009-10-28-Wed  CATEGORY: 花紀行(紅葉の名所)
【中禅寺湖畔は紅葉真っ盛り】
10月23日(金):

紅葉は着実に低地へ・・・でも、まだまだ山の紅葉は見られます。

今日は、川治経由で川俣に入りましたが、この川俣街道沿いの紅葉も今がピークで、今週一杯は十分に見られそう。・・・でも風台風20号の影響でかなり葉が落ちちゃったかも?

そして川俣温泉・間欠泉の橋を渡って「奥鬼怒林道から戦場ヶ原まで(23㌔)」の紅葉を愛でながら光徳牧場へ。
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↑ 山王峠を過ぎて光徳牧場まではカラマツの密集地。黄葉景色も素晴らしい・・・


光徳牧場で遅い昼食を済ませ、やや雲がかかってきた男体山を横目に、紅葉の中禅寺湖畔を過ぎ、半月山へまっしぐら。でもそこで見たものは・・・
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↑ 半月山の第一駐車場から見る景色。カラッと晴れてたら・・・タラ・レバは禁句ですね

晴れていれば、この先の第二駐車場から2~30分歩いたところに半月山の大展望台があり、ここからの眺めが何てったって一番でしょう・・・ね。
参考までに、今年の春に行った時の写真を載せて見ました・・・紅葉を想像してみてください。来年は本物を掲載しますので、それまでの辛抱です>苦<
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↑ これは4月29日のとき、半月山の大展望台からみた景色です・・・
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↑ 半月山の第一駐車場から見る景色。
   青い湖と八丁出島の紅葉、そして白い遊覧船・・・頭の中のイメージは抜群ですが


半月山からの眺めを諦めて、湖畔「歌が浜」に下りて駐車・・・平日なのに混んでましたよ。ここの紅葉は進んでましたね。湖畔に佇む「立木観音」が一際目だってました。
しばし、立木観音をごらんください。なお拝観料は500円です。
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↑ 湖畔に佇む立木観音の紅葉景色は絵になりますね~
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駐車場近くの紅葉。湖畔の紅葉もピークです。あぁ~今日晴れてたらな~・・・どうしても半月山の紅葉が心残りだ。
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↑ 歌が浜(湖畔)、ここの紅葉はいつも逆光で没になることが多かったが・・・


そして、いろは坂を下り家路に・・・下りはなぜか混んでました。
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↑ これは「いろは坂」の紅葉。ケン坊が運転中に撮った1枚です。ノロノロだったので・・・


これで「川俣から日光の紅葉ショー」は完です。長い間ありがとうございました。
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川俣の観光スポット「瀬戸合峡」
2009-10-27-Tue  CATEGORY: 花紀行(紅葉の名所)
【瀬戸合峡”渡らっしゃい吊橋”が脚光を浴びて】
10月23日(金):

川俣街道の景勝地「瀬戸合峡」へ。最近は萱峠トンネルができたため、うっかりすると見過ごしてしまうが・・・以前は、2~3個手前のトンネルから右折して入る狭い道があったが、今は通行禁止になっているので、渓谷の紅葉をみるチャンスがひとつ減少した感じ。

萱峠トンネルの先でケン坊は右折し、渓谷美を満喫することに・・・ここは途中から以前の道路に合流するので、是非右折して紅葉を満喫して欲しいところですね。

高低差100㍍もある山肌・岩肌が眼下に見え隠れ、まるで山梨の昇仙峡・・・いや、それ以上かも。道幅が狭いので、前後に車があると停まって写真も撮れない。
唯一、これから目指す「瀬戸合峡の渡らっしゃいつり橋」が見下ろせるポイントで1枚ゲット。
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↑ 瀬戸合峡の渡らっしゃいつり橋が見えるポイント。川俣ダムは松の木に隠れて見えない

峠にある「瀬戸合峡茶屋」から見る川俣ダム、ここは昔からの絶景ポイントだったので1枚と思ったが、路駐で道路が満車状態のため断念し、渋々、新たにできた数百㍍先にある「瀬戸合峡遊歩道」入口の駐車場へ・・・
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↑ 川俣ダム管理用の駐車場。端に遊歩道の入口が・・・ここから数百㍍で川俣ダムに
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↑ 遊歩道の途中から望む「川俣ダム湖」。紅葉が綺麗です・・・
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川俣ダムに到着。といってもそんなに離れていないので・・・直ぐに着きますが、
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↑ 川俣ダムから見た「渡らっしゃいつり橋」の全体像。
   つり橋右端の更に右側に平和の鐘、そしてその右上の高台に東屋が・・・


ダムの事務所からつり橋に行くのは、一旦(階段を)下って登るが、往復30分程度・・・(駐車場から往復で50分程度と言われている)の距離。少し汗ばむ程度なので一度は行ってみよう。
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↑ 途中に黄葉が・・・思わず撮りましたが、イマイチだったかな?


そして、高台の東屋へ。今日の青空が紅葉を一段と引き立たせてくれます。そしてつり橋の手前にある「平和の鐘」。今日は年配者が多いのに鐘を鳴らす人が多い?
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↑ 今日は鐘を鳴らす人が多く、ひっきりなしに鳴ってます。つり橋からみた「平和の鐘」。
   鐘の三角屋根の右上にある白い建物が、路駐でいっぱいだった「瀬戸合峡の茶屋」です。
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↑ 「瀬戸合峡の茶屋」

そしてつり橋に。揺れは感じないが、つり橋は揺れるものという先入観で揺れている気がする
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↑ 瀬戸合峡の「渡らっしゃいつり橋」。この辺は岩肌が多く、紅葉の樹木は少ない。
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橋の高さは記憶に違いがなければ70㍍。やや高所恐怖症気味のケン坊には、緊張の連続で手のひらが汗ばんでいるのが判る。手に持つデジカメが落ちないように紐に手を通して・・・ 
下を遠目に眺めていたが、思い切って下を見てみたら・・・次の写真です
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↑ つり橋から真下を恐々見ると、すばらしい紅葉を見つけたぞ~
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↑ 同じアングルで少し先を見たら、ダムの放水ではないが、かなりの勢いで水が・・・
   魔女が意地悪して橋を揺らすマネをしてケン坊の姿を笑いながら見ている・・・



【瀬戸合峡とは】:ネットより
瀬戸合峡(せとあいきょう)は、栃木県日光市(旧・塩谷郡栗山村)に位置する利根川支流、鬼怒川上流の峡谷。

日光国立公園内の一角に位置し、鬼怒川温泉が位置する竜王峡より更に上流にある。凝灰岩の浸食によって生まれた峡谷で深度約100mにも及ぶ岸壁が2kmに亘って連続し、峡谷に設けられた観光道路が縫うように走る。紅葉の名所として知られ、1986年には「とちぎの景勝100選」に選ばれている。峡谷内には川俣ダムが建設され、峡谷の上流側はダム湖である川俣湖に隣接している。

川俣ダムの完成によってダム下流の水量が激減し、川底を見せる峡谷として知られていたが、2004年から放流を開始した結果、水量は元に戻った。またそれと同時に川俣ダム正面の岸壁に架けられていたダム管理用の吊り橋が改築され、「瀬戸合峡渡らっしゃい吊橋」と命名され観光客に開放された。

一帯にはかつて、鬼怒川上流を遡った先に存在する川俣温泉や北東の日加倉山を隔てた先にある湯西川温泉などと同様、平家の落人伝説が残る集落が存在していたが、川俣ダムの完成と共に水没し、集落の中心は川俣湖温泉周辺へと移転している。

平成16年の春に、「渡らっしゃい吊橋」が完成しました。吊橋からは、瀬戸合峡の絶景を楽しむことができます。展望台には「天使の鐘」があるので、鳴らしてみてください!

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川俣街道の紅葉
2009-10-26-Mon  CATEGORY: 花紀行(紅葉の名所)
【紅葉前線は真っ盛り】
10月23日(金):

旧栗山村の川俣街道(ケン坊の勝手なネーミング)は、紅葉もピークを迎えているようだ。最初に飛び込んでくる景勝地「竹の上の橋」から見る紅葉というか渓谷美というか素晴らしい。写真が良ければ更によし。
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少し進んだところ(旧役場から先)の景勝地も格別だ。紅葉もさることながら、渓谷美とのコラボが・・・ケン坊的には、ここは日光の竜頭の滝と似た景観を持っていて、スケールとかは、こちらの方が一枚上かなとも・・・
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更に奥に進むと、目に鮮やかな紅葉が飛び込んできた。閉鎖?された食事処の周辺の紅葉が一段と映える。写真がちょっとマイナスしてるが・・・目に映った紅葉はこんなもんじゃない。
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ここも間違いなく景勝地のひとつ「蛇王の滝」だが、午前だと陽射しが入らないのでカメラ的には・・・午後がお勧めかな?(午後に日が射すかどうか未確認です)言えることは、アングル的にはバッチシだと思います。
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ようやく川俣大橋に近づいてきたが、その前に・・・ここから見る川俣湖の紅葉も素晴らしいと思いませんか? 本当は、もう少し手前から撮りたいとこなんですが、何のケーブルかは不明ですが邪魔するので今回は外して遠くだけを撮ってみたら、インパクトが無くなってしまいました。>苦<
数百㍍先には川俣大橋が顔を覗かせました。多くのカメラマンがシャッターを押してましたが・・・
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そして川俣温泉のT字路です。ここに間欠泉がありますが、予定時間を表示する機器が故障?なのか、今日は表示されてません。ただ、約40分ごとに湯柱が立ち昇る案内が貼ってありました。
専用の展望台には何人かが待っていましたが、誰もわからない状況のなかで待っている様子。

前回が何分前かもわからずに待つのは御免とばかりに場所を移動し、標識や景色に見とれていたケン坊に、これまた別の場所にいた魔女から大きな声で「吹き出るよう~」との叫び声が・・・。

辛うじてシャッターは間に合ったが。展望台に行けず、近くの橋から構えるのももどかしくシャッターを切ったので・・・アングルはイマイチでした。
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本来なら、この先の夫婦渕温泉方面に向っていた筈でしたが(紅葉も良さそうだし)・・・しかし時間が許してくれないので、残念ながら諦めるしかなかった。八丁の湯は来年へ持ち越しです。
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川俣街道にも、写真には掲載できなかった景勝地がまだまだありました。その中でも瀬戸合峡は特別に取り上げて後日掲載することにしますが・・・
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またぎの里と紅葉(in川俣)
2009-10-25-Sun  CATEGORY: グルメ(その他何でも)
【紅葉が見頃な川俣街道】
10月23日(金):

久しぶりに八丁の湯周辺をハイキングし、その帰りに山王峠を経由して日光・半月峠を見てという計画を立てたが、アクシデントで出発が8時となってしまったので、急遽、方針変更・・・全く自由自在の気ままな紅葉ドライブ。

今回は川俣温泉近くにある「またぎの里」へ寄ってみた。これまでにも何度かテレビで紹介されたこともあり、繁盛していて午後2時には品物が無くなってしまうようだ。
ケン坊も何度か立ち寄っては食べていたが・・・
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↑ ついに見慣れた建物に到着・・・またぎの里。ゲテモノの串焼きが・・・
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↑ 客が切れずに並んで注文する。確かに昨年よりも客が多いような・・・しかも平日なのに

今日は何の肉にしようかな・・・熊か猪と頭の中では考えていたが、いざその場になると、無難な「キジ」を選んでいた。いや、頭変僕さんに敬意を表して、熊・猪を捕獲したというブログを読んでからということに・・・>汗<

とにかく、メニューとモノをご覧あれ。
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↑ ゲテモノの串焼きメニュー?
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↑ ボイルしてある串焼きを注文に応じて焼いている「熊奥さん」
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↑ サンショウウオ:60歳前後のオバハンが注文して、ケン坊の前で口にしてましたが・・・
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↑ スズメの串焼きも・・・

今日は、テレビで馴染みの「熊おじさん」が留守で、「熊おくさん」・・・勿体無いね~こんな山奥に置くのがと思わせる雰囲気を持った方・・・本当に熊奥さんなの?
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↑ 熊おじさんには勿体無い「熊奥さん」・・・失礼?

そしてケン坊が注文したのが「キジ」。無難だが800円は高いね~でも味は保証しますよ。熊のほうが同じ800円でもボリュームがあったような。
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↑ ステンレスの灰皿のような受け皿に1本。魔女はいらないと言ってたが1個だけ「あ~ん」。
   撮るのを忘れて食べてしまい、少なくなってしまった・・・


ここ、川俣街道(ケン坊の勝手なネーミング)の紅葉も一段と綺麗になってきましたよ。

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日光の紅葉・最新情報(in23日)
2009-10-24-Sat  CATEGORY: 花紀行(紅葉の名所)
【紅葉は今が旬ですよ~】
10月23日(金):詳細は後日ブログ掲載

今回は走って紅葉の状況をお伝えします。今週一週間くらいはみられるかも・・・もちろん場所によっては遅すぎとなっているかも・・・この情報に責任は負いませんので悪しからず。

鬼怒川から川治温泉方面へ向い、トンネルをでたところの分岐を川俣方面に左折。そう、旧栗山村に向います・・・つまり川俣温泉です。

左折してひと山ふた山越えると紅葉が一気に目に入ってきます。詳細は後日の報告に任せますが、今回は紅葉の最新情報を発信するので・・・先に進みます。

最初に飛び込んできたのが「竹の上橋」から見る絶景ですが、これから先は紅葉と絶景に堪能できます。今がピークで後1週間は十分に見られるかも・・・
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↑ 日陰周辺の紅葉ポイント
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↑ 上栗山周辺の紅葉

滝も「蛇王の滝」が観光客の目を射止めますね。できれば午後の方が良いかも。午前中は陽射しが遮られて薄暗くなってしまいますが、アングルとしては最高かも・・・

そして瀬戸合峡(川俣ダム)の絶景ポイントは、数年前に完成したダム下に架かる「渡らっしゃい橋」が人気スポットに。往復50分程度なので是非とも渡ってみたい場所だ。
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↑ 瀬戸合峡の渡らっしゃい吊橋

これから先は川俣湖に沿って道なりに進むと、新熊野沢橋や川俣大橋の絶景を見ながら更に細い道へと突入する。途中、またぎの里を横目に川俣温泉に・・・
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↑ 新熊野沢橋から川俣湖を望む
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↑ 川俣温泉のT字路:直進は夫婦渕温泉、左折が山王峠経由日光へ



いよいよ山王峠を越えると日光だ。川俣温泉から日光戦場ヶ原まで約24㌔の距離で、この間も素晴らしい紅葉が・・・もちろんピークを過ぎた場所もあるが、大方の場所が十分に見られた。

そして山王峠から光徳牧場に近づくにつれて「カラマツ林」が出現するが、この黄色の紅葉がこれまでの紅葉とは違った景観を見せてくれる。
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↑ 光徳牧場手前3~4㌔あたりの山王峠。正面は大真名子山と思われます。

戦場ヶ原の草紅葉もまだまだ見られました(写真はありませんが)。一気に半月山の第一駐車場に向かいましたが、これまでの晴天とは打って変わって雲が景色を一変させてしまいました。紅葉は十分に見られますが、陽射しがあるとないとでは景色がまるで違ってきます。
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↑ 半月山の第一駐車場から、男体山・中禅寺湖・茶の木平を望む。雲がでてきて塞がれ・・・



湖畔に降りて散策すると紅葉は最高の状態。つまり、いま紅葉は中禅寺湖畔を中心に広がっています。もちろん周辺の「華厳の滝」あたりは最高なのでは・・・(今回は見てませんが)。
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↑ 中禅寺湖畔の紅葉・・・立木観音の紅葉


いろは坂の紅葉も、徐々にピークに達しそうな状況だ。できれば多少渋滞しているくらいの方が、運転手も紅葉を味わえるので良いのですが・・・
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↑ 第一いろは坂(下り)の紅葉。
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みぶ蘭学通りまつり(in壬生町)
2009-10-24-Sat  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【壬生に蘭学があったとは】
10月18日(日):

以前から、壬生町を走ると「蘭学通り」の文字が目についていたが、深く詮索したこともなかった。会社仲間から「蘭学まつり」に蕎麦の出店があるとの話を聞き、改めて何だっけ・・・ということに。

毎年周辺の商店街の人が、色々なアイディアを出し、おもしろい催し物を企画しているらしく、今年はどんなイベントがあるのかなという期待感があるのが楽しみらしい。

壬生町のメインストリートを「蘭学通り」と呼び、約800㍍が当日は歩行者天国に・・・まさに手作りのイベントで、道路や歩道、駐車場までがイベント会場と化し、商店も全面的にバックアップしている感があって、地元商店街と一体感を感じるイベントです。

それに一番良かった?のは、イベントに先立っての「儀式」がないことですかね~。○○議員だの、○○会長なんていう肩書きをひけらかす人達の挨拶が無いのが一番かな? そもそも開会式というものが無い・・・

以下、ホコテン会場で繰り広げられたものを写真で追ってみます・・・

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↑ 蘭学通りを紹介する案内版
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↑ 地元の高校生によるオープニングセレモニー
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↑ いきなり人力車が子供を乗せて走りだします。
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↑ 昔懐かしい「ベーゴマ」(米駒と書くのでしょうか?)
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↑ テレビなんかでお馴染みの「からくり人形」も・・・人気を集めてました
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↑ なかなかシャッターのタイミングがあいません・・・藁ぞうり飛ばし
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↑ どこのイベントでも定番となってきた「よさこい」
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↑ おしとやかに「お茶」・・・果たしてお点前の程は?
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↑ こちらは元気な高校生のブラスバンド・・・
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↑ セミプロによる歌謡ショーも・・・名前も顔も全く知らない人です
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↑ こちらは中学生が運営している「エコ」企画。ペットボトル持参すると「スミレ」の花と交換
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↑ 売店は全くの露天商抜きで、手作り・手作り・手作り のオンパレード

*地元の蕎麦やさんが門下生のスタッフを集めて出店してました。 次回です・・・

【ネットから】
壬生・蘭学まつり. 壬生町のメインストリートは「蘭学通り」と呼ばれています。 江戸時代に壬生藩を治めた、鳥居家は西洋医学を振興させた為、 蘭学者からとのことからです。

壬生町には獨協医科大学があり、医療の充実した町として知られていますが、医療の町としての歴史は今から200年前(江戸時代末期)に壬生藩主が蘭学を積極的に導入 したことに始まります。

当時の壬生藩主「鳥居忠挙」は、医学や近代科学などの振興と人材の育成に力を注ぎ、蘭方医の大家「齋藤玄昌」や漢方医の大家「河内全節」をはじめとする優秀な医者や多くの蘭学者を輩出しました。

(齋藤玄昌)
 関東諸藩で初めて人体解剖をした人。また天然痘の予防接種を初めてした人とも・・・
(女性看護人)
 日本で初めて女性が看護人として活躍したのが壬生町とのこと・・・
(太田胃散)
 コマーシャルで有名な太田胃散。壬生の藩士”太田信義”が処方を懇願して胃腸薬を製造・・・
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日光の名物「羊羹」
2009-10-23-Fri  CATEGORY: グルメ(その他何でも)
【練羊羹より水羊羹】
10月17日(土):

古くより二社一寺の門前町と栄えた日光。銘水豊かなこの地の羊羹は、上質で日持ちも良く、江戸の頃より日光土産として評判になったといわれています。

電車で日光へ行くのは初めてかも知れない。JR宇都宮からJR日光駅へ、そして百㍍余も歩くと東武日光駅だ。こんなに近くなんだ・・・頭では判っていたが実感した。
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↑ JR日光駅。古風な感じの駅舎だ・・・改装してもと思うが、日光の歴史を重んじて?
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↑ 東武日光駅。駅前は東武のほうが広くバス発着所もあり、JRに比べて便利そうな・・・

そして駅から東照宮までの2㌔強を歩いて千人行列の会場へ向うが、折角だから日光市内を覗きながら行くことにした。

歩き出すと、案の定というか「ゆば」の文字が躍ってる。「ゆば定食」「ゆば懐石」「ゆば御膳」「ゆばづくし」等々・・・。そしてゆばに負けじと「羊羹店」が多く並んでいる。

日光土産といえば「羊羹」というのが子供のころは当たり前だった。当時はもちろん練羊羹が全盛期だった。が、最近というか今は、練羊羹に勝るとも劣らないのが「水羊羹」だ。

ケン坊が知っている「三ツ山羊羹本舗」は練り羊羹を代表するお店。そして「水羊羹」を代表するのが「鬼平(きびら)の羊羹」と「吉田屋の水羊羹」だ。甘みが控えめで何とも言えない上品そうな一品である。もっとも食べ物は個人の好みがあるから、これ以外のお店もあるだろうが・・・

最近はいつも「鬼平」だったので、たまには「吉田屋の水ようかん」にしようと630円也を払った。
画像 516
↑ みずみずしい羊羹のサクが5本入ってます。
画像 647
↑ 取り出すのが難しい。縁が少し傷ついてしまったが、お茶に羊羹・・・合うね~

ついでなので「鬼平」「吉田屋」「三ツ山」の羊羹についてCMです。

【鬼平(きびら)の羊羹本舗】:HPより(写真はケン坊)
昭和の初めに羊羹専門店を創業。今では“みずみずしさとさっぱりとした”水羊羹が看板商品。
保存料を使わず甘みも抑えてあるため、日持ちはしない(賞味期限は5日間と短い)という手作りの味が自慢の『鬼平の羊羹』。
その、みずみずしい水羊羹は、なめらかでとろけるような口どけの風味で、甘すぎず、さっぱりとした上品な味。この水羊羹は痛みやすいので、昔は冬限定の商品だったそうですが、冷蔵装置が発達して、一年中食べれれるようになったとのこと。
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【吉田屋の水ようかん】:HPより(写真はケン坊)
日光羊羹製造本舗。定番の“一口羊羹”、特製の“水ようかん”をはじめ日光の風土が育んだ逸品を世に出している。
日光は昔から神仏の重要な霊地として修行僧なども多く、神社・仏閣などがたくさん建立されてきました。神官や僧侶達の冬の閑散期に食された甘味が贅沢な高級菓子として伝わったものが、日光羊羹の由来です。
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【三ツ山羊羹本舗】:HPより(写真はケン坊)
三ッ山羊羹本舗は、明治28(1895)年に、初代・三ッ山兼太郎が創業。以来、一世紀以上にわたり羊羹だけを作り続けています。当初は別の屋号にて商っていましたが、いつの頃からか「三ッ山の羊羹」として親しまれるようになり、今ではこちらを屋号としています。
日光田母沢御用邸にてご静養される皇族方への献上品として、日光二荒山神社の御用品として、ご受納いただいてきた三ッ山の羊羹。明治45年には、大隈重信公より「全国特産品博覧会・有功銀賞」を賜りましたが、現在は、賞よりもお客様からの評価を頂戴することがなにより大切と考えています。
画像 404


そして更に進むと、左側に変わった建物が目に入る。高台にある建物は何か・・・よく見ると、日光市庁舎本館である。何が変わっているかというと、一見、お城のような雰囲気をもった建物である。
日光らしいといえばそうだが・・・
画像 400
↑ 日光市庁舎本館です。お城のような雰囲気をもった庁舎も珍しいかな?

【日光市庁舎】:ネット情報より
日光に城が・・・と思わせる市庁舎は、小林庄一郎が城郭風の「大名ホテル」として建築したもので、明治後期に着工、大正5~7年頃完成と言われる。
昭和18年、古河電工に売却、戦後進駐軍の社交場としても使用され、昭和23年、古河電工から日光町に寄付されたという過去を持つ。木造3階建て、本館3階屋根に、千鳥破風を載せるため城の天守閣に似た外観になった。木造最古の市庁舎という。


そして更に少し歩くと和風な物産店が目につきました。金谷ホテル入口の手前だ・・・。建物内には金谷ホテルの関連商品(ベーカリー等)を扱うコーナーも入ってます。
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↑ 日光物産商会。これも古い木造の店舗・・・

【日光物産商会】:ネット情報より
日光物産商会の建物は、神橋の手前、金谷ホテルへの入り口にあって、目立つ和風建築だ。明治38年、大島骨董店として着工、翌年竣工。
完成後、金谷ホテルの出店として日光彫などみやげ物を商い、昭和3年、日光物産商会として改組、戦後、占領軍に接収されたこともあると言う。
現在は、みやげ物販売と2階にレストランがある。木造2階建て、屋根は入母屋造り、2階手すりには欄干を配するなど、本格的な和風建築になっている


最後は、千人行列の見学を終え、再び駅に向うところで別のお店の看板が気になった。看板・暖簾には「志そまき唐がらし」とある。魔女が言うには「美味しいんだよね」だって。食べたことがあるらしい。
ケン坊に内緒か? そういえば、魔女は金谷ホテルで食事もしたとか言ってた。悪友らとケン坊に内緒で食べ歩きしてるらしい>笑<
さて、この志そまき唐がらしを試食したら、これが実に美味しい・・・早速530円で一袋購入。
実際に手にして食べようとしたら? 唐辛子の入ってないのを買っちゃったらしい・・・残念。
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↑ 濃紺の暖簾に書かれた「志そまき唐がらし」の文字が渋いが、らしく見える・・・
画像 517
↑ 揚げたパリパリの紫蘇で味噌やゴマを練ったものを巻いたもので、暖簾の唐辛子がない。
   中にはゴマと餡も入ってる? そんな食感がするのだが・・・食欲がそそられそうだ

知っていると思っている街でも、意外に知らないことだらけ・・・時には歩いてみるもんだなと妙に感心しちゃいました。

日光の巻・・・完です
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日光の景勝「含満ヶ淵」
2009-10-22-Thu  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【赤い帽子を被ったお地蔵さん】
10月17日(土):

日光東照宮を後にして、華厳の滝から流れ出る川「大谷川」を上流へ少し登ったところに、知る人ぞ知る「含満ヶ淵」(がんまんがぶち)という川の美しい流れと石仏群がひっそりと佇んでいる。

この仏像郡は、別名、「並び地蔵 化け地蔵」ともよばれているが、ここには、駐車場が出来ているのでここに車を停めて、ゆったりと見学することができます。

この地は、別名「憾満ヶ淵」(かんまん)とも呼ばれているが、その石仏群は数が多いので、数える度にその数が異なるというような謂われがある。
画像 490
↑ 並び地蔵(化け地蔵)の案内ボード

赤い帽子を被ったお地蔵さん。ひとつひとつ表情が違う石仏群・・・中には首の無くなった石仏もあれば、台座の上に何かがあったのかと思わせるだけのものも。
画像 491
↑ 赤い帽子を被ったお地蔵さんの列。
画像 493
↑ 誰が被せてくれるのか・・・レイまでも掛けてくれるんですよ

この石仏をお参りしながら、右側にある大谷川の清流を鑑賞するという、まことに素晴らしい場所があります。この静かな場所は、東照宮からたったの1キロ程度で、ゆっくりと歩いても30分程度で行ける場所である。
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↑ 紅葉も部分的に始まってきた

含満ヶ淵というと何か暗いイメージを持つが、決してそのような場所でなく、皆で楽しく大谷川淵を歩きながらお詣りしたり渓流を楽しむと言った場所です。
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↑ 憾満ヶ淵(含満ヶ淵)の案内ボード
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↑ 大きな岩がゴロゴロした大谷川。紅葉には早すぎたようですが景観は・・・
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↑ 岩と岩の間を流れ落ちる水は真っ白になって流れていく・・・
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↑ 対岸(日光植物園)には名も知らぬ滝が見えます。
   明かるい茶系に紅葉始めた木に、白っぽい房のような形をした花のようなものが・・・


また、「鳴虫山」の登山道入口でもあり出口でもある。今年の春、アカヤシオを求めて歩いた際に赤い帽子を被ったお地蔵さんを一度UPしております・・・これで3回目の登場か?

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↑ リンドウの大家族。もうピークは過ぎましたかね。
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↑ こんな咲き方(横向きの茎に)のリンドウも面白い・・・
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日光の名所「金谷ホテルと神橋」
2009-10-21-Wed  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【やはり絵になる金谷ホテルと神橋】
10月17日(土):本館を含む複数の施設が国指定の有形文化財に

いつもは車の中から横目で見ながら通り過ぎる金谷ホテル。高価なホテルだし我々貧乏人には縁がないが、せめて今日は見るだけと入口の坂を登っていった。
場所は「神橋」の手前の隣り合ったところで、景観も含め場所的にはこの上も無い最高です。

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↑ これは定番のアングル(道路側)で撮った神橋です。
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↑ 神橋に隣接したホテルに入る坂道。ホテルは7~80㍍先のこの上に建っています。
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↑ 坂を登ると植え込みのような景色の奥にホテル新館が・・・

植え込みの右手には、見るからに歴史を感じる本館がありました。入口のドアにも彫り物が・・・今日は結婚式がありそうで、本館前の芝生ではガーデンウエディングの準備が進められていました。金谷ホテルでの結婚式・・・いったい料金は???と貧乏人は直ぐにお金を計算してしまう>笑<

画像 410
↑ 植え込みの右手に現れた「金谷ホテル本館」。歴史を感じます・・・
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↑ 玄関の両側の壁の部分には「白木」の彫刻が・・・
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↑ ガーデンウエディング会場側から見る本館。

日光金谷ホテルの庭園から大谷川の河畔まで往復10分ほどの散策路がありました。ホテルの人の「どうぞ」の声に、豊かに流れる大谷川のせせらぎに耳を傾けながら、神橋を真横から見上げました。この景色は初めての経験です。

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↑ 庭園から散策を兼ねて降りた大谷川から見る神橋です。あまり見かけないアングルです。
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↑ これは大谷川を挟んだ反対側の道路からみる金谷ホテル。
   紅葉が進むと、小高い丘の上に金谷ホテルが見える景色も素晴らしい絵になりますね。


【金谷ホテルとは】:金谷ホテルHPより抜粋
1873年(明治6年)、ヘボン式ローマ字綴りでお馴染みのアメリカ人J.C.ヘップバーン(ヘボン)博士の知遇を得て、自宅の一部を外国人の方の宿泊施設とした[金谷カッテージ・イン]、これが[金谷ホテル]の始まりです。

当時の日本には、長期のバケーションといった慣習も、リゾートという概念も、ましてや洋食(肉食)といったものすらない、そんな時代に[ホテル]として歩み始めました。
1878年(明治11年)には、ヘボン博士の紹介によって[金谷]に訪れた英国人旅行家イザベラ・バード女史がつづった「日本奥地紀行」や、当時の在日英字新聞などで紹介されるや、[金谷]は「日本のリゾート避暑地=日光」のホテルとしての地位を確実なものとしました。
そして1893年(明治26年)に、日光山内をのぞむ現在地に2階建て洋室30室の[日光金谷ホテル]として営業を開始。

1897年(明治30年)には、帝国ホテル(東京)、都ホテル(京都)、富士屋ホテル(箱根)、大阪ホテル(大阪)とともに「5大ホテル同盟会」を結成、1916年(大正5年)には、早くもフォード自動車を購入し宿泊客の観光の便宜を図るなど、黎明期の日本ホテル界の先頭を歩んできました。

大正時代に入り日光御用邸が開設されると、日光は国内外の要人の交歓・社交の場としてさらに発展。[金谷ホテル]も、1922年(大正11年)の英国皇太子殿下のご宿泊をかわきりに、外国王室、国内宮家のご宿泊という栄を受けるようになりました。

その間も明治開業当初の趣を残しながらも近代的ホテルとして増改築を経て、現在に至っています。平成17年11月には、歴史的価値のある本館(増設部を除く)、新館、別館、スケートリンクに隣接する竜宮(観覧亭と展望閣)が国指定登録有形文化財になりました。

本館と新館は明治期、別館は昭和初期に建てられた木造建築で、第二新館は昭和30年代後半に建てられた鉄筋コンクリート造の建物です。
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日光の千人行列・No2
2009-10-20-Tue  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【絢爛な時代絵巻を再現】
10月17日(土):

最後にケン坊も行列に参加しましたよ。行列の後に続いて見物人も参道を歩いて良いらしい。

行列は、先頭から最後が通過するまで約30分。百聞は一見にしかずでした・・・一度は見たいと思っていたので、今日は思い切って出かけて正解でした。
来春は、大祭の初日に行われる「流鏑馬」を見て見たい。

さて、本題は前回に続き、千人行列の写真を並べてみました。そして行列の隊列名についても判らないので、昨年のものを最後に掲載しておきましたので写真と見比べてください。

ネットで調べてはみたものの、なかなか行列を説明するもの(説明付写真)が無く、無知をさらけ出してしまいました。>苦<

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↑ 葵太鼓
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↑ 
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↑ 雅楽。笙・篳篥・・・
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↑ 
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↑ 
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↑ 鷹匠
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↑ 
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↑ 
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↑ 
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↑ 大権現の御輿。この御輿に向けて見物人がお賽銭を投げるんですが・・・
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↑ 最初は何事かと思いました。ひとつ前の御輿に向けてお賽銭が投げられるが、残念ながら
   御輿に入らなかったお賽銭を拾う役目の子供が居るんだそうです。
   お賽銭は、ケン坊が見た感じでは半分も入らずに落ちてましたから結構拾えるのでは?
画像 486
↑ 千人行列の後ろに並んで歩く一般参加者達の列・・・ケン坊もつられて歩きました。
  



(昨年の資料には下記の隊列がありましたが・・・写真と一致しない部分もありますが・・・参考までに掲載しておきます)
1.兵士鉾持  2.職士鉾持   3.獅子   4.獅子   5.笛   6.田楽法師   7.大拍士

8.八乙女  9.祢宜 騎馬  10.権宮司 騎馬  11.御神馬  12.御鉄砲持  13.御弓持

14.御鎗持  15.鎧武者   16.稚児   17.掛面   18.御翳おさしば  19.御太刀禰宜

20.御旗禰宜   21.斎鉾いみほこ三本   22.祭旗八本   

23.葵太鼓   24.鉦鼓   25.猿牽   26.宮仕   27.神人   28.伶人   

29.荷太鼓・荷鉦鼓   30.鷹匠   31.御枕木・御枕木   32.御幣   33.禰宜 騎馬

34.禰宜 騎馬   35.素袍着   36.御本社神輿   37.子供猿   38.旧同心   

39.巴太鼓  40.鉦鼓  41.御枕木・御枕木  42.御幣   43.素袍着   44.御左神輿

45.子供猿  46.旧同心  47.茗荷太鼓  48.鉦鼓   49.御枕木・御枕木   50.御幣

51.素袍着   52.御右神輿   53.子供猿   54.旧同心   55.宮司  騎馬   

56.禰宜 騎馬   57.禰宜 騎馬   58.里山伏     以上です。


<完>
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日光の千人行列・No1
2009-10-19-Mon  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【勇壮な時代絵巻を再現】
10月17日(土):

秋の千人行列は、春の千人行列の1000人に対し、若干少なく800~900人だそうです。

改めて百物揃千人行列とは・・・
<徳川家康公の神霊を駿府久能山から日光へ改葬した当時の行列を再現した「千人武者行列(神輿渡御祭・しんよとぎょさい)」は実物を見てしまうと正に圧巻の歴史絵巻。
午前11時に神輿舎前を出発した千人武者行列は、表参道から御旅所までの約1kmを、鎧武者・鎗持ち姿などで練り歩き、最後尾に神君・家康公の神輿が続きます。>

いよいよ行列がスタートしました。行列の内容を示すパンフレットがあれば、もう少し判り易いのだが・・・。マイクでは放送しているものの、写真を撮りながらだとなかなか耳まで気が回らない。

取りあえずは写真をずらりと並べてみました。隊の名前が判りませんので最後に昨年の隊列の順序を掲載しました。参考まで・・・

画像 449
↑ 先ず先頭がきました。
画像 450
↑ 
画像 452
↑ 槍隊
画像 455
↑ 獅子舞
画像 458
↑ 御神馬
画像 460
↑ あぁー疲れた~ 始まったばかりですが・・・
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↑ 鎧武者
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↑ 稚児行列
画像 467
↑ 妖怪の掛面を被った行列。日光山に住む妖怪たちも大権現様に敬意を表し参列したとか
画像 468
↑ 
画像 469
↑ 
画像 472
↑ 

(昨年の資料には下記の隊列がありましたが・・・写真と一致しない部分もありますが・・・参考までに掲載しておきます)
1.兵士鉾持   2.職士鉾持   3.獅子   4.獅子   5.笛   6.田楽法師   7.大拍士

8.八乙女  9.祢宜 騎馬   10.権宮司 騎馬  11.御神馬  12.御鉄砲持  13.御弓持

14.御鎗持  15.鎧武者   16.稚児  17.掛面  18.御翳おさしば  19.御太刀禰宜

20.御旗禰宜   21.斎鉾いみほこ三本   22.祭旗八本   

23.葵太鼓   24.鉦鼓   25.猿牽   26.宮仕   27.神人   28.伶人   

29.荷太鼓・荷鉦鼓   30.鷹匠   31.御枕木・御枕木   32.御幣   33.禰宜 騎馬

34.禰宜 騎馬   35.素袍着   36.御本社神輿   37.子供猿   38.旧同心   

39.巴太鼓  40.鉦鼓  41.御枕木・御枕木  42.御幣   43.素袍着   44.御左神輿

45.子供猿  46.旧同心  47.茗荷太鼓  48.鉦鼓  49.御枕木・御枕木   50.御幣

51.素袍着   52.御右神輿   53.子供猿   54.旧同心   55.宮司  騎馬   

56.禰宜 騎馬   57.禰宜 騎馬   58.里山伏

No2へ続きます・・・
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日光の千人行列・序章
2009-10-18-Sun  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【初めて見る「百物揃千人行列」は】
10月17日(土):

ケン坊も生身の身体。たまには電車で出かけようかな・・・今日は日光・東照宮で千人行列が行われるが、地元にいて一度も千人行列を見たことがなかった。

もちろん、テレビや新聞等を見てるので雰囲気は何となく理解しているのだが・・・折角だからと、少し早めに出かけ、市内をぶらり旅しながら会場へ向うことに。

画像 426
↑ 世界遺産に登録された「日光二社一寺(東照宮、輪王寺、二荒山神社)」の記念石

行列は11時から開始するので、会場をアチコチ歩き回って下見しながら開始時間を待つ。百物揃千人行列には、日光住民の大人だけではなく、高校生から小学生まで駆り出されている感じだ。

《千人行列とは》
千人武者行列は、徳川家康公の神霊を駿府久能山から日光への改葬した当時の行列を再現した「百物揃千人武者行列」と伝えられる豪壮な「渡御祭」といいます。行列に参加している人数が千人を超えるとも言われている。


先ずは序章ということで、行列開始までをUPします。正直、整理がつかないので・・・>笑<

画像 435
↑ 東照大権現の「石鳥居」。1618年に造営されたもので後世の形式変更はないとのこと。
   この参道で千人行列が行われます。
画像 441
↑ 正直の話、このイベントに露天商はないと思ってたが・・・参道脇の道にはズラリと並んで
画像 434
↑ 真っ直ぐに伸びた参道。既に両側は見物人でほぼ一杯に埋め尽く去れて・・・
画像 430
↑ 有料の桟敷席・・・桟敷席といってもパイプ型椅子ですが、1200円と1000円だって???
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↑ 桟敷席・・・探しました。3列になっていて最前列が特別席。後部2列は一般席。これか~
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↑ 小学生達も沢山見物に来てました。修学旅行のようでアチコチに陣取ってました。
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↑ 出番を前に談笑する千人行列の出演者。
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↑ それ~急げ。戦に間に合わないぞとばかりに小走りに走り出す出演者。
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↑ ケン坊の立つ位置が決まった。向かい側は日光山輪王寺。見える建物は「大護摩堂」です。
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↑ マスコミもケン坊の隣に・・・場所的にはここが一番良かったのかな?
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↑ ようやく、行列の先頭が東照大権現の石鳥居下に現れてきました・・・いよいよ始まりです。

次回へ続きます・・・編集が間に合いませんので
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障害者のイベント・・・(in県総合運動場)
2009-10-17-Sat  CATEGORY: 魔女っ子と仲間
【スポーツにゲームに音楽に】
9月27日(日):

大変に遅くなりましたが・・・
県総合運動公園で障害者スポーツ大会があり、ちょいと時間を見つけて行ってみた。陸上競技場では走り幅跳びや、100㍍走等などが繰り広げられ県内各地から選手達が参加していた。

直ぐ隣にある芝生広場では「ふれあい広場」と銘打って、いろんなお楽しみコーナーを企画・・・
ヨーヨーつりや金魚すくい、お手玉を使って洗面器に入れる輪投げや的当てゲーム等々、かなり趣向を凝らしていて、障害者の方々もゲームをハシゴして楽しんでました。

そして魔女っ子もイベントに一役買っていて、この広場でのコンサートに参加。大きな声を張り上げてました。障害者の皆さんには興味無いかなと思いきや、音楽に身体を動かしリズムをとっている。
時折り小雨がぱらつくこともあったが、多くの人が最後まで聞き入っていた。

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ぶっつけ秋祭り(in鹿沼)
2009-10-16-Fri  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【華麗な彫刻屋台と競い合う囃子】:国指定重要無形民俗文化財
10月11日(日):校正が終わってませんが・・・

日光の紅葉から井戸湿原を経由し、鹿沼のぶっつけ祭りを覗こうと車を走らせ駐車場。周辺の駐車場は満杯だったが、鹿沼高校の庭にこっそり駐車。他にも30数台駐車しているので大丈夫?

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↑ 鹿沼ぶっつけ秋祭りのパンフレット。2日間に渡って開催する・・・
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↑ 会場へつながる道路には露天商が所狭しと立ち並ぶ・・・

鹿沼市の「ぶっつけ祭り」は、以前からマスコミに毎年取り上げられているので知っていたが、生で見るのは初めて。でも「ぶっつけ」そのものは、この日は、祭りが終わった後に行う行事なので、夜の7時以降・・・

ぶっつけ・・・彫刻屋台をぶつけ合うなんて、壊れちゃうという心配をしてたら全く違うということが判った。交差点で屋台が数台鉢合わせの格好をし、お互いが囃子をぶつけ合うことだったらしい。

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↑ 新たにできた「お祭りロード」。記念に屋台を彫った石柱をここに建てたようです。

市民のパレードが終わった「お祭りロード」に、何処からともなく集まってきた「彫刻屋台」。白木造りと黒漆塗彩色の屋台が20基。総数27基のうち、今年は7基は別の祭りへの参加が決まっているとかで今日は不参加らしい。

画像 366
↑ これが彫刻屋台(全部)のパンフレット・・・

早速、ケン坊はアチコチと駈けずり廻って屋台をパチリンコ。午後3時、ようやく屋台が動き出しました。屋台パレードの始まりだ。お目当ての屋台を探して見物人の移動も始まるが、ケン坊たちは陽射しが強いので日陰を探して移動>笑<

そして思いがけないことが・・・1台の屋台の上にゴムボールが入ったダンボールが数個持ち上げた。若い衆の仕草から、何かを投げることが判ったが、家屋の建てまいでもあるまいし・・・と疑問に思っていたが、どうやら本当に投げるらしい。

写真は撮りたいが、見物人がどーと押し寄せカメラは危険とポケットに。そしていよいよ開始。撒かれるものが宙を舞って、予想に反して手に届かない・・・
ありゃりゃ・・・そして最初の1個掴んでからはペースがあがり、掴んではもう一方の手に抱きかかえるようにして確保するが、一杯になって手からこぼれる・・・

そこでようやく諦めた。これ以上掴んでも意味が無い・・・こぼれちゃうから。思わぬ収穫に魔女と顔を合わせてニヤリ。今日は歩き過ぎたと「ぶっつけ」を見ずに鹿沼を後にした。

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↑ 彫刻屋台に畏れおおいのに若い衆が・・・
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↑ イベントの中には「稚児の行列」もありました
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↑ こちらは7人も屋根に登って・・・大丈夫?
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↑ こちらの屋台には「ひょっとこ」や「おかめ」の姿も人気を集めていた
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↑ 祭りにはつきものの女性陣。メイクにも俄然力が入ってます。
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↑ 彫刻のアップ。凄い迫力の寅と龍・・・竜虎ですね
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↑ 大勢の見物人が交差点を埋め尽くしてます
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↑ 1台の屋台の上から、スナック菓子やラーメンや餅を投げ始めた。
   ケン坊が幸いにも手にした今日の収穫。片手でキャッチして片手で抱きかかえ>汗<



そもそも【鹿沼ぶっつけ祭り】とは?
今宮神社の例祭を中心として行われる祭りで、この祭りの見どころは、宵祭りの屋台(家体)のくりこみ、くり出しで、軽快な奉納囃子にのって行われる。翌日曜日は古俗を残す神輿の巡行や、数多くの屋台(家体)を中心に踊りなども参加するパレード、屋台(家体)の町内巡りなどがある。

【彫刻屋台とは】
現在、今宮神社氏子町内には27台の屋台があり、そのうち13台は江戸時代に作られた彫刻屋台です。
構造は単層館型で四つ車、屋根は唐破風つき。彫り物は、富田宿(大平町)の彫師集団”磯辺氏”らの手によるもので、日光五重の塔(再建)の彫物方棟梁をつとめた後藤正秀のような名工もいます。
白木造りのものと黒漆塗彩色のものに分けられ、現在の形をとるようになったのは19世紀初めの頃と思われます。(白木造り:20屋台、黒漆塗彩色:7台)

【ぶっつけ】とは
彫刻屋台同士が交差点で睨み合いしながら、お互いの「囃子」をぶつけ合うこと。最初は「彫刻屋台」同士がぶつかり合うのかと勘違いしてました・・・やっぱりありえなかった。
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懐かしい農機具を発見(in旧国分寺町)
2009-10-15-Thu  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【それは天平の丘公園にありました】
10月3日(土):

空白の3時間をどう過ごそうか・・・思い立って出かけたのが天平の丘公園。目的は、既に掲載済みの「十月桜」を見ることだったんですが、ついでに周辺を歩いてみました。

すると変わった看板「からくり水車小屋」が目につきました。奥に納屋のような建物がひっそりと建ってました。
画像 032

そして石碑には、内外の名士3500人から1200万円の寄付。「からくり水車を助ける会」が子孫に残さんがために維持管理していると記されている。
画像 027
↑ 「川あれば水車あり 水車あれば音あり 音あれば話あり 話あれば幸あり」

人気(ひとけ)がなく、一人で建物の中に入るのは良い気持ちではなかったが、折角なので中に入ってみると・・・からくり水車がでーんと展示?してありました。
画像 028
↑ 「からくり水車」の手前半分。唐箕との比較で水車の大きさが判るかなと・・・
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↑ 「からくり水車」の奥側半分
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↑ これも懐かしいな~ 「唐箕(とうみ)」です。子供の頃、散々手伝わされましたよ。


そして別の小屋を覗いてみると、こちらにも、いわゆる昔の農機具が・・・
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↑ 昔懐かしい「鋤(すき)」ですね。馬や牛に引かせて田畑を耕す道具ですよね
画像 040
↑ これは う~ん! 前は「田んぼ」をかき混ぜる「代掻き」の道具だったですかね?
   後ろは、多分、田んぼの「草取り」の道具だったような・・・名前をすっかり忘れてます。

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↑ これは昭和20年後半から30年頃の脱穀機。通称:ガーコン?(ケン坊の実家だけか)
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↑ これも脱穀機ですが、昭和30年以降に使った記憶があります・・・

どれもこれも懐かしい旧式の農機具。ケン坊も使った農具は良く判るが、親や兄姉たちが使ってた農具はうろ覚えで名前も自信がありません。でも懐かしいです・・・当時を思い出しますね。
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里山にも台風の影響が(in大平山)
2009-10-14-Wed  CATEGORY: 栃木の里山(大平山)
【台風直後なので里山で足腰を鍛える】
10月10日(土):

台風一過の青空ではあるが、遠くの紅葉はどうなっているか判らない。日光・竜頭の滝周辺の紅葉はピークを過ぎようとしているらしいが・・・日光方面の今日の天気はいまひとつパーッとしないという。

そこで里山で足腰を鍛えておこうということに・・・何と弱気なケン坊なんだろう。

最近の大平山は、大平神社~晃石山~桜峠の往復を常としたが、今回は1年振りに「馬不入山」まで足を伸ばしてみることに・・・コースに変化は無かったが山頂を現す標示柱が新調されてあった。

それにしても、今日のコースでは「アサギマダラ」がアチコチに飛んでいましたね。ケン坊達の休憩しているシートにも挨拶にきたが、残念ながら柄のついた部分に止まっちゃったので・・・無地のところに止まれば鮮やかに撮れたのに。
ペアで飛んでいるのもいたがナカナカナ~ 期待するポーズにはなってくれませんでした。

昨年の暮れに見つけた「そう果」・・・どんな花なんだろうと思ってましたが、やっとその原花を見つけました。コウヤボウキでした・・・10ヶ月ぶりに解決です。

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↑ 山歩きというより「大平神社」への参拝者が多かったですね~
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↑ アサギマダラ?
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↑ 台風の爪痕がアチコチにありました。枯れた木々が倒れてます。
   手前は太い松の木が根っこごと抜けて・・・奥には枯れかけた木が道を塞ぐように横倒し
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↑ 馬不入山(ウマイラズヤマ)。山頂に新しく建てられました・・・見晴らしは良くありません。
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↑ ミゾソバ。蕎麦の花にソックリでジーッと見てると可愛い花です。
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↑ コウヤボウキ(高野箒)と思います。
↓ 昨年暮れに撮った名前の分からない「そう果」。これがコウヤボウキだったと判明しました。
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井戸湿原の紅葉(in旧:粟野)
2009-10-13-Tue  CATEGORY: 花紀行(紅葉の名所)
【草紅葉はピークを過ぎて】
10月11日(日):

井戸湿原の草紅葉がピークを過ぎているとの情報に、そんなに早いのかと疑って確認のために出かけた。>笑:暇人ですか<

日光の紅葉を見て11時に出発し、足尾を経由して井戸湿原に向った。(全くの思いつきです)
実は日光の帰りに「鹿沼の秋祭り」を見ようと思っていたが、日光を予想以上に早く引き上げられたので、直接行くと時間が早過ぎちゃう・・・というわけで

いやはや 井戸湿原の駐車場が大渋滞? 連休だから何処へ行っても混んでるのかな。それでもベストポジションにケン坊を待っていたかのように1台分だけ空いてましたね~。ついてます。

確かに井戸湿原の紅葉は何となく終わったかな~ 草紅葉もあまりぱーとしません。でも井戸湿原には自然だけが沢山ありました。

約1時間、井戸湿原と一帯の山歩きを済ませ、これから古峰ヶ原高原を見ながら鹿沼に向かいます。頃合も良い時間だろうと思います。

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↑ 先ずは小さな「井戸湿原」のイメージだけ味わってください。陽射しがありませんでしたが
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↑ ”りんどう”がところどころに咲いていました。最後のがんばりを示しています。
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↑ ホタルブクロ?葉が違うような・・・やはり終わりですかね。ここだけにしか見ませんでした。
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↑ 雪? びっくり! 昨日、里にも夕立があったが・・・雹のようです。寒いのか溶けません。
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↑ 井戸湿原の中央を横断する木道。間もなく訪れる冬を思わせるような雰囲気が・・・
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↑ 牛が放牧されてます・・・暖かい場所を見つけたのか、全く移動しようとしません。平和かも
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↑ 像の鼻から眺める「日光連山:中心はやはり男体山と女峰山」。自然満喫です・・・
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↑ 古峰ヶ原高原。新しく開通した道路(古峰神社~井戸湿原)が古峰ヶ原高原まで直行です。
   以前、ここまで歩くのに苦労したが・・・ここから井戸湿原まで山歩きで往復11㌔という。
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竜頭の滝・戦場ヶ原・小田代ヶ原の紅葉
2009-10-12-Mon  CATEGORY: 景勝地(滝めぐり)
【紅葉の第二段は日光から】
10月11日(日):

日光の紅葉も、先日の台風18号で少し葉を落とし過ぎたようです。でも日光は腐っても鯛(失礼)です。やはり天下の日光でも自然には勝てないというか、自然は自然のための自然です。

今朝は4時45分、家を出発して日光へ向ったが、案の定、清滝あたりから車の尾灯が目立ち、イロハ坂ではかなりの車が先を争うようにハンドルを切る。着いた駐車場は満車でしたが、臨時駐車場に助けられた。
晴天の予報でしたがやはり山の天気です。雲も多めで時おり頬を濡らす雨粒が・・・でも長続きせず、ケン坊の念力に負けたと見え5~6分で青空が顔を覗かせ汗ばむ陽気に・・・

さて、日光の紅葉の名所・・・竜頭の滝の紅葉はピークを過ぎ、戦場ヶ原の草紅葉はピークを迎え、そして小田代ヶ原は徐々に冬支度へと向いそうな様子。

日光の紅葉について、改まって語るまでもありません。現在の紅葉の状況を確認していただければと思い掲載しました。この後、紅葉は中禅寺湖畔やイロハ坂を徐々に染めてくれると思います。

そして、もう一つの名勝地、半月峠からの眺めも1週間~10日もあれば・・・と思います。

【竜頭の滝】編
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↑ 滝上の橋からの眺め・・・遠く中禅寺湖が望めます
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↑ 定番の場所 竜頭の滝。やや鮮やかさに欠けた紅葉です
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↑ 竜頭の滝の右半分です。こちらの方が未だ紅葉として見られます
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↑ 滝壺と滝上橋の中間に位置する「竜頭の流れ」
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↑ 滝上橋から更に上流を眺めたところ・・・
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↑ さらに”しゃくなげ橋”の上流。湯川沿いの紅葉です

【戦場ヶ原】編
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↑ 戦場ヶ原を埋め尽くした”ズミ”が沢山の実をつけてます
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↑ 戦場ヶ原の草紅葉・・・まあまあ見られるでしょう!
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↑ 何の実でしょうか ”コバノガマズミ”のようですが・・・
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↑ ここのポイントも本来はご法度か? 泉門池に映る周囲の木々と少しばかりの紅葉です


【小田代ヶ原】編
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↑ 太郎山と大真名子???をバックの貴婦人。草紅葉は完全に冬支度へまっしぐら。
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↑ 小田代ガ原のバス停から赤沼茶屋へ向う途中の山側の紅葉は未だ見られます


*今日から2~3日程度、仕事の関係でPCの前に座れる時間が少なく・・・申し訳ありませんがコメント(返事を含む)が遅くなりますので悪しからず。
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「ちたけうどん」は仁井田の”おおき”(in高根沢町)
2009-10-11-Sun  CATEGORY: グルメ(麺類全般)
【思い出した「”おおき”のちたけ」】
9月20日(日):

先日、魔女っ子がもらってきた「ちたけ」を食べた話をブログへ載せましたが、頭変僕さんから「仁井田のおおき」が良いとの情報を。

実はケン坊も何度かここの「ちたけうどん」は食べていたが、すっかり店の名前を忘れていた。それを思い出し、道の駅・伊王野からの帰り道(混んでいて蕎麦が食べられなかった)に、蕎麦がダメなら「ちたけ うどん」があるさと、高根沢まで戻ってきたら目の前に相変わらず大きな看板が・・・これは目立ちますね~ お店は細い通りを一本中に入ったところ・・・。最初は判りづらいかも。

店はちょうど昼時なので混んでましたが、まだまだ2~3テーブルは空いてました。定番の「ちたけ うどん」を注文・・・950円は手ごろか?  
麺の量は多く、ちたけも小振りだったが数は多く入っていたので食べた~という満足感があったし満腹感も・・・

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↑ 大きな目立つ看板なので、目をつぶって運転しない限り見えますよ・・・
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↑ 暖簾を潜ると、ここにも大きな看板が置いてありました
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↑ 入口の屋根にも「ちたけ うどん」の文字が・・・
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↑ ラーメンの文字も・・・つまり何でも取り扱っています
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↑ 店内に座って待っていると”のれん”が目に入った。酒飲んだら車にのれん・・・
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↑ 出てきました。ちたけうどん・・・出し汁は黒っぽくてよく見えませんね~
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↑ うどんを入れて見たら、いくらか見えるようになったかな? 具は茄子とちたけです。
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大先輩の訃報にショック
2009-10-10-Sat  CATEGORY: 日記
【訃報は突然にやってきた】
10月3日(土):

9月上旬、病院に勤めている後輩から「先輩が入院していて、ケン坊さんはどうしてるかなと言っている」との話を聞いた。何の病気かは「個人情報」とかで教えてもらえなかった。が、やはり気になりアチコチ手を回して情報を収集したら、去年、胃がんのため胃を全摘したという情報まで入手できた。

早速にお見舞いに出かけたが、本人は睡眠中でどうしたものかと廊下で待つこと20分・・・偶然にも病院に勤務する知り合いに出会い、起こしてあげると先輩に声をかけて起こしてくれた。

先輩は意外にも元気で、職場で見せていた「いよっ!ケン坊さん」と手をあげるポーズ。直ぐに懐かしい職場の昔話に二人で盛り上がり、時には笑ったりして久しぶりの逢瀬を楽しんだ。
(結果的にこれが最後となったが、先輩を起こしてもらえてよかった。話もできたし・・・)

それから2週間あまり・・・突然の訃報、あんなに元気だったのに・・・しかも葬儀も済んだ(9/29死亡で10/1に葬儀終了と知らされた)という。何故? 約30年も職場をともにしてきた大先輩。あまりにも突然の訃報、しかも葬儀に参列できずショックでした。

葬儀に参列できなかったこともあり、3日、お線香を手向けようと自宅に行って奥様にお話を伺ったところ、先輩は「献体登録」をしていたそうで、亡くなった晩に通夜だけを済ませ、即、大学病院へ移送されたとのこと。したがって、葬儀は2年後に身内だけで行うとのことでした。

2年間は学生の研究や技術向上のため病院に保管され、2年後にお骨になって自宅に戻ってくるそうな・・・亡くなってからも世の中のために貢献するという先輩の意思に、改めて素晴らしい先輩だったことを思い知らされた。献体・・・頭の中では理解できても、実際に登録するところまではなかなか出来ないのが現実では・・・。
何と、奥様も3年前に登録されたとか・・・こんな崇高な意思を持っておられた先輩ご夫妻に、思わず頭が下がりました。

古賀志山の麓に約1000坪の土地を買って老後を暮らしていた先輩。もちろん古賀志山を庭代わりに散歩していたという。何しろ、当時の仲間には元気いっぱいというイメージしかない先輩で、病気という文字が似合わなかった先輩だったのに。

人間は生身であることを改めて思い知らされました。ケン坊も生身だぞ・・・

自宅に咲いたホトトギス。花言葉は「永遠」です。これを大先輩に捧げたいと思いアップしました。

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そしてこちらの黄色い花「プリムラ」の仲間だと思う。これは以前、先輩を訪ねた時に庭先に咲いていた花4株を頂戴したもので、今では株数が増えすぎるくらいになっています。
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↑ 今年の春に咲いたものです


【献体】
個人が生前からもっていた意思に基づいて、本人の死後、その遺体を、正常解剖を通じて行われる医学の研究・教育の解剖用教材として、医学・歯学に関する大学に寄贈することをいう。

ここにいう正常解剖とは、医学生・歯学生が人体解剖実習によって人体の正常な構造を学ぶ解剖をいう。

これは医学生・歯学生にとっては医学のもっとも基礎となる教育実習で、人体の構造を正確に理解し、その知識を自分のものとするためには不可欠の解剖実習である。

一方、この解剖実習を完全に実施していかなければならない医学・歯学の大学にとっては、人間の解剖体を確保することが重要な責務となっている。
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蔵の街・栃木をぶらり散策(No 5)
2009-10-09-Fri  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【塚田歴史伝説館】
9月23日(祝):今回で栃木蔵の街ぶらり旅は完です

9月中旬のころ、この伝説館がテレビで放映されてましたので、最後は「塚田歴史伝説館」を覗いてみました。この塚田館の隣が巴波川で、前回のブログで「蔵と川と舟」の写真を掲載しましたが、あの白壁の蔵が塚田家の蔵です。入場料は700円。う~ん!てところかな?

そもそも塚田家とは・・・
江戸時代後期の弘化年間より木材回漕問屋を営んでました。当時は木材を筏に組んで巴波川より利根川を経由して江戸深川の木場まで3日3晩かかって運んでいたという。
栃木の母なる川「巴波川」の川面に影を落として並ぶ八つの白壁土蔵は「蔵の街」を代表する風景となっています。 

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↑ 塚田家の蔵。思い出せない方のために写真を掲載しました。(別角度)

そして、この塚田歴史伝説館は、まさに歴史と伝説を今の世に伝えるためのようです。先日のテレビで放映されたせいか、人出も多かったように思う。

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↑ 伝説館のメニューが張り出されています。
   ①日本初、三味線都々逸を弾く語り部のおばあさんロボット。
   ②人体ロボット 蔵芝居「巴波川悲話」が12分間上映
   ③ひょっとこロボットとお囃子付きからくり人形山車   等々

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↑ 伝説館での展示物をPRする案内版
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↑ 毘沙門天王。文庫蔵の入口に祭ってありました・・・ちょっと小さ過ぎましたね
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↑ これが三味線都々逸を弾く語り部のおばあさんロボットです。目も眉毛も動きます。
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↑ お囃子付きからくり人形山車ですが・・・ウッカリして頭の部分が欠けちゃいました。
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↑ 蔵芝居「巴波川悲話」は、ハイテクロボットが演じますが、残念ながら撮影禁止でした。
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↑ 塚田家別荘でくつろぐ先代


何か、蔵の街も最終回は盛り上がりに欠け寂しく終わってしまいましたね。こんな筈ではなかったのですがね・・・何かが変だな~  いずれまた近いうちにお目にかかるかも~です。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
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スープ入り焼きそば(in塩原)
2009-10-08-Thu  CATEGORY: グルメ(麺類全般)
【やっと実現:念願のスープ入り焼きそば】
10月4日(日):こばや食堂

以前から話題となっていた「スープ入り焼きそば」。県内では塩原(現、那須塩原市)が発祥の地らしい。那須の紅葉を見た帰りに遠回りして寄ってみた。

前日ネットで簡単に調べてきたが、温泉街に入ると行列のできている店があった。見ると「スープ焼きそばの釜彦」・・・あれれ・・・でも店の名前が違っていた。でも・・・何ヶ所もあったのか~

釜彦を通り過ぎ、銀行に無断駐車し、ネットで調べた店「こばや」まで徒歩3分。これが正解! 案の定、駐車場が満車でした。オートバイが10台以上駐車してました。県外のナンバーも・・・
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名前を書いて順番待ち・・・店員が名前を呼んでも該当者がいない・・・次もいない・・・程なく店内へ案内された。が、相席だった。店内はカウンターが5人程度のスペース。さらにカウンターの奥まったところに6人掛けのテーブル1個。
座敷は詰めれば6人まで可能なテーブルが4個と4人用が1個。何となく雑然としているのは客が多いせいなのかも知れない・・・
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もちろん「スープ入り焼きそば」の並みを注文。那須から塩原に移動する車のなかで「おにぎり1個」食べてるから並みで十分だったんですよ。
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焼きそばが出てくるまでに、店内をグルリと見渡すと有名人の「色紙」が所狭し状態に貼られてあった。隣の晩御飯のヨネスケや薬丸くん、県内関係者では野球の江川や元世界チャンピョンのガッツ石松、そして、いま売り出し中のU字工事等々。
画像 154

いよいよ「スープ入り焼きそば」とご対面。香りを嗅ぐと何となく「ソースの香り」が微かに・・・。スープを口に含んでみる・・・甘いような辛いような複雑な感じがする。いよいよ麺が口の中に入ってきた。

麺は意外にもモチモチ感があり、絡んだスープはソース味としょう油味が微妙だ・・・。でも食べてる間に段々とケン坊の食感に馴染んできて、むしろ美味しく感じられてきた。
魔女はというと、味を確かめるようにユックリと箸を口に運んでいる。第一声は「不味くはないね」。ネーミングからして、マイナスから入り込むので結果的に良いのかも知れないなと思う。

ケン坊的には、ついでがあれば再び食べて見たい感じですが、魔女が家で試作してみるとの話なので、それを試食してからになりそう・・・

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【ついで情報】
ここ「こばや」が創作した「スープ入り焼きそばのパン」。1個210円は高そうな感じがするが・・・話のタネとして買ってみることに しかも2個。

家で食べてみると、魔女はまずまずとのことだったが、ケン坊には素っ気ない味って感じ。二度と買わないかもしれないな~ 210円も出して・・・
画像
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蔵の街・栃木をぶらり散策(No 4)
2009-10-07-Wed  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【見どころは蔵と巴波川と舟の旅】
9月23日(祝):

また栃木の蔵に戻っちゃいましたが・・・

やはり蔵の街・栃木のメインは「蔵と巴波川と舟」でしょうね。絵になりますもんね~。先日、川越の蔵の街を歩いてみて栃木が一枚上かな~とブログで語っちゃいましたが・・・

改めて栃木を歩いてみると、大通りは新旧の建物が入り混じったというか、蔵の数はあるものの連なっている場所が少ないような・・・川とのコラボと言っても、ポイントとなる場所は1ヶ所だけ。

結論ですが、個人の好みによって評価は分かれるというところですね。蔵の雰囲気は川越が良いなと思う反面、川との合わせ技で栃木の街が上かな~とも。正直のところ勝敗は微妙ですが地元ということで栃木に軍配を・・・です。

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↑ 塚田記念館の裏側。蔵問屋の雰囲気と巴波川との組み合わせが良い雰囲気でしょ
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↑ 蔵の中では野菜などを販売。バーガーなども販売しているところが何とも・・・
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↑ 幸来橋(こうらいばし)。文字通り、幸が来る橋という謂われのある橋です。
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↑ 柳越しにみる蔵と渡し舟・・・ケン坊の好きな1枚です。
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↑ その昔、舟が活躍していたころ、蔵の中に荷物を運び入れる「荷揚場」
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↑ 今日も舟に乗る観光客が後を絶たず・・・待ち行列が出来てました
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↑ 昔は暴れ川と言われた「巴波川(うずまがわ)」。今では大人しい川に変身です。


*次回は最終回です
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十月桜が見頃に(in下野市)
2009-10-06-Tue  CATEGORY: 花紀行(秋)
【十月桜って何?】
10月3日(土):

今が見頃です! って地元新聞に掲載された十月桜。場所は新下野市(旧:国分寺町)の尼寺。天平の丘公園といったほうがいいのかな?。

行ってみたら1本だけ咲いてました。桜と言っても春の桜よりも花びらは白く華やかさはありませんが、年に2回花を咲かせるということです。

何でも数年前の合併を記念して植えたとのこと。でも、やはり桜は感覚的には春です。春が似合いますし、1本だけだと何か寂しそうな雰囲気が漂ってしまいます。

ここの桜は、最初に咲かせる「薄墨桜」と少し遅れて「そめいよしの桜」。さらに遅れて咲かせる有名な「八重桜」に、そして今度の「十月桜」と・・・実に4種類の桜が揃い楽しませてくれることになる。

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なお、今年の十月桜は今週末には見られませんね~。散り始めてましたからね。
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那須・姥が平周辺の紅葉(№ 2)
2009-10-06-Tue  CATEGORY: 花紀行(紅葉の名所)
【やはり太陽の光を浴びた方が】
10月4日(日):

相変わらずガスが消えない・・・どうしてもアングルとするとバック(茶臼岳)が使えないから、被写体の紅葉に絞ってということに。

とにかく、1回目と今回のブログをあわせてみてください。後は何も申し上げません。

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↑ 姥が平の紅葉。
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↑ シラタマノキ。真っ白な可愛らしい実が群生してましたよ。
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↑ 姥が平の奥にある「ひょうたん池」。本当はここでの撮影は禁止なんですが・・・
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↑ シラネニンジンの花です
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↑ シラネニンジンのそう果。
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↑ 4時間近く歩いて戻ってきた峰の茶屋付近はハイカー達でごった返しです
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↑ 調査中
   10/6 シモバシラと判明(長さんより)
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↑ 朝日岳の紅葉。帰りを期待したがやっぱりガスってました・・・


でも今回の紅葉も「早起きは三文の」的な出来事が・・・
①鹿沼の高速道路への近道(さつきロード)150円が無料・・・6時から有料
②高速道路(鹿沼~那須)が、ETCで千円かと思ったら900円と100円儲け!早朝割引?
③那須の有料道路が普通車360円がタダ・・・時間が早かったため


【参考】昨年の那須の紅葉です:昨年は10月9日でした

DSCN1680.jpg
↑ ひょうたん池から茶臼岳を望む紅葉
DSCN1679.jpg
↑ 同じく、ひょうたん池から牛ヶ首を望む紅葉
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那須・姥が平周辺の紅葉(№ 1)
2009-10-05-Mon  CATEGORY: 花紀行(紅葉の名所)
【今年、最初の紅葉は・・・】
10月4日(日):

画像 114

今年最初の紅葉はやはり那須の山でした。前日の天気予報はバッチリだったので、意気込んで4時半出発して5時半に着いたのに、駐車場はおろか道路は路駐でぎっしり・・・

明日から天気が悪くなることと、那須の紅葉状況がテレビで放送されたことも影響している。東京から来たというご夫婦は、自宅を2時出発したのに路駐だったとこぼしていた・・・

そしてケン坊達は、天気も予報に反して(山だから仕方ないが)小雨が・・・しかもガスってて最悪状態に諦めて帰ろうとUターンしてロープウェイまで戻ってきたら、停めていいのか悪いのか微妙なところが6~7台分空いていた。取りあえず一旦駐車してから状況を確かめようと降りて周囲を見ると、他の一般車両も何台か停めているではないか・・・ラッキーですねと勝手にOKと判断した。

すると、あら不思議・・・雨が止み、空も晴れはしないがガスが消えたり表れたりで、紅葉を見るには支障なさそうだ。もちろん晴れていれば紅葉がより綺麗に撮れますが・・・

でも、このガスった状態に、当初計画していた「三本槍岳や朝日岳」は中止し、峰の茶屋から奥に進み、姥が平に回り込んで牛ヶ首経由で帰るコースに変更した。約4~5時間のコースだ。

結果は、ガスっていた天候や雲の出具合を考えると、それなりの紅葉が見られたのではないでしょうか。山頂部分はどの時間帯もガスってましたが、それなりの紅葉を見せてくれた。
今年最初の紅葉は、まあ「良」でしょうかね~。

画像 075
↑ 朝6時20分、駐車場から上り始めるとどこから集まるのかコース上は人・人・人です。
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↑ 歩き始めて20分。朝日岳の紅葉はピークだがガスってまして・・・
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↑ 花は諦めていたが、ケン坊が来るのを待っていた花もありました。トリカブトかな?
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↑ 落ち葉のじゅうたんです。赤系が多いですが綺麗ですね。
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↑ 姥が平のさらに奥で見せてくれた紅葉。鮮やかです。
画像 106
↑ 姥が平の奥に位置する「ひょうたん池」。撮影ポイントで今日もラッシュです。
画像 118
↑ これは「エゾリンドウ」です。もう終盤ですが、やはりケン坊が来るのを待ちわびていた?
画像 122
↑ 姥が平の紅葉。かなりガスってアングルが狭い範囲となってしまいます。


*那須の紅葉編  続く
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