ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
孫たちの夏休み(引越し対策)
2009-07-31-Fri  CATEGORY: 孫たちとの日々
【恐竜の公園で遊ぶ】
7月31日(金):わんぱく公園(壬生町)

引越しのため、孫たち二人(長男と次男)を昨夜我が家へつれてきて一夜が明けた。長男は昨年の夏に一人で10日も泊まった実績があるので心配はない。しかし次男坊は初めてなのでどうかなと、ちょっぴり不安もあったが案ずるよりも生むが易しでした。

寝るときも起きるときも全く、問題なく、ビックリしたのは、朝、トイレに行ったきり戻ってこない次男坊をコッソリと覗きにいったら、なんとな~んと一人で着替えてるではありませんか・・・こんなにも成長したなんて驚いたり喜んだりでした。

ご褒美にどこかに連れて行こうとしたら「恐竜の公園(壬生のわんぱく公園のこと)」という。何度か行ったことがあるので覚えていて・・・長男坊の熱も下がったのでちょっとしたオヤツを持って出発。以下、公園での夏休み状況をパパママに向けてUP(安心して引越し作業してください)。

次男坊はさすがに疲れたのか、眠そうだったので車に乗せたら寝ちゃったが、長男坊がトンボ捕りたいというので、虫捕り網をもって芝生を駈けずりまわりました。
長男坊には飛んでいるトンボを捕まえるのは難しい。ケン坊が年の功(テクニック)で飛んでるトンボを10匹捕まえ、孫から「じいちゃんはトンボ捕りの名人」なんて褒められちゃった。>苦笑<

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↑ わんぱく公園入口。公園の守り神が低い声で「いらっしゃい よくきたな~」って。
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↑ 二人で決めのポーズ。次男坊はさり気なく三歳(先月3歳になったばかり)をアピール。
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↑ こども広場で「樽転がし」で遊ぶ長男坊
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↑ 遊具の名前は知らないが、次男坊も負けじと遊びまくる。
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↑ ケン坊がゴムボールを被せ、長男坊が中から頭で弾き飛ばす遊びを延々と繰り返す
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↑ ボールのプールに入って遊びまくる次男坊。汗だく状態・・・
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↑ PM1時。からくり人形が時報と同時に音楽を奏でる。シャボン玉がワ~と飛び出す。
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↑ おまわりさんの帽子を拝借して白バイに跨る長男は満足げだ
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↑ 長男の真似して、同じく白バイに跨る次男坊
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↑ 木で作った横たわるロボットを征服する長男坊。
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↑ 捕まえたトンボ。トンボにきゅうり・・・まさかトンボにきゅうりは無いだろうに>ハハハ<

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功労者として表彰(何の功労?)
2009-07-31-Fri  CATEGORY: 我が家のイベント
【50回という節目を超えて】
7月30日(木):

過日、栃木県保健福祉部薬務課から「献血50回以上を対象者とした表彰式」への参加要請があり、折角なのでエントリーしていたが、その後、娘夫婦たちの引越しが31日に決まり、2~3日孫達を預かることになったことから、受付し(記念品だけもらって)失礼することに。

献血50回は昨年8月に達成したが、その時はガラス製の盃をいただき終了だった。30回のときは楯をもらったのに、この時期、50回でも財政難なんだな~と思っていた・・・。

今日はまさに箱物行政らしい建物「とちぎ福祉プラザ」で行われた。プログラムを見ると主催者挨拶、来賓の挨拶、何とかの挨拶・・・と挨拶が多い。

一方で、驚き桃の木山椒の木でしたよ・・・なんと献血100回以上表彰が58人も。ケン坊の50回なんて序の口でしたね>笑<

ケン坊はそんな訳で、受付を早々に済ませ、高速に乗って孫達の待つ埼玉へ迎えに行ったが、予報どおり、埼玉は雷雨が激しく、さすがの晴れ男も形無し・・・でも、直ぐに止み青空も見えるまでに回復。

そして、今回は男共二人だけ(5歳と3歳)を無事に我が家に連れてきました。引越しは今夜荷物を積んで明日の朝に移動するとか・・・暴れ二人組がいないと、パパママは寂しいかも知れないが、その分引越し作業が進むだろうと思う。

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↑ 大きな箱物・・・本当に必要なのか。周囲にも似たような”生涯なんとか”というハコモノが。
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↑ 大きな看板。玄関外には関係者と思しき5~6人が案内役をしていたが・・・
   中にも、受付周辺に担当者が多過ぎる程・・・天下りの面々か>苦<
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↑ 献血の感謝状。

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↑ 記念品・・・500㍉のボトルとクッキー。山歩きのお供が増えたかな?
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烏山和紙会館で和紙鋤き
2009-07-30-Thu  CATEGORY: イベント(伝統歴史)
【1200年前から伝承された烏山和紙】
7月26日(日):

烏山の広報部長を頼まれた訳ではありませんが、今回は「烏山和紙」をご紹介しますので・・・しばしお付き合いのほどを・・・

山あげ祭を見る前にちょっと寄り道ということで、駐車場から10分くらい歩いて烏山和紙会館へ。

烏山和紙の名は以前から知っていたし、製造現場で何度か見たことはあったが、いつも何かのついでだったので印象が薄かった。今回も山あげ祭のついでではあるが、意識して烏山和紙会館へ飛び込んでみた。
朝9時15分、既に数人の見学者がいて実演(和紙漉き)が始まっていた。流暢な日本語を話すオーストラリア人女性(見習いらしい)が作業をしていて、脇でいろいろと説明する日本人女性・・・

ケン坊はメモをとりながら実演を見ていたが、工程もいろいろあって違っているかも・・・
 ①煮熱    材料を煮て柔らかくすること
 ②あく抜き  煮た材料を水に漬ける
 ③塵とり    ゴミなどを手で取り除く
 ④叩解    叩いたりして細かくちぎる
 ⑤ザブリ   細かくした材料に別な液体を混ぜて溶かす
 ⑥紙漉き   紙の形に模る
 ⑦押し・圧搾 水分・水気を絞る
 ⑧乾燥    乾燥させる

以上が主な工程のようだが・・・ケン坊が見学したのは④の途中から⑦までの工程。

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↑ 烏山和紙会館。
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↑ 主な原材料”那須楮”。材料としてはかなり質が良いと言う
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↑ 原材料(楮)にもいろいろな種類が・・・何が何の繊維なのか?
   それとも漂白の過程なのか・・・説明が済んでいたので不明のままです
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↑ ゴミを取ったり、大き目の材料を小さく千切っている。この女性はオーストラリア人で~す。
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↑ 紙漉き。15年でやっと○○資格をとれたとか言ってましたが・・・資格があるんですね。
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↑ これから、押し・圧搾の工程へと進む。今回は実演ということで色ものにしたとか。
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↑ 烏山和紙で作った灯り・・・何となく温もりを感じる明かりですね~

【参考:ネット情報より】
烏山和紙が1200年前から伝承されてきたのは、那須の連邦から下る那珂川の清流に恵まれた、自然のたまものです。
烏山の代表的な程村紙は、国の記録作成等の措置を講ずべき無形文化財に指定されています。その特徴は「紙肌の緻密なこと、漂白していないこと、コウゾ以外の不純物が入っていないこと、特有の雅美を有すること、西ノ内紙より厚手であること」などがあげられますが、最大の特徴はナスコウゾを使うことで、折り目の切れにくさは有名です。
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矢沢のやなと龍門の滝(in那須烏山)
2009-07-29-Wed  CATEGORY: 矢板・大田原・烏山・黒羽
【鮎は塩焼きで、滝は・・・】
7月26日(日):

山あげ祭の帰りに・・・ここまできたら、やっぱり鮎料理でしょうとばかりに”やな”を求めて車を走らすこと10分強。
鮎で有名な”那珂川”。この河川には観光やなが烏山だけでも大小7ヶ所もある。その一つ「矢沢のやな」へ向った。河川敷の駐車場は既に20台くらい停まっていた。

広々とした那珂川にやなの大きな仕掛け(巾11㍍)が横たわる。定番は塩焼きだが、刺身、鮎飯おにぎりなども・・・
店内はかなりの賑わいであったが、ケン坊のチョンボで写真無し。

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↑ 那珂川の絶妙な流れが感じられる中に仕掛けられた”やな”風景
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↑ そしてやなを上がってきた鮎がここに打ち揚げられる筈なんですが・・・1匹も無し
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↑ 鮎の塩焼きは2匹(小振り)で800円は高いか安いか・・・
   左の飲み物は「キリン フリー(ノンアルコール)」です。
   ドライバーの方へという触れ込みに釣られて買っちゃいました。でも自販機250円は高い。


やなで鮎を食したケン坊は、再び烏山の市内を横切り”龍門の滝”を見るために車を走らす。ノンアルコールとは言え、ビール紛いの飲料を飲んだ後の運転に後ろめたさを感じるのはケン坊だけ?

程なく滝に到着。山あげ祭帰りの観光客なのか、予想以上に見物客がきていた。
この龍門の滝は、大蛇が住んでいたとの伝説があり、幅65㍍ 高さ20㍍というなかなかの大滝で、烏山を代表する景勝地だとか。
周辺には、地元の民話を紹介する「龍門ふるさと民芸館」があったり、滝には遊歩道も整備されています。

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↑ 龍門ふるさと民芸館。最上階からの龍門の滝も良いですよ。
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↑ これが龍門の滝。霧が飛散してケン坊の身体にかかり涼しさが・・・
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↑ 階段を下りていったら何やらオレンジの花が・・・ユリでもリコリスでもない???
   家で調べたら「キツネノカミソリ」と判明。こんなところに群生しているとはね~知らなんだ!
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尾瀬の花園No3(in小至仏山)
2009-07-28-Tue  CATEGORY: 尾瀬・駒止湿原
【至仏山~小至仏山~鳩待峠】
7月20日(祝):最終回

ちょっと烏山の山あげ祭に話題が反れてしまいましたが、尾瀬の最終回を報告しなきゃ~尻切れトンボになっちゃうから 今回は三度、至仏山にお付き合いを・・・

至仏山から小至仏山を経由して鳩街峠へ戻る。途中、状況が許せば往復2時間程度の寄り道(笠ケ岳)をする予定だ。

思った以上にケン坊達を花が出迎えてくれた。しかし、依然として足場は悪い・・・ドロドロとした道悪は当然に岩石もゴロゴロしていて、しかも段差があってパンツや手袋も汚れっ放し。

そんな苦労をしながらも花に慰められ一歩一歩前進する。途中、笠ケ岳への入口に到着。行こうか行くまいか・・・かなりの悪路を100㍍も入っただろうか、やっぱり諦めることにした。
山は逃げない・・・勝手な理由をつけながら元のコースに戻り鳩街峠へ直接むかうことになった。

以下、花をダラダラと並べてみました。イワカガミやタテヤマリンドウ、ゴゼンタチバナ等々も見られたが、別な場所でも紹介したので割愛することにした。それでも枚数が多過ぎたかな・・・

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↑ キバナノコマノツメ(黄花の駒の爪)
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↑ ハクサンシャクナゲ(白山石楠花)
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↑ タカネナデシコ(高嶺撫子)
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↑ タカネバラ(高嶺薔薇)
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↑ コツマトリソウ(小妻娶草)。花弁の枚数が・・・通常7枚の筈が9枚もあった
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↑ ミヤマダイモンジソウ(深山大文字草)
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↑ ハクサンイチゲ(白山いちげ)
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↑ シナノキンバイ(信濃金梅)
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↑ オゼソウ(尾瀬草)
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↑ カラマツソウ(落葉松草)
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↑ ズダヤクシュ(喘息薬種):長野県では喘息のことをズダということから名付けられた。
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↑ マイヅルソウ(舞鶴草)
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↑ このコースから見られる最後の”尾瀬ヶ原と燧ガ岳”。トカゲ岩付近から望む。
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山あげ祭・裏方編(in那須烏山)
2009-07-27-Mon  CATEGORY: イベント(伝統歴史)
【短時間で”山と舞台”:若衆のきびきびした活躍】
7月26日(日):

何の世界でもそうですが、脚光を浴びる人もいれば全く陽の目を見ない裏方がいる。この裏方達(別名”黒子”)のお陰で主役達が伸び伸びと演じることができる。

今回は、そんな裏方や脇役にスポットを当ててみました。朝一番の演目だったので、裏方もまだ鋭気があったでしょうが、1日2~5回も”山”を作ったり壊したりで、1日の終わりにはどんな状態になるかなと、人事ながら心配しちゃいます。

11時半からの開演。1時間前に現場に行ったら、もう裏方さんがアチコチで作業開始していた。山担当、舞台担当、大道具小道具担当 etc  ギリギリまで作業が続く。

日本最古とも言われる回り舞台や、スライド式などの仕掛けも見ることができたが、見とれてて写真撮るの忘れてしまった。なんと間抜けなケン坊でしょう。そんな訳で、掲載すべき写真が・・・薄っぺらなものになってしまい伝わらないかも知れないな。

演目の将門も一度は見て欲しいが、こうした演目以外の裏方事情や仕掛けなんかを、自分の目でしっかりと見てみる価値がありますよ。

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↑ メインとなる舞台作り。 この後、真中の屋台?だけが左にスライドしたのにはビックリ。
   後方とのスロープやすき間をつくる・・・理由はあとで判明した。

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↑ 山の組み立て開始。建てる時に足場がずれないように重石(俵や麻袋)を十数個。
   青竹を組み合わせ、そこに和紙に描いた絵を竹に縛り付け、大きな山の絵ができていく。

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↑ 文字通り裏側では、組んだ竹に載せた絵を確認しながら一つひとつ縛り付けているところ。

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↑ こちらは舞台の裏側で、大道具小道具を準備しているところ。ガマの道具が・・・

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↑ 山が縛り終えたので、これから持ち上げる作業。
   前方では括りつけたロープを引っ張り、山は若衆が少しずつ上へ押し上げて立てていく

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↑ ようやく3基の山が立ち上がった。この後、一番下に絵を一列加えて完成です。

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↑ 舞台側からみた”山”。歌舞伎の進みに合わせて、この山が左右に動くらしい・・・
   残念ながら、そのシーンを見落としてしまった。次に見るときは場所が入れ替わっていた。

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↑ 出番まで30分はあるであろう子供達。日陰を探して出番を待つが時間が経つのが遅い。

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↑ 語り部の面々(上の段)と三味を奏でる面々もいまや遅しと開演を待ちわびる。

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↑ 山は花の季節に模様替え。何時の間にか前山が右に寄り大山が左側に現れた・・・

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↑ 炎天下、演ずる二人は汗だく。そして舞台横からは大きな団扇を煽いで風を送る役割も。

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↑ 舞台後方に座っていた黒の着物を着た人も、役者の汗を拭いたり、変身する際の着付け
   を担当している、一見、料亭の女将さん風。舞台下から小さな団扇で風邪を送る担当も・・・

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↑ 何が動いているかと思ったら、波を表現するため、4枚の水の絵を括った中心の棒を
   回転させることで互い違いに絵が上下し、観客席からはそれらしく見える。

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↑ 上演が終わると同時に折角組み上げた山を倒してバラし、次の上演場所へ移動して組み
   立て易いように、一つひとつ丁寧に元の状態に整理・・・何と大変な作業だ。


まだまだ沢山の工程がありましたが、身体は一つ、それと興味で見とれていて忘れたり>笑<で、一部しかお伝えできませんでした。
後は、想像を膨らませて・・・来年は自分の目で確かめていただくと県民としてあり難いな~。
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山あげ祭(in烏山:現、那須烏山)
2009-07-26-Sun  CATEGORY: イベント(伝統歴史)
【栃木が熱くなる真夏の祭典】
7月26日(日):国の重要無形民族文化財に指定

毎年恒例、7月第4日曜日を含む金土に行われる”山あげ祭”、今年は24~26日に開催。(前夜祭あり)

山を組み上げるのが一苦労。しかも、1日のうちに場所を変えて上演するため、作っては壊し作っては壊しと、1日に数回か繰り返し裏方さんは非常に苦労しています。
しかも、今日の暑さは半端じゃありませんでした。曇りときどき雨の予報がカンカン照りになってしまい、見ていて、裏方も主役も可哀想なくらいでした。

ブログ初回、そんな裏方さんの苦労も見てみたいと思い、早めに出かけ一部始終をカメラに収めました・・・が、所詮、身体は一つのため、とても全部は捉えきれませんし移動するために場所が確保できず、両手を伸ばせるだけ伸ばしてアングルなんか確認しないでパチパチするだけ。結果はあとのお楽しみといった感じです。

初回は、やはり山あげ祭の主役である野外劇・歌舞伎を中心にUPします・・・裏方さんの苦労は次回以降に掲載しますのでお楽しみに・・・もちろん写真が撮れてたらの話。

今回、ケン坊が取材?したのは「将門」です。(平将門です)
【あらすじ:パンフレットより】
平将門滅亡後、その娘「滝夜叉姫」は、ガマの妖術を使って再興を図ろうとします。
討伐にきた大宅太郎光圀を色仕掛けで味方に引き入れようとするが見破られて立ち回りとなります。
この曲は、浄瑠璃も踊りも最高傑作とされる曲であり、山仕掛けとも調和する名曲です。

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↑ 記念撮影からスタート。本日の出演者、年番町の関係者等々が山をバックに
   大山山頂付近の右にクレーン車に引き上げられた報道陣が台無しにするが・・・
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↑ この人は”語り部”の人。本日の上演にあたり、観客や裏方さんにお礼を申し上げてます。
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↑ いよいよ将門の始まり始まりです。中学生が扮する将門の娘が登場です
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↑ 討伐にきた大宅太郎光圀(中学生)との立ち回り・・・
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↑ 突然、”山”が動きました。花が咲きました・・・脚立の上のカメラが中心に映ってます。
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↑ 演じるほうも暑くて大変ですが・・・観るほうもたまらんくらい暑いです。
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↑ 子役にやっと出番が・・・舞台袖のところで出番を待ってる姿が可哀想だった。暑くて・・・
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↑ 娘の妖術・蜘蛛の糸にかかった大宅太郎光圀・・・
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↑ 妖術”雲”?に乗って立ち去ろうとする娘。これで歌舞伎のフィナーレです。
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↑ 烏山和紙を張り合わせて作成した山。  左から 前山  大山(10㍍)  中山です。


【山あげ祭のあらまし】:パンフレットより
今から450年前の昔、永禄3年に当地方に疫病が大流行し、時の烏山城主「那須資胤」がこの災厄を避けるため、牛頭天皇を八雲神社にお祀りしました。

その祭礼には、当初、奉納余興として、相撲や神楽獅子等が行われていたが、やがて常磐津所作の「山あげ」が行われるようになり、今日のような全国でも類似を見ない絢爛豪華な野外歌舞伎になりました。

山は所作狂言(おどり)の背景で、観客の前に据えられた舞台から道路上100㍍の間に「大山・中山(滝山)・前山・館・橋・波などが、遠近よく配置され、若衆の一糸乱れぬ団体行動のなか、見事に山が上げられます。そして、常磐津の三味にのって町の踊り娘達が美しい舞を披露する、日本一を誇る野外劇です。

主な出し物は「将門」「蛇姫」「戻り梅」「宗清」「吉野山」「梅川」「忠信」「関の扉」など・・・。
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尾瀬の花園No2(in至仏山)
2009-07-25-Sat  CATEGORY: 尾瀬・駒止湿原
【山の鼻~至仏山山頂】
7月20日(祝):

花の宝庫だった山の鼻周辺(尾瀬研究見本園)を離れ、至仏山のお花畑を目指して歩き始める。天気は良好だったが足場は最悪。でも多くの花が姿を見せてくれたものの、ケン坊の腕が追いついていかなかったが・・・>苦笑<

派手さはなかったものの流石に至仏山のお花畑群です。

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↑ ミネウスユキソウ(峰薄雪草)
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↑ イワシモツケ(岩下野)
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↑ ミヤマダイモンジソウ(深山大文字草)
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↑ ギボウシの蕾
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↑ イワシモツケ(岩下野)とハナニガナ(花苦菜)とシブツアサツキ(至仏浅葱)の蕾
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↑ コメツツジ(米躑躅)
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↑ タカネシオガマ(高嶺塩竈)
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↑ タカネシュロソウ(ムラサキタカネアオヤギソウ:紫高嶺青柳草))
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↑ ジョウシュウアズマギク(上州東菊)
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↑ ホソバツメクサ(細葉爪草)


【主役は至仏山からの眺め】
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ママチャリで”ぶらり旅”(in半径10㌔)
2009-07-24-Fri  CATEGORY: 我が家の光景
【ありふれた景色の中に珍しい花も】
7月19日(日):翌日の山登りに向けて軽く足慣らし

山へ行かない日は家にいると「何かを忘れた気分になる」ので、何処でも良いからとついつい出かけてしまう。
手軽な自転車が一番とばかり・・・手作りの麦茶を1本持ってペダルを踏む。最近、鬼怒川や田川の土手周辺を乗り回してたので、今日は・・・半径5~10㌔の田畑景色を中心に走った。

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↑ ”クズ”の花です。
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↑ オニユリ。このユリは昔ながらの花で懐かしいですね。
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↑ 収穫をした”夕顔の実(かんぴょうの素)。これから剥くのかな?
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↑ 夕顔の実を紐状に剥いて乾燥させ干瓢が・・・最近では自然乾燥ではないらしい
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↑ オクラの花。最近どなたかのブログにありましたね。フォークダンス♪♪オクラホマ ミキサ♪
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↑ このユリは・・・エーと何だったっけ?  アルストロメリアです。
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↑ 旬の花”ひまわり”
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↑ 遠くからは”シロツメグサ”の小さいのかと思ったが、どうやら初めて見る花のようだ???
   7/24:ヒメイワダレソウと判明(長さんより)
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↑ 八重咲きのひまわり。
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↑ これもアチコチで見かけるんですがね~。図鑑で見つけました”ヤブミョウガ”。


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尾瀬の花園No1(in山の鼻)
2009-07-23-Thu  CATEGORY: 尾瀬・駒止湿原
【鳩待峠から山の鼻へ一旦下ります】
7月20日(祝):

やっぱり尾瀬といえば花もUPしないとね。ということで何回かに分けて・・・披露することにします。適当に読み飛ばしてくださいね。

第一回目は”鳩待峠~山の鼻”編です。この区間だけでも花が満載(以外にもまだ咲いてましたが)。この先、どうしよう・・・全部は載せられないから・・・可哀相な花が出てきちゃいそう。

今回のメインは至仏山。ということは、まだスタート台に立っていない状態なのに楽しみですね~。取り敢えずは「花編」のスタートです。

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↑ アズマシャクナゲ(東石楠花)
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↑ エンレイソウ(延齢草) 咲き終わった後に結実した実です
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↑ サンカヨウ(山荷葉) 咲き終わった後に結実した実
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↑ ヤマオダマキ(山苧環) 
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↑ コオニユリ(小鬼百合)
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↑ ニッコウキスゲ(日光黄菅)
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↑ キンコウカ(金光花)
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↑ ミズチドリ(水千鳥)
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↑ クガイソウ(九蓋草、九階草)
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↑ 尾瀬に咲いているので”オゼヌマアザミ(尾瀬沼薊)”と思ったが何か違うような・・・
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↑ トキソウ(鴇草)
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↑ カキツバタ(杜若)
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至仏山からの眺めは最高(in尾瀬)
2009-07-22-Wed  CATEGORY: 尾瀬・駒止湿原
【尾瀬ヶ原と燧ガ岳のコラボ】
7月20日(祝):

いよいよ念願の至仏山・笠ケ岳へ出発。多くのハイカーとともに、ケン坊達も吸い込まれるように林の中へ。この上りのコースは段差もあってキツイですよ。
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↑ いよいよ至仏山の登山道へ・・・ハイカーも木立の中へ吸い込まれるように入っていく。

頂上まで上りっ放し。しかも、昨夜、土砂降りだったとのことで、コースには山から絞り出た泥水がコースを埋める勢いで流れている。
濁った水の合間を縫って(辛うじて水面に姿を出している岩に足を乗せて)、一段また一段と進む、一体どこまで続くのかという感じ。
タダでさえ混雑しているのに、この歩みじゃ・・・かなりの時間を覚悟せざるを得まい。時折り周囲を眺めると、尾瀬ならではの花が咲いていてカメラに収めるが、足元が悪いのと混雑で落ち着いて撮れないのが現状だ。
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↑ 40分近く歩いた時点に「森林限界」の看板が・・・
   普通2400~2600が限界だが、至仏山では1700㍍付近に森林限界があり、高山植物の
   適地となっているとのこと。

ナンダカンダ言っても、森林限界を過ぎたあたりから周囲が開けてきて明るくなったし、周囲を見渡すまでに身体にも余裕が出始める。そろそろ尾瀬ヶ原が見えるかなと振り返ると、まだ雲はあるものの明るい空になっており、雲のかかる”燧ガ岳”を発見。一斉に歓声というか歓迎ムード一色だ。
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↑ 森林限界から10分も歩いただろうか・・・振り返ってると”燧ガ岳”が今にも姿を。

そして、目指す至仏山山頂方面を見れば、この上ない青空が広がっているではあ~りませんか。魔女と顔を合わせて”ニヤリ”。心の中では”ヤッタ~”と叫び声。
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↑ 半分も歩いただろうか、曇っていた至仏山の山頂方面が真っ青な青空に変わっている。
   晴れ男ケン坊が予報に勝ったど~。しかしここも渋滞状態。足場が良くないので・・・

そして、尾瀬ヶ原の景色も絶好調。”燧ガ岳”をバックにした尾瀬ヶ原の景色が何も言えね~。キスゲが満開であれば、もう少し黄ばんで見えるのだが・・・残念ながらキスゲは終焉?(ハズレ)。
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↑ ついに”燧ガ岳”が全貌を現した。尾瀬ヶ原や池糖の奥に”燧ガ岳”を見る眺めは最高だ。
   この景色を見るために早朝から苦労して登ってきた。これで目的の半分はクリアした。

渋滞していたことと、足場が悪いのとでユックリとした山登りだったこともあり、疲労感は全く無し。2200㍍級の山なのに・・・そしてあんなに段差に悩まされ、濁水に足の踏み場を失ったにも関わらずである。
山頂は予想通り満杯。カラフルな衣装の老若男女が思い思いに行動している。写真を撮る人、食事をする人、360度のパノラマを指差して○○山だとか△△岳だとか知ったかぶり(失礼)のように会話している人等々。
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↑ そして”至仏山”の山頂。2時間半くらいで到着したが山頂は芋洗い状態。
   山頂の写真を撮ろうと構えても、次々と無神経にカメラの前に割り込んでくるハイカー。
   いくら声をだしても退いてくれない。おばちゃん、早く退いてよ・・・


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↑ 至仏山を後に、これから登る”小至仏山”。聞くと現実とは大違いで岩だらけの山でした。

今日の至仏山ともう一つ登ろうとしたのが”笠ケ岳”が、小至仏山の右手に見えてきた。時間もたっぷりあるし、出直すのも勿体無いないので・・・でも、足元が悪いのが気がかり。
多分、至仏よりも道は悪いだろうなと思いつつ現時点では行くつもりだ。高さも小至仏山と同程度であり、アップダウンも少なそうだしね・・・
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↑ しかし、遠目でみる小至仏山は穏やかな姿を見せるが・・・まさに”角隠し”のよう。
   小至仏と同じ高さで右側(同色)に見えるのが、奥に”笠ケ岳”で、手前が”小笠ケ岳”。

そして、右手に湖(よ~く見るとダムらしい)が見えてきた。ケン坊の知識では方角的に”藤原湖”とか”玉原湖”、まさか”矢木沢ダム”じゃないよね。すれ違うハイカー何人かに聞いたが不明。
家に帰って調べると”奈良俣ダム”でした。藤原湖や玉原湖はもう少し離れている場所でした。
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↑ 至仏山から小至仏山へ向う途中で右手に見えてきたのが”奈良俣ダム(湖)”。

岩場と濁水に悩まされたがようやく小至仏山へ到着。振り返ってみると至仏山がそびえている。ゴツゴツした岩ダラケのコースでした。チョッピリ難儀しましたよ。
画像 783
↑ 小至仏山から振り返って見る”至仏山”。ケン坊達が歩いてきたルートもクッキリと・・・

そして下り。途中、笠カ岳への分岐点があり、踏み込んでみたが案の定悪路であったため、残念ながら諦めることに。退くも勇気であると誰かのブログにコメントしたばかりなので>笑<
画像 815
↑ 笠ケ岳への入口。でも道悪で100㍍くらい入って戻ってきちゃった。

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↑ 小至仏山と鳩待峠の中間地点「とかげ岩」付近から見る”尾瀬ヶ原”と”燧ガ岳”。
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尾瀬はラッシュです(in鳩待峠)
2009-07-21-Tue  CATEGORY: 尾瀬・駒止湿原
【深夜のいろは坂・金精峠を経由して鳩待峠へ】
7月20日(祝):第一弾というか至仏山報告のプロローグです。

深夜1時の目覚まし(実際は自力で起きた)で作業開始。例年は3時だが、今回は3連休ということもあって2時に出発するスケジュール。(ハプニングがあって2時15分発に)
今日の尾瀬方面の天気は、3時間予報では6時以前が晴れマークで後は曇りだ。この予報よりも、ケン坊の晴れ男を信じて行ってきま~す。

宇都宮日光有料道路を経由して、いろは坂を通過し深夜の金精峠へと進んだ。いろは坂では2頭、金精峠では1頭の鹿と遭遇しました。クマじゃなくて良かったな~と心底おもう。

鹿が深夜に活動する動物だとは知らなかった。それとも車のライトでビックリして姿を現したのか?
それにしても、深夜に目玉をギョロリされるとビクッとするが、今回は魔女が助手席にいたので余裕クシャクシャ、写真を撮ろうかなと言ったら、とんでもないと魔女に窘められてしまった>苦笑<。

いろは坂でやっと他車を後ろに発見。着いていけば楽とスピードを意識して落として追い越しさせたが、みるみるうちに差をつけられ、結局はケン坊号の前後は闇夜の空間に戻ってしまった。

3時半過ぎには金精峠を走っていたが山の稜線が見え始めた。空は多くの星が瞬き、月は眉毛よりも細い三日月が淡い光を放ち・・・そんな中、一路、戸倉駐車場へ向けてまっしぐら。

4時25分、約2時間強で戸倉駐車場へ到着(駐車料24H1000円)。気になる駐車状況は50%くらいだった。天候にも左右されるので何とも言えないが・・・とにかく駐車できて良かった。

駐車場は真っ暗(街灯程度)だが、出発の準備(トイレへ行く人や靴を履いたりする人達)で、結構、人の動きが目につく。そうそう、トイレが新しくなって綺麗でしたよ・・・
画像 669
↑ 稜線はかなりハッキリとしてきたが、まだまだ駐車場は真っ暗です。でも準備する人も・・・

ケン坊達も、朝食してから出かけようと、早速、おにぎり1個と汁ものとしてカップラーメンを準備。食べてる間にも、バス・乗り合いタクシーの待合所から一台また一台と鳩待峠へ向けて出発。
画像 670
↑ 写真にはおにぎり2個写ってますが・・・1個しか食べませんでしたよ>エヘン<

4時45分。ケン坊達も朝食もソコソコに待合所に・・・直ぐに相乗りタクシーが(料金900円)。途中、バスやタクシーが縦列駐車している? 渋滞かと思いきや、ゲートが5時なので待っている状態だ。

5時ちょうど、ゲートが開き全車一斉にスタートと思いきや、バスはタクシーに先を譲ってくれた(これが暗黙のルールなんだろう)。おかげで、鳩待峠には先着50人くらいのトップグループで到着した模様。
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↑ 鳩待峠。早いグループで到着したのでベンチなんかもガラガラ状態です。

次々とバスが到着してハイカーが我先に降りてくる。そして先を争うように尾瀬入口から尾瀬ヶ原(山の鼻)に向けて歩き出した。
早いな~何をそんなに急いでいるのかなと疑問に思う。まだ5時15分だよ。明るいけど・・・
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↑ バスから吐き出される人・ひと・ヒト  あっという間に鳩待峠はいっぱいになって・・・

今日の予定は「鳩待峠~山の鼻~至仏山~笠が岳~鳩待峠」。ケン坊達は帰りのルートが違うので、もったいないからとユックリを周囲を見ながら歩く。

いつもは前を歩くハイカーを次々に追い抜くパターンだが、今日は逆に次々に抜かれてしまうのが何か変な感じだが、心を鬼にして我慢の連続(ルート上の花や景色を見落とすまいと)。
1時間弱で山の鼻に到着。追い越していった人達も、ここで小休止して朝食タイムか。
画像 720
↑ 山の鼻。ビジターセンター周辺のベンチでは小休止のハイカーでいっぱいに・・・

山の鼻には当初の計画からすると1時間以上も早い到着だったので、周辺の「尾瀬研究自然園(一周2~30分程度)」をぶらりして花々を撮っては、これから登る至仏山の状況を見守る。

中腹から山頂にかけて雲が現れて至仏山の山頂を隠す。ちょっぴり残念だが、雨じゃないから良いとするか。6時だし、予報の範囲もまだ可能性もあるし・・・と自分に有利なように勝手な解釈。

それにしてもキスゲのシーズンだから、みんな尾瀬ヶ原へ行くものと思っていたが、何と至仏山に向って行列が出来る。途切れてもまた次のグループが・・・至仏山はまさにラッシュだ。
画像 697
↑ ケン坊たちが尾瀬研究自然園をみていると、次々と団体が至仏山の登山口に向って・・・

今回はここまで。

さーて次回は・・・山の鼻から念願の至仏山へ  景色を中心に報告する予定です。写真が整理できた準となりますので、もしかしたら内容が変わるかも???
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釜川をめぐる探検(総括編)
2009-07-20-Mon  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【水源から合流地点までを総括】

今日(20日)は、早朝から尾瀬:至仏山で7時間歩き、往復運転でちょっぴりお疲れモードにつき、過去のネタでご免なさい。体調を整えてから至仏山のブログをUPしますので・・・。

何度も同じフレーズで耳障りですが、狭い釜川は、以前は洪水時氾濫を起こしていた。昭和57年の雷雨による氾濫では浸水が512戸に及んだという。
氾濫防止と美観を求めて、二層構造の改修が昭和60年に始まり平成4年完成した。一定量以上になると溢れた水は堰を越え下層に流れ込む構造となっている。

そんな釜川を走破したので、ここでトピックスを一挙公開。原則、以前掲載した写真は除外し、ニューフェースのみで綴ってみることに。
(在庫写真は、どう見てもケン坊的には二流三流の写真となってしまうが雰囲気だけでも・・・)

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↑ 釜川の水源”西弁天沼”。何度見てもヤッターという達成感が・・・
画像 560
↑ 水源から流れ出た出来たての釜川。ここから田川までの7.3㌔の流れが始まる。
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↑ 水源から数百㍍で日光街道(119号線)を潜り、(東)弁天沼から流れてきた釜川と合流。
   【雑談】県内には、あまりイメージの良くない?国道4号線と119号線が走っている。
        昔は、酷道死号線とか救急道路と言われたことも・・・あったようで>笑<
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↑ 宇都宮環状線(正面)を潜って徐々に市街地へ。散歩やジョギングロードとしても一役。
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↑ 両岸が整備された釜川。
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↑ 完全に街中に。この辺は二層化になっている筈。植え込みの下も下層部分の川がある?
画像 516
↑ 間もなく宇都宮の中心街大通りに近い。道路下にも川が・・・見た目より川幅は広い。
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↑ ここは二層が見える。橋下の左の水路のようなコンクリートの枠が多分上層部で道路下へ流れ
   込んでいるのが「判るかな~ わかんね~だろうな」。下の水の流れは下層部。
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↑ 草や藻であまり綺麗ではありませんが、道路下を流れてた上層部が下層部の上に出現。
   茶褐色の斜めの鉄骨で逆流を防いでいるように見えますが・・・あくまで想像です。
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↑ ついに7.3㌔におよぶ釜川の長旅も、宇都宮城址東の天神町で日光から流れてきた田川に
   合流。(合流地点は2ヵ所あるとか。もしかして上層部と下層部が別々に合流か?)

 長いこと、お付き合いいただきありがとうございました。合流地点に一部関心部分が残りましたが、何かのついでに調査しておきます。
推測部分が多々あり、史実・事実と異なることもあるかと思いますが、個人日記ということで笑って許して・・・。
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里山の花も端境期?(in大平山)
2009-07-19-Sun  CATEGORY: 栃木の里山(大平山)
【大平山のヤマユリが綺麗です】
7月18日(日):

久し振りの大平山。山歩きも先週末が行けなかったので2週間ぶり。最初は湿度の高さと身体が鈍っていた関係からか、結構きつく感じながら紫陽花坂の階段を登ることに・・・

汗がダラダラと額から落ちる。もちろんシャツなんかも色が変わる。時折り大輪のヤマユリが顔を見せて山登りの苦しさを和ませてくれる。

この時期は、花の端境期なのか取り上げるような花の種類は多くない。オカトラノオを中心とした白っぽい花が中心かも知れない。

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↑ ”ヒメヒオウギズイセン”。紫陽花坂のところに群生してましたので・・・
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↑ ヤマユリ。アチコチで姿を見せてくれて楽しませてくれます。イメージよりも大きいです。
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↑ ”ムラサキカタバミ”。葉を調べようとしたが、葉が無い状態だったので・・・苦労しました。
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↑ ギボウシの蕾。クリームや薄紫がかったギボウシの花もユリと同じように散見。
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↑ ”竜のひげ(ジャノヒゲ)”。
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白鷺神社に歴史あり(in上三川)
2009-07-18-Sat  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【日本一の”平和の剣”】
7月17日(金):

家路に向って走っていた上三川街道。目の前に白鷺神社の大きな鳥居が見えた。もちろんこの神社の存在は知っていたし、冠を頂いた「しらさぎマラソン」に参加したこともある。しかし、これまで中に入ったことがなかったので少し覗いてみた。

広い境内に趣のある社。日光石の鳥居と神門をくぐり境内に入ると、正面が白鷺神社の拝殿(本殿はその奥)。右手には一際目立つ”日本一の平和の剣を飾られた「翔舞殿」”、そして左手に”金明水”が。その他、日本一の絵馬や神楽殿、雷電宮に出雲神社、白鷺天神 等々・・・

こんな歴史のある神社とは知らず、これまでは素通りしていたが、思いがけない発見で得をしたような気分になった。今度は時間をかけて、ひとつひとつゆっくりと見学してみたい神社だった。

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↑ 日光石の鳥居。その先の門が”神門”という。
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↑ ここは拝殿。この奥に本殿がある。
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↑ 日本一の平和の剣を飾った翔舞殿の全景。
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↑ 日本一の平和の剣・翔舞殿の案内版。
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↑ ”日本武尊”と”平和の剣”。この剣の長さは12.2㍍だそうです。
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↑ ここが”金明水”。白鷺の口から流れる神域地下深くより汲み上げた御神水。
   もう少し大きく撮ればよかったが・・・小さくて見えづらいね~。
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↑ これも日本一といわれる”絵馬”は4㍍×8㍍。
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↑ こちらは”明神鳥居”。左の高い木は”相性の杉”という。

<白鷺神社 由緒> (ネットよりの受け売り)
 白鷺神社は、延暦二年(783年)の御鎮座で、第十二代景行天皇の御子、「日本武尊」を御祭神として、おまつりしております。ミコトは、日本の国が一つにまとまり、豊かで平和な国になるよう全国を旅され、ご生涯の最後には、魂が一羽の白い鳥となって、大空高く飛び立たれた、と言われています。

 白鷺神社では、平成元年より御大典を記念して、「平成の大改修事業」に取りかかり、平成四年秋に、御本殿改修を始め、拝殿・神門・手水舎・社務所等の新築、及び境内の整備が完成し、白鷺神社の名に相応しい、優雅で、荘厳なご神域となりました。
 そして、新たな時代の幕開けにと、日本一の「平和の剣」を平成13年より奉製。

 神門をくぐると、左手に「手水舎」がありブロンズ製の白鷺の口より湧き出る水は、神域地下深くより汲み上げた御神水で、古来より「健康延命」「金運」の金明水と名付けられた霊水がありました。


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植え込みのクリスマス・ツリー
2009-07-17-Fri  CATEGORY: 花紀行(夏)
【コノテガシワ(児手柏)の実はツリーの飾り?】
7月17日(金):

午後、野暮用で出かけた先から帰る際、店先の植え込みに”ナヌ”と目が釘付けになった。あまり成績の良くない何処にでもある、ヒバの木に似た”コノテガシワ”(ヒノキ科)。家に帰って調べるまでは”ヒバの木”だと思っていたのだが・・・。

このコノテガシワの木に近づくと、どうやら”実”がなっているらしい。変わった実だな~と思わずパチリしました。とってもひょうきんな実でした。

良く生け垣などで見かけるコノテガシワ(児手柏)。金平糖みたいな形の実が成るんですね・・・まるでクリスマス・ツリーの飾りのように見えました>笑<。

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釜川の水源見っけ!
2009-07-16-Thu  CATEGORY: 歴史探訪(うつのみや)
【標識のない西弁天沼・・・】
7月12日(日):
今回は「ついに発見、西弁天沼」・・・感動編です。最後までお付き合いを。

前回に引き続き「釜川の水源探し」で上流へ・・・ゴミゴミした街中を通り抜け、閑静な住宅街をとおり、右にあの目印”水道山”が見えてきた。もう上戸祭付近まできたんだな~と思いながら歩く。
画像 569
↑ 上戸祭付近。ポイント「水道山」が見える。隣の赤レンガの階段は139段あるそうな。
   元気に階段を上り下りしている姿が見られる・・・。

マツヨイグサが一本だけ咲いていた。澄んだ黄色の花が一際目立っていた。
画像 533
↑ 川べりには相変わらず花が姿を見せる。この真っ黄色の花”マツヨイグサ”が綺麗だ。

宇都宮環状道路を過ぎてしばらく歩いたが、いま、釜川は蛇行して北道路を横切り東側へ・・・
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↑ 東北縦貫道路の宇都宮ICに接続する北道路。一般道なのに80㌔制限です。

北道路下をパルティ宇都宮や宇都宮ゴルフクラブを左右に見ながら先に進む。画像 553
↑ 突然に出現した黄色いお花畑。どうやら”キバナコスモス”らしい。

間もなく日光街道を横切ることになる筈で、無理に未舗装を横切って近道しようとしたら行き止まりに。もちろん川に沿ってのことだが・・・
ここで川が二手に分かれた。右が弁天沼で左が目的の西弁天沼になる筈。ケン坊は左手へ向いスーパーオータニの駐車場をすり抜けて日光街道へ出た。
画像 556
↑ ここで釜川が二手に分かれる。一つは弁天沼。もう一つは西弁天沼へと続く。

画像 559
↑ ここは国道119号線。これを横切りいよいよ水源近し???

でも、ここからが大変だった。川を見失わないようにと川に沿って歩くと、何時の間にか団地に入り込んでしまう。何回も行き止まりを繰り返しながら、最後は家と家のすき間を通り抜けて裏側の田んぼに出て、やっと団地から解放された。が、肝心の釜川を見失ってしまった。

地図をみると(地図が古いのか、建物が移動したのか)、近くに来ていることは間違いないのだが、現場と地図が噛み合っていそうで何かが違う。通りかかりの人に聞くと西弁天沼を知らないという。

近くに立っている筈なのに・・・地図を見ながら周辺をグルグル回ってしまった。時計も2時間を経過してしまった。何度か、行きつ戻りつを繰り返し諦めて別の道を通って帰ろうとした。
すると左手に気になる景色(地図があてにならない)が見えてきた。でも沼などありそうな感じがしない。行こうか行くまいか迷った。だって道が無いんだもん。

ついに決断のトキ。万一、気になるところが目的地だったらこれ以上の後悔はない。意を決して田んぼの巾2~30㌢の畦道を進むと、カエルがそこ退け状態に慌てて両側へピョンピョン逃げる。

何時の間にか左手前方から用水路が・・・釜川だ・・・水が澄んで底が見える。もしかして♪もしかして♪ (もしかしてパートⅡ)期待に胸が膨らむ。
画像 564
↑ 水が澄んでいる。釜川の水源に近い。ここでも二手に分かれたが真っ直ぐ進むしかない。

どんどん林が近づいてくる。水源に向って気持ちがはやるが・・・うっそうとした林の中に入るのかと思うと、ちょっぴり気が重い。でも、ここまで来たからには行くっきゃない。
画像 565
↑ 川幅は1㍍ない。水源にすごい近い場所。

田んぼが無くなって荒地というか湿っぽい草地に変わり、遠くから見えた林の淵に着いた。そこで見た光景とは・・・鳥肌が立った。手にした水源地の一枚の写真にソックリな場所が・・・
画像 561
↑ これが釜川の水源です。沼のようだが単に水溜まりのような・・・。
   何となく下からモワーと湧き上がっているようにも見える場所が何ヶ所かあった。

これが・・・あの探していた水源なのか。人気のないこの場所で、ケン坊は地味なガッツポーズ。感激もんだ。目標達成したど~・・・心の中で叫んじゃった。少し前に道を聞いたところから2百㍍くらいの地点だった。
画像 562
↑ コチラの写真が手に持っていた写真と全く同じ光景。水源を確信した場所だ。
   何となく水源の雰囲気はありますよね。

ついに到着・発見です。2時間15分。そして帰りは往路を気分良く帰ったのは当然ですね。
言い訳
 :後半は場所探しのため、グルグルしていて写真を撮ることさえ忘れていたため、いきなり
  水源の写真に。途中経過の写真報告はできませんでした。ごめんネゴメンネ~・・・。
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釜川の水源を探して(in宇都宮)
2009-07-15-Wed  CATEGORY: 歴史探訪(うつのみや)
【釜川の水源は東西の弁天沼】
7月12日(日):

魔女が悪友たちと岩盤浴にでかけ、取り残された体調不十分のケン坊は山を諦め、思い出したように切り抜きを広げて・・・よし!釜川を探索しよう・・・もちろん山の代わりだから、当然「歩き」だよ。

前日に街中から田川の合流地点まで1㌔歩いたので、今日は逆に水源(源流)まで行くことにし、市内の地図とペットボトルを入れたバックを背負って・・・街中までは東武デパートの無料シャトルバスをチャッカリ利用することに。

いよいよオリオン通りから水源に向けてスタート。片道約6㌔位なので水源まで1時間半程度だろう。
先ずは釜川の謂れが書かれた大時計台が釜川の上に忽然と現れた。場所は大通りに近い。
画像 514
↑ 高さのある時計の塔。この正面の銅版に釜川についての説明書きが書かれている。
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↑ 正面の説明書き。「釜川について」と「釜川の名のいわれ」が書かれている。

街中を流れる釜川は幅も狭く水量もそんなに多くない。これが一級河川なの?と疑問が湧くが・・・それはさておき、川に沿ってひたすら歩く。
画像 520
↑ 見える川幅は狭い。道路の半分から三分の一程度の幅の川が道路下に隠れています。
   街中は殆どがこんな感じです。

川の中には大きな鯉が悠々と泳いでいる。真鯉に緋鯉も・・・こういう時は緋鯉に限るね。真鯉は全く写らない。その他にも小さな(10㌢位)魚が沢山見える ハゼのようにも見えるが何だろう。
画像 518
↑ 川の中には真鯉や緋鯉が数多く・・・小さな魚も

河川の手入れは地区によって異なっていて、草が伸び放題の所もあれば刈り込んでいる場所もある。そんなことを考えながら上流へ向う。
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↑ 公園風に整備された区間もある・・・が、手の全く入って無いところもあり様々だ。

宇都宮に本社を置く”コジマ”も釜川沿いにあった。これまで反対側から見ていたが、川側から見るとまた雰囲気が違う。
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↑ 以外にひっそりしていたコジマ本社。

突然、川が消えた・・・そう、川に蓋をして上を花壇にして多くの花を咲かせている。これは地元の要望なのか、行政の計らいなのか判らないが・・・
画像 530
↑ 釜川の上が突然にお花畑にヘンシ~ン。

競輪場通りを過ぎて間もなく、数百㍍くらいの区間は川沿いに遊歩道ができていて、川面と同じ目線で歩くと、今までとは違った空間が現れ景色が一変する。
画像 534
↑ ここから数百㍍だけ遊歩道が・・・。何となく周囲(道路を含め)が広々としてきた。

子供が犬が元気に遊歩道を歩く。遊歩道にはアップダウン(階段)があり適度な変化を味わうことが・・・時に笹舟を浮かべているお孫さんづれの年配者も。
川には鴨の親子2組がいた・・・餌付けしてる老人もいた。鴨と会話しながらズボンのポケットからえさを出して与えている。その姿がなんとも言えない。
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↑ 鴨の餌付けに余念ののない老人。しきりに鴨と会話が弾んでいる
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↑ 八羽の子鴨を連れた母鴨。泳ぎ方の訓練か?

県庁前通りを渡り、競輪場通りを横切り、宇都宮環状線が見える地点まできたぞ。ここまで約1時間が経過。
河川敷を有効に利用しているのか花や果樹が・・・川幅の何倍もの敷地を使っている。
画像 549
↑ 河川敷はもちろん許可をとっているんでしょうが果樹や花で一杯だが手入れは今ひとつ。

この続きは次回に・・・

【参考】
 釜川を上流にたどって行くと、二つの水源に行き着く。野沢町の農業試験場と宇都宮北道路の間にある東弁天沼がその一つで、奥の杉林と手前のアシに覆われた池になっている。
 また、ここから西に、北道路と日光街道を越え、宝木本町に入り、「やすらぎ荘」の南の裏側の雑木林のなかを辿ると、もう一つの水源、西弁天沼がある。
 沼への入口はわかりにくい。畑を越えて林に入ると、神社があり、少し下って、突然、下の写真の沼が出現した。ひっそりとして、雑木と竹やぶに囲われ、草木が水の中まで伸びている。
 二つの池は、手入れをすれば、憩いの散策地になると思われるが、訪れる人が少ないのか、隠れた自然の沼のままだ。

 釜川は古くから市民に親しまれ、懐かしい故郷の風景がありました。しかし昭和40年代ころから上流域の開発から、市街地を中心に度重なる増水氾濫が生じたため、今小路橋から西田橋までの約1.9㎞の区間を全国初の2層式河川としています。
 市街地中心部は釜川プロムナードとして遊歩道は石畳、時計搭、ベンチが設置され夜にはライトアップもされます。
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古代ハスにも終わりが(inつがの里)
2009-07-14-Tue  CATEGORY: 栃木・大平・都賀・岩舟
【どんな生き物にも寿命があります】
7月11日(土):

誤解のないように・・・ハスの花は次々と見事な花を咲かせます(8月まで見られるとのこと)ので・・・前回は陽の部分を、今回は陰の部分について報告します。

残念ながら、すべての生き物に寿命があります。今回の綺麗なハスの花にも陰と陽が同居してました。何かを言いたげなハスの”陰の部分”にも光を当てて取り上げてみました。

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↑ まだまだ十分に見られるハスですが、背伸びして見栄をはってる感じも・・・4~50代かな
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↑ 今度は貴方の番。何やら生き方を助言しているようだ。その直後に開花宣言した蕾。
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↑ 花弁を捨て、宙に向けて構えるミサイル軍団を思わせる花後の種子たち。
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↑ 種子のアップです。
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↑ 花弁が落ちたばかりの状態かな? しべ?のヒラヒラがスカートのようで綺麗です。
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↑ 私、疲れちゃった・・・ちょっと休ませて・・・・・・とでも言いたげな
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↑ 間もなく種子が零れ落ちる頃。引き締まった種子がスキ間を作って落ちるタイミングを計る。
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↑ 私にも、こんな綺麗な時もあったのよ・・・世代交代は着実に。何の世界も厳しいですね。
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高舘山に佇む西明寺(in益子町)
2009-07-13-Mon  CATEGORY: 歴史探訪(宇都宮以外)
【霊験新たかな場所】
7月11日(土):

数年前に、高舘山周辺を歩いた時に西明寺まで行ったので存在は知っていたが、そのときは歩きが中心だったので、西明寺をじっくりを観ることができず気にしていた場所であった。

高舘山のハイキングコースは、益子焼の場所からも歩ける距離ですが、近くにも駐車場があり手ごろな山で、今日も車が結構駐車してました。歩いているんだと思います。

今日は野暮用で益子に行くついでがあったので、少し車を走らせ西明寺の外観だけでもと一回りしてきました。予想以上に霊験新たかなって感じの場所でした。大型バスが3台も・・・

ここ西明寺は坂東巡礼第20番、下野第13番の札所でもあります。

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↑ 茅葺き屋根の受付所は周囲の木立によく馴染んでいるように思う。
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↑ 参道に入ると約70段弱ある階段の奥に山門が見える。
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↑ 重要文化財の”桜門(入母屋造茅葺き)”。 明応元年(1492)に益子宮内大輔家宗に
   よって建立された・・・
   これも重要文化財の”三重塔”。天文7年(1538年)建立。屋根の銅板葺きが珍しいと・・・
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↑ 栃木県指定文化財の”本堂”。札所巡りの人?が長いこと何やら唱えていたが・・・
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↑ 上に同じ。元禄14年(1701)に平野亦市発願により再建された・・・
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↑ 栃木県指定文化財の”鐘桜”。享保7年(1722)に再建された鐘楼・・・
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↑ ”閻魔堂”。正徳4年(1714)に平野亦市発願により閻魔堂が建立された・・・
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↑ これが”西明寺大師堂”。

☆参考:ネット検索
【重要文化財】
 ・楼門 - 入母屋造茅葺きの楼門。明応元年(1492年)の建立。
 ・三重塔 - 天文7年(1538年)建立。屋根を銅板葺きとするのが珍しい。
 ・本堂内厨子 - 本堂より古い室町時代の作。
【栃木県指定文化財】
 ・本堂
 ・鐘楼
 ・木造閻魔大王坐像(笑い閻魔)・両脇侍像
 ・木造千手観音菩薩立像 附:木札6枚
 ・木造千手観音菩薩坐像
 ・西明寺本堂厨子内仏像群(十一面観音立像、聖観音立像、馬頭観音立像、如意輪観音坐像
                   准胝観音立像、延命観音立像、勢至菩薩立像、毘沙門天立像)
【HPからの受け売り】
 西明寺は獨鈷山普門院西明寺と称し、真言宗豊山派に属する寺で、本尊は十一面観世音菩薩である。寺伝によれば、天平9年(737)行基菩薩の草創、紀有麻呂によって建立され、天平11年(739)落慶供養が行われたと伝えられる。
 延暦元年には一山12坊を数えて隆盛を極め、また延喜5年(905)栄山師によって観音像が修造された。然し約220年後の大治2年(1127)に兵火に羅って堂塔12坊とも烏有に帰したが、治承2年(1178)堂宇宝塔再興し、承元3年(1209)には、宇都宮景房によって本堂が修理され、更に建長7年平時頼によって七堂伽藍が再興されて壮麗を極めた。
 正平6年(1351)には再び兵火にかかる災厄に遭遇したが、約40年後の応永元年(1394)益子勝直によって堂宇が再建され、明応元年(1492)には楼門が、天文7年(1538)には三重塔が益子宮内大輔家宗によって建立された。
 その後、元禄14年(1701)には平野亦市発願により本堂の再建が行われ、正徳4年(1714)には閻魔堂が建立され、享保7年(1722)には鐘楼が再建されて現況となった。
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朝顔市とホウズキ市(inオリオン通り)
2009-07-12-Sun  CATEGORY: 休日
【ちょっとチャチな市でしたね】
7月11日(土):

ダルさの残る身体ではあったが、アサガオ市とホウズキ市という言葉に釣られて、ついつい出かけてしまった。

いまや夏の風物詩となっているが、どうしても浅草の”それ”を思い描いてしまうので、オリオン通りの市を見ると、何とチャチな市なんだろうと思っちゃいます。7軒の露店には橙色に色づきはじめたホウズキや、赤や紫の花が咲き始まったアサガオが並べられていた。

一鉢1500円~2000円は高いか安いか、人によって価値観が違うので一口には言えません。

もちろん夏の風物詩には欠かせない”金魚すくい”や鉢から下がった”風鈴”の音が、一層の涼を呼んでいるような気もする。

そして、魔女と一緒に歩く釜川べり歩きは、田川との合流地点まで歩きやっと見つけた。そして、何を祈るのか二荒神社へと足を運んだ・・・  
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↑ オリオン通りに並べられた”あさがお市”
画像 495
↑ 子供が何とか載せようと一生懸命だった”金魚すくい”。
画像 497
↑ オレンジ色になってきた”ほうずき市”
画像 507
↑ そう、どういう訳かホウズキの鉢には風鈴がぶら下がっていました。
画像 504
↑ 二荒神社の拝殿。何を祈ったか魔女・・・ ケン坊はありきたりの願い事を。
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↑ 境内からみる鳥居。90数段の階段を降りたところの参道に木造の大きな鳥居。


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古代ハスが見頃です(inつがの里)
2009-07-11-Sat  CATEGORY: 栃木・大平・都賀・岩舟
【桜→紫陽花→菖蒲から古代ハスにバトンタッチ】
7月11日(土):

都賀町の「つがの里」で、淡いピンク色のハスが咲き始め、早朝から写真愛好家らでにぎわっている。
ケン坊も、朝4時35分に家を出て5時過ぎに現地へ着いたが、すでの数人の一見”カメラマン風”の老人たちが、重装備で場所探しをしていた。

園内にある広さ約2200平方メートルのハス池には約3000株が植えられているという。現在は5割が開花した状態(ケン坊の勝手な判断)。ハスの花は日の出とともに咲き始め、午前中にはしぼむと言われる。

蕾が割れて花開くときに”プチッ”という音がすると言われているので、その音を聞くつもりで早く行ったのだが・・・気が短いせいか、一カ所で蕾をジーッと見ていられず、今回も開花の音を聞くことはなかった。
花は7月中旬に見ごろを迎え、8月上旬まで楽しめるとのことです。 今回は古代ハスの淡い澄んだピンクの花を中心に、華やかな時期の花をUPしました。
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↑ 古代ハス開花中の幟が時機到来を煽る。あえて1本だけを写しました。
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↑ 古代ハス池の全景。5時過ぎなので空も明るくライトも必要ないが自動消灯なんでしょう。
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↑ まさに開花の音がしたばかり?のような状態。見た目には蕾だが・・・
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↑ 少し開き始めたハスの花。虫が待てないとばかりに花の上空を旋回しブンブンと。
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↑ 開花です。澄んだ淡いピンクが何とも言えないです。
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↑ 開花したハスの中を覗いてみました。種子たちが出番の準備をしてました。
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↑ 今年も綺麗に咲くことができました。年の頃なら22~3か?
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↑ 年の頃なら27~8か? そろそろピークをむかえ三十路の坂を転げ落ちるのか・・・

6時15分には家に到着。新聞に目を通すいつもの日課に戻りました。少しダルさが・・・早起きで寝不足のせいかな?
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金柑の蕾が・・・楽しみ
2009-07-10-Fri  CATEGORY: 我が家の光景
【金柑とみかん】
7月10日(金):

今年の3月、(孫のため)柑橘類が欲しいという魔女の声で買った「金柑とミカン」ですが、先日のミカンに続いて金柑の木にも、ようやく白い蕾が数え切れないくらい・・・。

ミカン(先日UP)は2個の花しか咲かず、しかもナメクジに1個は食べられてしまい、いまや貴重な1個となってしまいました。食べられるまでに成長するかどうかは全く不明。

しかし金柑は、なんとか「孫たちの口にも入るのでは」と思えるような蕾の数に、期待が段々膨らんできました。

そして、ようやく我が家のギボウシも満開になりました。ドサクサに紛れてUPしちゃいました。
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↑ ”きんかん”の蕾が沢山つきました。取り敢えず一枝だけパチリ。10月ごろ?が楽しみ。
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↑ ”みかん”の実。今年は花が2個、うち1個はナメクジに食べられました。貴重な実です。
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↑ ”ギボウシ”。やっと満開状態に。日陰にあるので、やや写りがよくありませんが・・・
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ブログに乗り遅れた花
2009-07-09-Thu  CATEGORY: 日記
【街中で見かけた花たち】
7月4日(土):

散髪の帰りに1時間ほど遠回りした際に見かけた花や光景をUPしました。アチコチでよく見かけるものなので、何ら目新しいものはありませんが・・・”枯れ木も山の賑わい”ですかね>笑<

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↑ 里芋の葉に輝く水玉。夜露の水玉なら良いんですが・・・雷雨の水玉なので。
   昔、夜露の水玉で墨をすると、習字が綺麗に見え上手くなると言われ集めたこともあった。
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↑ ”アガパンサス”。ナツズイセンに似ていたが花の数が全然ちがいました。
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↑ 何とかトラノオ・・・でも草ではなく2~3㍍の「木」でした。
   7/10:フサフジウツギ(房藤空木)。長さんより
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↑ 真紅の”夾竹桃”。
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↑ その昔、ケン坊は”きんぎょ花”と呼んでいたが・・・ネットで見つかりません。
   7/10:ヒメヒオウギズイセン(姫桧扇ズイセン)。長さんより
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↑ 里山でよく見かける”ハンゲショウ”でしたが街中でも・・・
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↑ 一重だから”ノカンゾウ”で良いのかな? 
   7/10:ヘメロカリスらしい。長さんより
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↑ ”タイサンボク”の花。なにしろ大きい花です。ピークを過ぎてシベが落ち始めて・・・
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ろまんちっく村の一部をご紹介
2009-07-08-Wed  CATEGORY: 宇都宮・河川敷の風景
【久しぶりの”ろまんちっく村”】
7月5日(日):

お中元(といっても、市内に住む姉宅にご機嫌伺いだけ)も午前中に終わり、お昼の誘いを振り切って向った先は”ろまんちっく村”。この施設は新里葱で有名な新里地区にある。

夏休みに孫たちが来たときの下見も兼ねて???アチコチ見て歩いた先の一つです。夏だから暑さ対策も考えなければならず、また自由に遊べる環境も欲しいし、冒険的な要素も欲しいなと・・・場所選びは大変ですね>笑<

それでは、ろまんちっく村のテーマ「体験型スローライフパーク」と名打ったパンフレットの一部を紹介します。
※然
  :森遊び、炭焼き、山菜採り、散策、バードウォッチングなど、緑と触れ合いながら”おいしい自然”
※食
  :地のものをふんだんに使ったこだわりの料理を提供。創作和食、野菜たっぷりの多国籍料理、テイクアウトグルメなど、ここでしか味わえない”おいしい食”
※学
  :子供から大人まで遊びを通して学べる体験プログラムやイベントなどの”おいしい知識”
※遊
  :森遊びや自然体験、芝生でスポーツやピクニックなどみんなが安心してリーズナブルに
   遊べる”おいしい体験”
※癒
  :露天温泉の湯処あぐり、クア施設アグリスパ、宿泊施設のヴィラ・デ・アグリなど、四季折々の景色を楽しみながら温泉でのんびり”おいしい時間”

地元の二条大麦を使用した地ビールや大型パン薪釜、ドッグラン、ポケットパーク、貸し農園のクラインガルテン、ローズハット、短めのハイキング もちろん蕎麦処や野菜や果物、花などの販売所などなど施設は豊富です。

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↑ ろまんちっく村の入口
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↑ 今日は”うつのみや サイクル ピクニック”のイベントが行われ多くの参加者で賑わっていた。
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↑ 姉妹都市である”チチハル市”からの贈り物”丹頂鶴”の舎
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↑ 日帰り温泉施設の全景。プール施設や、宿泊施設、研修施設・・・
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↑ 農村薪窯ノッポさん。3つの温度帯でいろいろなバリエーションが焼ける日本初の3連薪窯。
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↑ 噴水プラザ付近にある浅瀬の水遊び場。小さな子供達がバチャバチャ・・・
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↑ おいしい地ビール処”ブルワリー”。麦太郎に麦次郎、麦っ娘の3銘柄(愛称)
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↑ ケン坊達が選んだお昼は定番の蕎麦。並び始めから口にするまで50分。待ちました。
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生産量日本一とは?
2009-07-07-Tue  CATEGORY: 日記
【ゆうがおと森昌子】
7月5日(日):

畑の道を走ると、大きな実がゴロリと横たわっていました。それは何かと訪ねたら「干瓢・かんぴょう・カンピョウ」って答えてくれた。

そうです。栃木の特産品(生産量日本一)?の一つである”夕顔の実”でした。夕顔というくらいなので、夕方に花を撮れば良いのに何故か”朝撮り”しました。
そのせいか、イメージと違ってまし・・・たね。実のならない夕顔もあるやに・・・花も違う。

カンピョウ剥きをしている作業現場が撮りたいところですが、干瓢剥きは朝が早く(3~4時くらいから始まって・・・)、しかも納屋などで作業をしているので、普通に歩いていても見えない。つまり知っている方に事前に話をしておかないと難しい・・・

夕顔の実を剥くところは諦め、一足飛びに乾燥した”干瓢”をUPです。

ところで、タイトルの森昌子って何かって? 
 作詞:阿久 悠 作曲:遠藤 実 のゴールデンコンビの歌です
 歌手:森 昌子
     栃木県宇都宮出身で、「夕顔の雨」という曲が中ヒットしたんですよ。

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↑ 昨夜の雷雨に打たれた”夕顔の実”。かなり大きくなってます。
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↑ 夕顔の蕾がまさに開かんとしているところ(でも朝だから・・・まだまだ時間がかかるかも)
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↑ 結実した夕顔の実。これからどんどん大きくなるぞー
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↑ かなり開いた”夕顔の花”
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↑ だんだんと大きくなってきてます。
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↑ これは実を剥いて、ひも状になったものを乾燥させ商品化した”かんぴょう”です。

我が家のレシピ?
 かんぴょう:のり巻きの芯(かんぴょう巻き)
       :味噌汁の具
       :玉子とじ
       :お稲荷に巻くひも
       :サラダ
       :漬物  ・・・あまり作ったの見てません
       :クッキー・・・作ったことはありません。商品であります。
       :パスタ ・・・作ってことはありません。実際にあるようです。
 夕顔の実 :冬瓜と同じ料理方法でOK
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白のねじ花は高価でした
2009-07-06-Mon  CATEGORY: 宇都宮・河川敷の風景
【やはり白のねじ花は珍しい】

先日ブログで報告した「純白のねじ花」ですが、国華園のカタログを見ていたら載ってましたよ。

白花モジズリ   1本 1400円 
 :国産ねじ花の色変わりで、白花を咲かせます。非常に珍しい。

アメリカモジズリ  1本 2000円
 :北米原産ねじ花。国産種より茎が太く、花が大きいのが特徴です。

【参考】
赤系ねじ花     1本  160円


もし、ケン坊が見つけたのが「白花モジズリ」だったら7千円、
「アメリカモジズリ」だったら1万円稼いだことに・・・>マイスコップが無かったことが悔しい<

今、カタログと睨めっこしてますが・・・ますます北米産に近い感じがします。欲目かな>笑<

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↑ 先日に掲載した純白のねじ花を裏側から撮ったもの。
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平塚の七夕祭りか?
2009-07-06-Mon  CATEGORY: 休日
【残念ながら平塚ではありません】
7月4日(土):

宇都宮の七夕は旧暦で行うので8月が本番です。オリオン通りの七夕も賑やかですが、最近は不況の煽りで少しは飾りつけが少なめか?
老人ホームはいずれにしても、幼稚園や学校は夏休みの関係もあってか、7月の行事として行われているのは判りますが・・・。
七夕で有名な仙台も8月ですし、子供のころの実家あたりでもみんな8月でした。東京のお盆と平塚の七夕は、なぜ新暦(7月)なんでしょうか?

それはさておき、宇都宮に早くも七夕が飾り付けてありましたのでUPします。もちろん正式版ではありません。栃の木ファミリーランドが子供に願い事を書かせて竹に飾りつけたようです。

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画像 344


【ヒマラヤスギ】
近くの陸上競技場の周囲を歩いていたら、10数本あるヒマラヤスギに大きな実が沢山付いてました。とてもとても大きいです。色は違いますが、笠が開く前の”松ぼっくり”に形はそっくりです。

それは、ヒマラヤスギの枝に、白緑色した鳥の卵が乗っかっているようにも見えます。この実は昨年も見ましたが、落ちたら拾おうと思っているのに・・・いつ落ちるのか、誰が拾うのか一個も落ちているのを見たことがありません。今年こそ正体を暴いてやろうかな・・・
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むくげの花にも八重が
2009-07-05-Sun  CATEGORY: 日記
【いろいろな彩りの”むくげ”】
7月4日(土):

朝一の散髪が終わり、わざと遠回りして(1時間のウオーク)帰宅。時おり薄日が射しうっすらと汗が滲んできた。
見つけた花はいろいろあったが、今回は「むくげ」に絞ってUPしました。”むくげ”に八重咲きがあるとは・・・初めて知りました。
そういえば誰かさんのブログに、花には一重があれば八重もあるみたいなことが書いてあったことを思い出しました。
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↑ ごく一般的な”むくげ”。薄紫の花弁に赤の紋様・・・
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↑ 真っ白な”むくげ”。花弁に紋様も無く、これまであまり見たことはありません・・・でした。
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↑ ”八重咲きのむくげ”。うすいクリーム(ピンク系)色です。別な所にも同じ色の八重が・・・
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↑ 白い花弁に赤の紋様・・・ これも一般的な色ですかね~・・・
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話題から洩れたネタ達(つづき)
2009-07-04-Sat  CATEGORY: 宇都宮・河川敷の風景
【鬼怒川土手&周辺の公園に咲く花】
6月28日(日):

”白いねじ花”発見に意気揚揚のケン坊は、判りきった花々もパチリンコしているので進みが遅い。
花探索が目的ではなく、健康のために歩くというのが本来のネライであった筈・・・それが何時の間にか花ばかりパチリンコしちゃいました。

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↑ 河川敷に咲いていた”コマツナギ”。フジやルピナスの親戚か?
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↑ これば直接見てもボヤーっとしている”ネムの木”。ちょうど満開(ちょっと遅め?)。
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↑ 色が鮮やかな”ミソハギ”。人工の沼地に群生していたが・・・
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↑ 黄色いミソハギ?・・・調べたら”クサレダマ”らしい。葉は似ているが花が少し違う。
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↑ これは”ノカンゾウ”。
   7/6:どうも”ヤブカンゾウ”らしいので訂正しておきます。
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↑ トマトのような実は”ハマナス”の実でした。こんな実が成るとは知らなんだ。
画像 257
↑ 最近、土手でよく見かける”ウツボグサ”。
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