ケン坊の日記です。
ケン坊の日記
開花状況の下見と”三梅”が咲き誇る学問の神様へご挨拶に
2017-02-25-Sat  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
H29/02/25撮影 【訳ありで山は遠慮...せめて花見の真似事くらいは良いかな】


     やはり休みに家でじっとしてられないケン坊は...

山は無理でも花見くらいはと億劫そうな魔女を引っ張りだして

   先ずは先日”一厘”だけ咲いたという河津桜の確認に

 まだ早いと思いつつ「宇都宮城址公園」へ向かった

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木によっては咲き始めた感があります

でも、全体的には一分咲きにも満たない状況で

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見頃は一週間から10日は先になるのかな? でも~

最近の天気も日替わりで寒暖の差があり実際は予測不能!

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明るい情報としては、今年の河津桜は花付きが良さそうで

満開時には期待が持てるな~と思っちゃいました

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  河津桜は最初から下見だったのでガッカリ感は全く無く

        次は...魔女が提案の場所へと向かう

      学問の神様”天満宮”だが果たして結果は?

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展望広場から見る景色...

遠く八溝山系、手前に真っ赤な天満宮の鳥居

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境内には梅の香が漂い紅梅が早春の境内に明るさを...

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この時期、高校入試に向けて最後の神頼みでしょうか?

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拝殿のガラスに境内の紅梅や白梅が綺麗に写り込んでます

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天満宮の境内はどのアングルでも三色の梅が撮れます

紅梅・白梅・蝋梅 今年はタイミングが合いました

例年、紅梅がフライングしたりロウバイが老梅になったり

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天満宮への寄り道は正解でした 魔女に感謝かな?

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孫たちの受験はまだ先なのでお詣りはパス?

境内の”天神様のお使い願掛け撫で牛”でケン坊が願掛けを

御神牛の耳元で願いごとを唱え患部を撫でればご利益が

今が旬のケン坊には撫でる個所が多過ぎて

果たして願い事を聞いてもらえるのか心配だが>笑<

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ここで帰るのは勿体ない?  次はどこへ寄り道するかな~


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今度は魔女が...大前神社のくじ引きで大当たり~~~
2016-01-11-Mon  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
28/01/10撮影 【まさか?  大前神社に2匹目のどじょうが居ました...】


朝から青空の広がる今日...山歩きしないのは勿体ないが

4年振りに真岡・大前神社の骨董市に出掛けた

前回ケン坊が”ホームベーカリー”を当てた縁起良いイベント

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前回は裏参道から入ったので験を担ぐべきか一瞬迷ったが

基本は表参道からお詣りするのが筋と考えた...

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骨董市は、表参道の両側や境内に所狭しと露店が並ぶ

※参道や境内以外にも会場があり賑わってます
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第三鳥居...先ずはお参りを済ませてからブラブラしようかな

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正月も10日(10日参りという)なので参拝客もこんなものかな

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幸せ参道(まいりみち)...本殿の裏手に10の境内社がある

自分に関わる社で手を合わせ祈願することに

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そして、4年前の”夢よ 再びケン坊の頭上に”とくじ引きを

そうは簡単に問屋は降ろしてくれません>あははは<

赤い球に、内心”やった~”と思ったのに係員に全く反応なし

今年の赤い玉は5等だという>悔<

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魔女は”どうせ当たらないからやらない”とやる気なし

ケン坊が1回だけと強引にすすめて、徐に抽選箱を一回転

黄色い玉って何? 係員の”おめでとう”の大きな声

1等賞を知らせる鐘の音が響く...何とも気持ちの良いことよ

まさかの”1等賞”です(欲の無い人に当たる>笑<)

前回は3択(ホームベーカリー、サイクロンクリーナー、オーブンレンジ)も...

今回は無条件に”サイクロンクリーナー”が目の前に

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前回は近くに駐車してたので楽だったが

今回は徒歩15分の場所なので箱を担いでの歩きは疲れたが

羨望の眼差しを浴び、魔女と凱旋気分を味わいながら歩く

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金額的に高額では無くも”1等賞に当る”のは気分が良い!

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今年は良いことがあるかな?

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【参考:4年前のこと...】

何を戴くか迷ったが”ホームベーカリー”にしちゃった
(魔女に電話で確認しようとしたが電話に出ず、止む無くケン坊の独断で)

帰ったら”サイクロン掃除機”が良かったと言われシュン...

※写真は前回のブログから
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今年一年 交通事故に遭わないように気を付けます!



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ご報告! とちぎ鎮守の森めぐり’35の結末は?
2012-12-15-Sat  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
24/12/12 【虫の知らせ? 思い出した日に結果が届くとは不思議なめぐり合せ】



     グリーンカーテンの完結編で思い出しました...

        まだ完結していない企画...それは?


   正月2日 真岡の大前神社と恵比寿神社を皮切りに

     始めた”とちぎ鎮守の森めぐり35”

   4月30日の古峯神社を最終に35社めでたく完了し

    全て報告済み...なぜブログに再登場するの?

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       5月初め、35神社で頂いた”ご朱印台帳”を

    この企画の取りまとめ所(大前神社)へ届けました

     抽選で”35ヶ所の御朱印を一枚に収めた額”が

         当たる! でも結果は年末までお預け

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           それから7ヶ月余りが経過した...

        そろそろ結果発表かなと思っていた矢先に

            郵便受けに一通の封書が届いた

            やや緊張気味に封を切って...

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       中から御朱印帳とともに一通のお知らせが

        要は”抽選で外れた”とのことでした

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        多分、参加者も多いとは思っていたが

          ”御朱印額”も欲しかったな~

      35ヶ所...それぞれに思い出がありますが

        ブログネタになったと思えば気が楽か?

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         何時までもくよくよしてても始まらない!

       折りしも”年末ジャンボ宝くじ”の季節

         今度は”恵比寿神社”にお参りして

   前後賞と合わせて”6億円”を夢見ますかね>笑<

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矢板市・木幡神社(とちぎ鎮守の森めぐり)・番外編
2012-05-29-Tue  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
24/04/28&5/26撮影【拙速ですが間に合った。5月中には掲載したいと思ってたので...】


  さて”とちぎ鎮守の森めぐり35”は先日の古峯神社で了!

         今年の神社めぐりには参加していないが

    矢板市に鎮座する”木幡神社”が友情出演です
       (ここはブロ友の頭変僕さんが神楽の舞を奉納する”木幡神社”です)

     先ずは木幡神社の全景...まさに鎮守の森です

*中央の森(森全体?)が木幡神社です          【川崎城跡公園から望む】
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   奥の深い神社でもあり何度か訪問する要はありそうだが

     いま持っている資料で”木幡神社をご紹介”します




 (ケン坊は、二の鳥居南側にある駐車場に停め、数十㍍離れた一の鳥居から散策開始!)


【一の鳥居】

  鳥居は笠木のない冠木門形式です(柱の上に屋根が付いています)

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【下社】で良いのかな?

       一の鳥居を潜ると直ぐ右手に下社があります

   神仏混交の時代に楼門を守護していた仁王像2体が

      下社に遷されているらしい...見えなかったが?

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            しばし参道を歩き二の鳥居前へ

     参道は二の鳥居を迂回する市道に寸断され...

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       参道(横断歩道)を渡ると大きな鳥居です

 二の鳥居は木製朱塗りで「塩谷惣社大明神」の扁額

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鳥居左手に”男體山” ”熊野三神” ”湯殿山” 等石塔が

       いきなり歴史の重みを感じるような石塔群です

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        石段手前左に”木幡神社”の由来書が

          延暦14年(795年)創建の古社です

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  石段の上を見やると室町中期の立派な楼門が仁王立ち

  *木幡神社楼門(室町時代中期)  国指定重要文化財

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       新緑が歴史ある文化財の楼門にマッチしてます

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【楼 門】:由緒(ネットから)

昔は茅葺きであったが、木羽葺きにかえ、昭和36年よりの解体修理の際銅板葺きにした
ものである。
なお、神仏混合時代の遺物と思われる仁王立像が左右に安置されていたが、これも解体
修理の際取りはらい、仁王像を下宮に移し、建築当時の状態にもどした。


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【手水舎(ちょうずや、てみずや)】

        竜の口から水が...ありふれた光景ですが

 改めて見ると、竜が水盤の縁に両手を付いてひょうきんです

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【鉄灯篭】

  日光山との縁で境内に保存されてる元和2年の鉄灯籠

            詳しくは次の写真(説明板)にて...

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この鉄灯籠は、徳川家康の供養のために、松平土佐守藤原忠義が日光東照宮に寄進された
もので、「元和3年4月17日松平土佐守藤原忠義」の銘がある。

日光東照宮から木幡神社に移された記録はないが、損壊部や亀裂が認められることから
地震等で破損、歴史的に日光東照宮との深い繋がりある木幡神社に移されたものと
推察される。


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【拝殿】

  この拝殿で頭変僕さんは”神楽の舞”を奉納するのかな?

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額には”正一位木幡社 日光山大明神”と記され

*緑の額縁です
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拝殿には謂れのある額がありますが不明です
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こちらの額も有名のような気がしますが不明!
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*伊●大々御神楽● の奉納額
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             拝殿前には神社らしく狛犬が...

       あれれ 右手の狛犬は子持ち?(昭和14年に奉献)
        (これが以前に頭変僕さんが言っていた子連れ狛犬だったんですね)

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               左手の狛犬は毬を持ってます

     思い出しました。たしか”古峯神社”の狛犬は獅子だが

              同じように”子持ちと毬”だった...

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【本殿】:国指定重要文化財ですネットから

本殿は室町時代中期に造営された建物で三間社、流造り、銅板葺き、楼門も室町時代中期
とされ三間一戸、入母屋、銅板葺き(茅葺)、八脚楼門で共に室町時代の建築の特色が見ら
れるものとして国指定重要文化財に指定されています。


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      本殿の裏手には”稲荷大明神”が鎮座してます

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          そして”銅板葺の境内社”でしょうか

  残念ながら名前は不詳ですが謂れが知りたい境内社です

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            境内の西側にも鳥居がありました

         鳥居は表参道一の鳥居と同じ型でした

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    本殿裏手に”無盡水(むじんすい)”と書かれた説明板

     :補足として”尽きることの無い水”と書かれてました

更に説明板には(原文のまま)...

この水は、高台にありながらどんな日照りにも絶えた事が無いと言われています。
水道が普及するまでは、お祭りの賄いに使用していました。
最近は「生命」「財」の尽きない願望により信仰されています。
当宮には五穀豊穣、人間に無くてはならない事に関係する「照り面」「降り面」
重要文化財の社宝が所蔵されています。
この水は「照り面」「降り面」の御神力が宿る源水と崇められています。


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ここが無儘水です

  中は薄暗く見えませんでしたが...

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【広大な社叢】

  社殿を取り囲むように大きなスギが立ち並んでいます

  このうち10本が矢板市指定の天然記念物です
    :何本か注連飾りが掛けられていたので、多分その杉がそうでしょうね

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【天岩戸神社御神木 招霊(おがたま)の木】ネットから

モクレン科のこの木は、常緑樹で現在神社において榊を祭事に使っていますが、昔は招霊の
木に神様をお招きし祭事を行ったり、神様にお供えしてまいりました。
又、天照皇大神宮様岩戸隠れの際、天鈿女命この木の枝をお持ちになり舞を奏し、天照皇大
神宮様岩屋よりお出ましいただき再び明るい平和の時代が参りました。云々~~~


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【御輿舎】

   楼門の右奥に御輿舎がありお御輿が格納されてました

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            最後は境内側からみた楼門です

                   風格を感じます

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     以上で矢板市にある”木幡神社”のご報告は終了

           間違いがあったらご指摘ください...


    木幡神社は実に素晴らしい神社です! 

 頭変僕さんが是非に紹介をという気持ちになるのが判ります


【木幡神社の概要】ネットから

木幡神社の創建は延暦年間(782~806)坂上田村麻呂が東夷東征の際、戦勝祈願をし見事
勝利を得たことから許波多神社を勧請したことが始まりと伝えられています。

歴代領主に崇敬され天慶3年(940)には藤原秀郷が社領1000石を寄進、永承6年(1051)
には前九年合戦の戦勝祈願に源頼義、義家父子が訪れ、建久4年(1193)には源頼朝が
愛犬の病気快癒の祈願に訪れたとの伝承も伝わっています。

平安時代末期、時の領主塩谷惟頼が平家追討の戦勝祈願し念願が達成すると、文治2年
(1186)木幡大明神を遷宮し、領内の総鎮守と定め代々の崇敬社としました。

戦国時代末期塩谷氏が奥州仕置きにより改易になると、庇護者を失いますが江戸時代に
入ると幕府から庇護され社領200石が安堵され日光二荒山神社を相殿するなど日光東照宮
とも関係が深い神社です。

現在の本殿は室町時代中期に造営された建物で三間社、流造り、銅板葺き、楼門も室町
時代中期とされ三間一戸、入母屋、銅板葺き(茅葺)、八脚楼門で共に室町時代の建築の
特色が見られるものとして国指定重要文化財に指定されています。

木幡神社の文化財
 ・木幡神社本殿 - 室町時代中期 - 国指定重要文化財
 ・木幡神社楼門 - 室町時代中期 - 国指定重要文化財
 ・木造馬頭観音菩薩坐像 - 室町時代 - 栃木県指定重要文化財
 ・神像(大国主命・味耜高彦根命・田心姫)- 江戸時代 - 矢板市指定有形文化財
 ・鉄燈籠 - 元和3年 - 矢板市指定有形文化財
 ・陶製狛犬雌雄(1対) - 矢板市指定有形文化財
 ・蝉錠 - 室町時代 - 矢板市指定有形文化財
 ・木幡神社の神號奉額 - 矢板市指定有形民俗文化財
 ・木幡神社の和算扁額 - 矢板市指定有形民俗文化財
 ・木幡神社の太々神楽(36座) - 矢板市指定無形民俗文化財
 ・木幡神社杉社叢(10本) - 矢板市指定天然記念物

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鹿沼市”古峯神社”(とちぎ鎮守の森めぐり)35/35(最終回)
2012-05-21-Mon  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
24/04/30撮影【備前楯山を登ると決めた時点で、古峰ヶ原へ寄ろうと秘めていた...】

 (古峯神社は以前にも掲載してますが、今回は別なシリーズのため再掲をお許しください)


       年末に地元紙でみた広告がキッカケで始まった

           ”とちぎ鎮守の森めぐり35”

今回”古峯神社(通称:古峰ヶ原神社)”で最終章

     1月から5月まで...ながい間お付き合いいただきましてありがとうございました

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【一の大鳥居】ネットから

古峰ヶ原街道を神社方面に向かうと、神社の手前5.5kmの場所に大きな「一の大鳥居」が
現れます。

この一の大鳥居は、鳥居(神社の参道入口や境内に立つ神域を示す神門の一種)の中でも
最も優雅で、しかも神厳優美を誇る明神型を採用しております。

基礎は鉄筋コンクリート造で、底面巾6㍍、長さ10㍍、深さ3㍍(左右同じ)という丈夫な土台
(基礎)の上に立っており、本体は厚さ1.2㌢という耐候性鋼板(特別丈夫な鉄板)で全部
溶接構造で組み立てられております。

鳥居の地盤上の最高の高さは、24.622㍍、笠木の長さ34.240㍍で柱の太さは直径2.4㍍
あり、鋼材重量だけでも実に100㌧にのぼります。

~~中略~~

この一の大鳥居は初代一の鳥居(寛政9年建立)から数えて4代目に当ります。建立は昭和49
年1月、竣工祭には三笠宮寛仁親王をお迎え申しあげ、全国の崇敬者代表工事関係者報道
人など、500余名が参加する中で盛大に執り行われました。

大鳥居脇にございます記念碑の表面の文字も、三笠宮様に御直筆を賜ったものです。


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     直系が2.4㍍もある柱で安定感のある鳥居です!

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 一の大鳥居から約6㌔、ようやく古峯神社の駐車場へ到着

       参道には多くの鳥居(寄進)が立ち並びます

       境内だけ見ると鳥居と狛犬の多い神社...

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      境内左奥には石の天狗面(仙台の講が寄進)

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         この鳥居を潜ると拝殿へと続きますが

         最後の階段でも二つの鳥居があります

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           そして鳥居と並んで多いのが狛犬です

   獅子のような狛犬 文字通り犬の姿の狛犬と様々ですが



↓普通に見かける(獅子に似た)狛犬?

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↓子犬の背中に足を乗せたように見えるが虐待の狛犬?
  (抱いていると表現している方もいるようですが)

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↓今にも獲物に襲いかからんと頭を下げた(獅子?)狛犬

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【拝殿】

            神仏習合の名残が色濃く残る佇まい

      施された緻密な彫刻が素晴らしく印象的な拝殿

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           建物の屋根にも天狗の面があります

        いかにも天狗の社という印象が強くなります

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         拝殿の内側です...ここで祈祷を受けます

        もちろん参拝は拝殿の中でも外でも可能です

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         授与所は屋外と屋内の両方にあります

    巫女さんはファーストフードのマニュアル人間のよう?

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           拝殿内の右に置かれた大きな天狗の像

            天狗は御祭神のお使いとされています

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           拝殿の左側に置かれた烏天狗の像

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        天狗の間の大天狗、  素材は欅で一刀彫

  江戸時代の作といわれ昭和57年に化粧直しをしたという

顔の長さ1.76m、幅は1.06m、鼻の高さ0.91m、太さ1.49m


                 隣は烏天狗です

 顔の長さ1.58mと大天狗より小さいが、鼻の高さ91㎝は同じ

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拝殿内や休憩室、廊下の至る所に天狗の面が飾られている

           というか、全てが奉納されている...

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【古峯神社不滅の御神火:説明板より】

”古峯神社では創起以来御神火(聖なる火)を絶やしたことがありません。この爐にかかる大湯
釜は直径70㌢、容積80㍑が入り1回で凡そ500名分の湯茶を賄うことができます。
この爐よりわき立つ霊気(湯気)に当たれば無病息災で過ごすことができるといわれている”


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 拝殿内への入口左側に、木彫りの天狗像が飾られている

                かなり歴史を感じる像です

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    拝殿内の授与所で巫女さんに御朱印をお願いしたら

         奥で捺してきて”1冊百円になります”だって

         古峯神社では”スタンプ料”を徴収する?

       これまで34神社を巡ってきたが初めてのできごと

   まさか最後で、こんなオチに巡りあうことになろうとは...

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【古峯神社の謂れ】ネットから

古峯神社の御祭神は”日本武尊(やまとたけるのみこと)”です。

現代から約1300年ほど昔(約700年ごろ)、”藤原隼人”が京都からこの地に移り、
「御祭神・日本武尊」の御威徳を慕い、京都よりこの「古峯ヶ原の淨地」に日本武尊の
神霊を遷座したことを創祀として伝えています。

日光山を開かれた”勝道上人”は、古峯ヶ原で3年の修行の後、天応2年(782年)
日光の男体山に初めて登頂。日光開山の偉業を成しとげたと伝えられています。

この縁起により、古峯神社を中心とする古峯ヶ原は、日光全山26院80坊の僧たちが、
修行に励む霊地となり、明治の初めの神仏分離令で現在の古峯神社となりました。

別名「天狗の社」とも呼ばれ、廊下等には天狗の面・扁額などが掲げられています。


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足利市”伊勢神社”(とちぎ鎮守の森めぐり)34/35
2012-05-09-Wed  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
24/03/28撮影【”とちぎ鎮守の森めぐり”もラス前...伊勢神社は35番目にしたかったが】

   前回33番目は”高龗(たかお)神社”だからかなりの日数が経過しちゃいました


      伊勢神社? 伊勢神宮? 紛らわしい名前!

           市民には”お伊勢さま”と慕われてる

  そうです 今回は足利市の”伊勢神社”を詣でました



  木造の神明鳥居が風格を表しなかなか良い雰囲気です

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【社伝】ネットより

平安時代の仁平元年(1151年)の創建といわれている。「足利庄伊勢宮」として新田家・足利
家の尊崇を受け、鎌倉時代以降は足利尊氏、持氏、成氏らが崇敬したという。

明治時代に一時廃絶の危機に瀕するものの、明治14年に皇大神宮遥拝所として再建され、
明治35年には本殿が建設された。

その後、大正15年に大火事によって社殿・社務所が焼失。昭和4年に現在の社殿が再建。

神社名:伊勢神社(いせじんじゃ)
祭 神:天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)
外 宮:豊受皇大神(とようけのすめおおかみ)
末 社:月讀命(つきよみのみや)

社格は昭和十七年に村社に列格




        駐車場からみた社務所(奥が拝殿です)

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        鳥居を潜るとすぐに御由緒の案内板が...

【御由緒より】一部略す

引化2年(1845年)に社殿を復興造営して、以来明治14年(1881年)、同39年に社殿の再興
(当時東町)を行い、大正2年(1913年)には足利町民が挙って、伊勢神宮御用材のお木曳行
事を盛大に斎行して御社殿などを造営した。

しかし乍ら、同14年に町の大火により境内の社殿のほか殆どが鳥有に帰した。その後当宮を
永遠に奉斎して神ながらの本姿を願う氏子崇敬者の熱誠と奉賛とによって、伊勢神宮の御正殿
に倣い、端麗にして簡潔、重厚にして単純さを表す神明造りの建築様式で、現在地に御社殿・
鳥居・社務所等の諸建造物を新築し、昭和4年(1929年)に竣工、本殿遷座祭を斎行した。

御社名を伊勢神社と改称、村社に列していよいよ御神徳の詩化し宣揚、社頭の隆昌を期して
現在に至った。
今なお美わしき郷土の守護神として、広大無辺な御神徳を垂れ給う、足利のお伊勢さまとして
親しまれている。


P1050260.jpg

   木造の神明鳥居を潜ると右に曲がると突き当たりには

     複数の石が積み重ねられて造られた手水舎が...

       自然な風合いを生かした素敵な手水舎です

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    境内はそれほど広くなく何となくこじんまりとしている感じ

   御本家の伊勢神宮と同じく内宮と外宮に分かれてました

           先ずは内宮の拝殿にて参拝です...

P1050271.jpg

幣殿ですが...

      ちょっと雑然としていてお見せしたくなかったが...

P1050266.jpg

                  こちらが神明造の本殿

       塀や樹木の関係で完全に見ることはできませんが

     周囲の柵の柱の高さを交互にするなど雰囲気が良い

P1050267.jpg

           拝殿の右奥には”外宮”がありました

    外宮への細い参道を進むと(本殿の)斜め右側に鎮座

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       こちらが豊受皇大神をお祀りしてある外宮です

          外宮のお賽銭箱の形が変わってます!

         それとも昔はみんなこんな形だったのかな~ 

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   外宮の左側には月讀宮(つきよみのみや)がありました

  伊勢神社の末社で、伊勢神宮でも祀られているとのこと

      月讀命って天照皇大神の弟さん(?)ですか

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     境内右に”子授け安産御霊石”が祀られてます

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      建造物等が伊勢神宮の形式を倣っているので

    伊勢神宮にお参りした気分になれる神社です>笑<

 由緒書には村社と書いてありましたが規模は大きい感じです

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      外宮に参る参道の角に祀られていた祠です

              (詳細は判りませんが)

     右に大黒様 左に恵比寿様が置かれてます?

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   これで”とちぎ鎮守の森めぐり”は残すところ1ヵ所です

                最後まで頑張ります~
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日光市”高龗(たかお)神社”(とちぎ鎮守の森めぐり)33/35
2012-04-03-Tue  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
24/02/21撮影【改めて大室の存在を...これまでは鬼怒川へ行く際バイパス通りの地】


      とちぎ鎮守の森めぐりもラスト・スリーに

参拝は易いがブログ纏めるのが一番きつい>笑<

    大室の”高龗(たかお)神社”です


高龗神社って

     参拝前は、鎮守の森めぐりの一つ位にしか

     思ってなかったが、ケン坊にとって有り難い

              実に”ネタの宝庫”でした

     ツリーハウス・名水の一番関所・水車のある田園風景百選...(うふふふ)


【由 緒】ネットから

高龗神社は日光市大室字大山の中腹に鎮座する。創建年月は不詳であるが、口碑によると
永承六年六月・奥州下向のとき、源義家が鬼怒川洪水の為当社付近に滞在し減水を待った
と言われ、故に永承以前の古社であるとも伝えられる。


往古より正一位大権現と称し、大室村の鎮守として崇敬されてきたが、明治6年6月3日、
近隣十四ケ村(水無・薄井沢・森友・荊沢・山口・大沢・木和田島・大室・根室・沢又・矢野口・
針貝・下小池・上小池)を代表する社として郷社に列せられる。更に明治十年七月には三十七
ケ村の郷社となる。


明治43年11月、本殿の改修・拝殿の新設を行い、同年、県より神餅幣帛料を供進され
ることとなる。



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高龗神社の”お”の文字は3種使われているが

    1:雨に口を3つ+龍(”おかみ”と読む)

    2:雨に四を書き+龍

    3:雨の下を略し+龍


            この神社は、“水”の神社です
                  (日光名水”一番関所”としても有名)

  大山祇命の御神徳により地中深く蓄えられた水


人がそしてあらゆる生物が生命を維持して行く為に必要な水。水の神様より授かった雨を、
山の神様の御加護を受け、山々に浸透し蓄えられ、適量ずつ原野に供給される。
そこで生活する人々は、五穀豊穣・営業繁栄にて、病や災いに遭う事も無く栄えていく事を
願い祀られた社である。



  ナビに誘導されようやく辿り着いた”高龗神社”

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  整備された長~い参道...気持ちよく歩けます

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   境内から一段上がったところに林道が横切り?

      その奥に”茅の輪くぐり”、更に二の鳥居

     階段左横に”天然記念物 コウヨウザン”

【コウヨウザン】ネットから

中国南部・台湾などの常緑の高木で、江戸時代に日本に渡来する。スギに似ていて葉が
広いところから広葉杉(コウヨウザン)の名が付けられたという。

枝葉が龍の尾によく似て(龍尾木ともいわれる、太い幹で天に向かい真直ぐ伸びるこの
木は、まさに龍神が天降る御神木である。温暖地域で育つこの樹木が、当地区にてこれ
だけの巨木になるのは大変珍しいと云われている。


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コウヨウザンの説明板

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           階段の踊り場から見る拝殿...

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  拝殿に”龍”の彫り物が天に向って吼えている?

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      拝殿の左側に回ると短い幣殿と本殿が

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【御神木の楠木】ネットから

嘉永七年(一八五三年)、大室村定名主・老農関根矢作翁により、非常時や凶荒時の穀物
備蓄の為の「郷倉」建設が行われた。
その際、穀物の害虫除けとして、郷倉の周囲に楠木を二本、関根家屋敷に二本、神社境内
に一本を植栽した。

元々南国の木で、佐賀県と熊本県の木に指定され、かつて北限は茨城県と言われた楠木は、
大変貴重な樹木である。


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  本殿の横を少し入ると奥之宮に続く参道があり

         大き目の”三の鳥居”がありました

      三の鳥居を潜ると直ぐに境内社?があり

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       境内社にお参りしてから奥之宮へ...

 えぇ~! 四の鳥居もあるの~? かなり大きい!  

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     ようやく辿り着いた”高龗神社奥之宮”です

*参考 以前に掲載したツリーハウスは、この奥之宮の右手から山頂へ登った所にある

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       再び、社務所のある境内に戻ると...

                 東屋があります

 宮司さんの考えがアチコチに鏤められてる感じ!

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   恒例となった神社めぐりのスタンプ頂戴タイム



 社務所から神社ムードのメロディが流れてますが

                宮司さんは不在>残<

  例によって電話連絡...10分後に軽に乗った

 宮司さんと職員さんが二人で現れ”戴きました~”

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24/02/21撮影【かざ車のある神社...瀧尾神社には由緒ある境内社が多くありました】

        瀧尾神社には”境内社”が多い

全部を紹介できれば良かったが今回は一部だけ...




【市神神社】

普通、境内社は社殿の横か後方等に祀られるもの?

                    と思っていたが

  市神神社は”下の宮”のように前に祀られてます

【背景】ネットから
上町の水路の上には、今市宿の発展と共に六斎市が開かれて迎えられた市神が祀られて
いたが、水路変更のとき滝尾神社境内に移されている。


一の鳥居を潜った境内右側にある”市神神社”。以前は拝殿がむき出しだったようですが、
現在は屋根囲いが付けられ本体を護っているようです。

P1050120.jpg

【境内社】

社殿左側に何と7社の境内社が一緒に鎮座してます

(左から順に...)

      稲荷神社・菅原神社・雷電神社・琴平神社

          八坂神社・宇佐八幡宮・正八幡宮

”稲荷神社”
 *稲荷社は多くの場所で脇神社として祀られている?

”雷電神社”と”菅原神社”
 *どちらも雷除け? 菅原道真が大宰府に流され無念の死を遂げた後、京都では雷が
  大暴れし、京都市街で火事が多発したと言われ、道真公の怒りを鎮める為に天満宮を
  建立して道真公の御霊をお祀りしたとの言い伝えがある。

”八坂神社”と”琴平神社”
 *どんな組み合わせ? ネットをググってみたが不明です

”正八幡宮”と”宇佐八幡宮”
 *どちらも八幡宮です。 特に問題はないのかも

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【忠霊塔】

    境内の左端に大きな”忠霊塔”が建っている

 明治維新以降、戦死した人の霊をお祀りしている?


【忠霊塔と忠魂碑】ネットから

明治新政府の誕生以降、帝国在郷軍人会が主体となり忠魂碑が各地に建立された。その
後、1939年(昭和14年)に、内務省は各市町村に1基の忠霊塔の建立の許可を出し、
同年7月7日に大日本帝国陸軍は「大日本忠霊顕彰会」を設立し、日本以外の地域での
陸軍による戦争の跡地および日本国内の各市町村毎に1基ずつ忠霊塔の建立を奨めた。
大日本忠霊顕彰会には内閣総理大臣を名誉会長、菱刈隆陸軍大将を会長、各省大臣、
海軍大将等が役員として名を連ねた。


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【皇太神宮】

     本殿右側にはかなり朽ち掛けた茅葺...

(情報入手ができず、残念ながら解明できませんでした)

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【富士山と二荒山神社】

   太神宮の右側に、富士山と二荒山神社の石神

(ここの石神も謂れがありそうですが情報が乏しく...断念)

P1050116.jpg

  今回の境内社の多くにその謂れがありそうですが

情報不足のため消化不良です  ”要! 継続調査”

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今更ですが”基準点(三角点・水準点・電子基準点)”のお勉強?
2012-03-30-Fri  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
24/02/21撮影【まさか神社に水準点があったとは...久し振りに見たので復習です!】


       今市・瀧尾神社の駐車場入口の角に

  赤い文字で”水準点”と書かれた表示が...




     周囲には不揃いの石(4個)がありました

この4個の石は一体何を意味しているのでしょうか

       単に基準点の標柱を保護するため?

            P1050123.jpg



          【基準点って3種類あるんだって】

基準点とは、地球上の位置や海面からの高さが正確に測定された”三角点、水

準点、電子基準点”を言い、地図作成や各種測量の基準となるもの。

これらの基準点は、すべての測量の基礎として、公共測量、地籍測量、地殻変動観測等に
使用されます。


また、都市計画、都市基盤整備、電力・ガスの事業計画や管理、観光開発、交通網の整備、
環境管理、福祉計画等に必要な地図作成に基準点が使用されます。


兵庫県南部地震後の復興事業では、これらの基準点を使用して、震災前の土地の境界や
面積が再現されるなど、個人の財産を守ることにも役立っています。




【三角点】

三角点は、山の頂上付近や見晴らしのよいところに設置され、経度、緯度が正確に求め
られています。

地図の作成はもちろんのこと道路の建設、都市の開発などの公共事業を行う際にはなく
てはならないものです。

三角点には、一、二、三、四等の種類があり、全国に約100,000点設置されています。




【水準点】

水準点とは、全国の主な国道又は主要地方道に沿った約2kmごとに設置してあります。
この水準点を使用することにより、土地の高さを精密に(mm単位)に求めることができ
ます。

また、地殻変動、地盤沈下対策等に必要な土地の上下変動は、水準点の測量を繰り返す
ことにより求められます。

水準点には、基準、一、二、三等の種類があり、全国に約22,000点設置されています。




【電子基準点】

GPS(Global Positioning System:汎地球測位システム)衛星からの電波を連続的に
受信する新しい基準点として電子基準点が設置されています。

全国の電子基準点の観測データは、常時接続回線等を通じて国土地理院(茨城県つくば
市)に集められます。

国土地理院では、観測データの解析処理を行い電子基準点の位置の変動を毎日監視して
います。

電子基準点は、全国に約20km間隔で約1,200点設置されています。




↓ 数年前、市内の中学校にあった水準点(*クリックしても拡大しません)
画像 558


【雑学】

位置の基準点である三角点とは別に、土地の高さ(標高)の基準として水準点が設置
されています。

水準点は、東京の国会議事堂前庭にある日本水準原点の高さ24.414mを基準に、
主要な国道に約2㎞ごとに設置された一等水準点を設置し、二等水準点、三等水準点と
順次設置されています。

水準点の目的は高さの精密な基準としてですので、標高は精密に求められています。
水準点は三角点と同様に標石もしくは金属標として設置されていますが、標石の場合、
標石上面が+印ではなく半球状の突起(球分体)になっており、その頂点が水準点と
なります。

水準点は海の潮位や河川の水位を知る水準基標又は水準拠標なども意味します。

因みに、日本の高さの基準(水準原点という)は、永田町の国会前庭北地区内にあり
ます。原点の高さは24.4140mで、これは東京湾の平均海面から割り出したものです。


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日光市”瀧尾神社”(とちぎ鎮守の森めぐり)32/35
2012-03-27-Tue  CATEGORY: 鎮守の森めぐり(栃木県内:24年度)
24/02/21撮影【あまりネット情報が無くて苦労しちゃった! 自己採点も下のほうです】


         全国にも珍しい風車を祀る神社

そう 旧今市市の総鎮守である”瀧尾神社”です
                                     (たきのおじんじゃ)

【由緒】ネットから

天応2年(782)勝道上人、日光二荒山(男体山)上に二荒山大神を祀ると同時に、当所、
琵琶ヶ窪の笄の森に之を祀るに始まる。

その後、人皇第102代後花園天皇は寛正元年(1460)正月15日改築今日の神域整う。
明治10年7月、近郷十八ヶ村(現在の日光今市市)の郷社に列せらる。

神社名:瀧尾神社(たきのおじんじゃ)
祭 神:大己貴命 田心姫命 味耜彦根命



一の鳥居は木造ですが歴史を感じる(二の鳥居と共に文化財)

    神社は旧今市市の上今市駅の南、国道119号沿いの今市小学校北に鎮座!

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       朽ち始めた鳥居の足元が気になります

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一の鳥居左手前の大きな石にご祭神等が刻まれた

    銅版が埋め込まれ、いかにも総鎮守らしい

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     一の大鳥居を潜ると長い参道の続く光景

両側に石灯篭と風車を立てる穴開き角材の台...

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    参道を進むと小川を渡る”叶願橋”があります

 叶願橋の手前で願い事を5回唱え、拝殿で参拝し、

            戻るときに、再び橋の手前で

  願い事を5回唱えると”願いが叶う”とのことです

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            風車で御祈願する人も多いです

        参道の両脇に並んだ色とりどりの風車

本殿に近い方がご利益あると思うのは人間の心理!

橋を渡った先は風車の数が極端に増えました...

風車の一つ一つに参拝者の御祈願が書かれてます

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       黄色い風車 ⇒ 金運、商売繁盛、合格

       ピンク風車  ⇒ 方位除け 縁結び

       赤い 風車  ⇒ 厄除け 健康長寿

すべてが”良い方向に回るでしょう”ということらしい

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        石の二の鳥居(こちらも一の鳥居と一緒に文化財です)

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                  こちらが拝殿です

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      本来の拝殿には賽銭箱がありません!

ということは、手前の屋根付き賽銭箱がミニ拝殿か

    ケン坊は手前側でお参りをしましたが...

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            拝殿から幣殿そして本殿...

 幣殿がこれだけハッキリと見られる神社は少ない!

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         本殿は覆屋がなく直に見られます

 このほうがご利益があるような気がします>笑<

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       本殿左側の木に埋もれた鳥居を潜って

              奥に進むと石祠が見えます

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         これが”今市瀧尾神社の奥社”です

      正直、誰も居なかったので不気味でした

P1040459.jpg

                    拝殿左横には、

     大己貴命・田心姫命・事代主命の三神像

【参考】ネットから

大己貴命 ⇒ 大国命(大黒様)の若き頃の名

田心姫命 ⇒ 水神様

事代主命 ⇒ 恵比寿様

(恵比寿様を称する神様はいろんな説があるようで...す)

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 玄関に掛けられた”敬神舎”の板文字に歴史が

    社務所と敬神舎の違いが判ってません!

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           今回は社務所ならぬ”敬神舎”で

         比較的容易にスタンプが戴きました

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